海を見に行く真夜中に君と笑っていられたらいいなって思ったんだ

明日飛鳥

「帰宅部は賢い」ってソース出せ!:01

 黒板の表面に白い粉が舞っている。

 24歳にして結婚間近の新米数学教師一之瀬が華麗に描くsinとcosのグラフ。

 その違いが私にはよくわからない。

 ちょっとずらせば結局重なるんだし、二分の一くらいのずれは誤差でごまかしてほしいな。なんて、某有名国立大学理学部在籍中の兄に言ってみたことがある。


「お前はもう少し数字を慎重に見るようになれば、宇宙飛行士に向いてるかもな」

「三角関数も理解できないのに?」

「アバウトで、だいぶタフだから」

 

 将来はJAXAの就職試験を記念に受けてみよう。万が一にも兄の予感があたって宇宙に行ったら、精一杯生きました!って世界中に自慢できる。

 特にやりたいこともないし。なるほど、と思っていたが、「お兄ちゃん、あんに変なこと言わないでよ。スペースシャトル墜落で国が亡んでもおかしくないでしょ。馬鹿なのよ、あんは」という母の一声で目が覚めた。

 私に宇宙飛行士は無理だ。


「おーいあんな、教科書見せて」

 隣の席の男子、うみねが私の腕をつついた。

「は? 今更? あと20分で授業終わるじゃん」

「だからぁ、今から本気出す」

「うみねは授業聞いてないわりに頭いいから腹立つわ。見せない」

「うわ、裏切られた。この前の虚数の範囲教えてあげたの誰だっけ? 確か、あんなの隣のう・み・ね。この僕だった気がするけど」

 

 うみねは頭がいい。

 定期考査では学年の上位二十人には入っているし、私たちのクラス、2年4組のほぼ全員と親しい。

 部活動の代わりに、生徒会に入っていると聞く。

 その割に居眠りやらで授業を聞いていない。

 私は一応、毎回真剣に授業を受けているのに、定期考査の学年順位は下から数えたほうが早い。

 うみねみたいな種類の人間を見ていると、頭のよさとか、要領の良さとか、生まれた時から全部決定されているような気がする。

 救われる人間と救われない人間を神が絶対的に定めている、なんてノリで、現代では愛される人間と愛されない人間が決まってる。


「どしたの」

 黙りこくった私の顔をのぞきこむ。シャボンの柔軟剤の匂いがする。

「あとでsinとcos教えろよ」

「もちろん、ありがとう。今tanのグラフやってるから4ページめくって」

 

 私は、うみねの匂いが嫌いじゃない。



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