第2話 記憶の断片

 3701号、3702号、3703号。……アオイの頭の中で数字が走り、雷に打たれたような衝撃を覚えた。そうしてよみがえったのは、幼いころ、来客に紹介された古い記憶だった。


 ――この子が第1号です――


 それはまぎれもない、母の声だった。


「私が1号で、彼らが……」


 背中が震え、気分が悪くなる。タブレットの電子アルバムを開いた。動画に残っているのは、小さな公園で遊ぶ3歳ごろの自分と、それを見つめる優しい父親の姿だった。


 この頃だ。ママが、この子が第1号です、と客に紹介した。……その客が誰かは思い出せなかった。


 3分ほどの動画が終わる。


 ここはどこだっただろう?……もう一度、それを再生した。古い記憶が鮮明になっていく。


 パパは1号とは呼ばなかったけれど、作品とは言った。……自分が作品第1号と呼ばれたことを確信した。


 撮影しているのは誰だろう。ママ? まさか!……母の代わりに祖父母の姿が浮かんだ。


 その時、ドアが開いた。


 また、あの子供たちかな?……一瞬、そんな気持ちが過ったが、姿を見せたのは、母親の千坂朱音だった。瞬間、憤りが爆発した。


「ママひどいじゃない」


 声になったのは、クローンを作ったことに対する抗議だった。


「なんのこと?」


 朱音が戸惑いを見せながらアオイの正面の席に座った。


「クローンよ」


「クローン?」


 朱音が首を傾げた。


「隣の部屋で、同じ顔の子供たちが誕生パーティーをやっているわ」


「見たのね」


「子供たちが、間違ってこの部屋に入ってきたのよ。同じ顔なんだもの。怖かったわ」


「あの子たちは、クローンじゃないのよ」


「え?」


 クローンでないことにホッとしても喜べなかった。それならなぜ、彼らは似た顔を持ち、番号で呼ばれているのか?


「それ以上は教えられない。国家機密だから。法律で特定秘密に指定されているの。……アオイも、見たことは決して口外しないでね」


 母親の事務的な物言いに、納得できるはずがなかった。


「そんな、無理よ。私が第1号なんでしょ」


 ――ドゴン!――


 怒りが爆発し、テーブルを拳で叩いていた。


「アオイ、何を言い出すの?」


「子供たちは3701号とか3702号とか、番号でお互いを呼び合っていたのよ。ママが私を作品第1号と呼んでいたのと同じじゃない」


「確かにアオイは人工出産システムで産まれた第1号だけれど、彼らは全然違うのよ。あなたは間違いなく私とパパの子供だし、あの子たちは……。そう、あの子供たちはクローンどころか、人間でさえないのよ」


 言ってしまってから、朱音は後悔したように顔を曇らせて首を振った。


 一方、アオイは絶句した。母親が何を話しているのか、頭の中の情報の整理がつかなかった。


 壁の向こう側から、♪Happy birthday to us♪と歌う声が聞こえた。


「人間じゃないって、どういうことなの?」


 アオイは、それだけを言うのがやっとだった。


 覚悟を決めたのか、朱音が凛とした表情で口を開いた。


「彼らは、なの。だから他の人間に比べたら顔も似ている。私たちはニュータイプと呼んでいるわ」


「ニュータイプって……。アニメか何かのつもり?」


 乱暴に言葉を吐いた。


「彼らに事実を教える時、少しでも受け入れやすくするためよ。彼らもアニメは見ているから」


「そんな……」


 ママは悪魔だ。……アオイは言葉をのんだ。


「3701号というのは2037年に生まれた1番目のニュータイプという意味よ。隣には、37年生まれが10名。38年生まれが10名。39年生まれが20名いるわ」


 淡々と説明する母の言葉が濁って聞こえた。魂がどこかへ行ってしまったような気がする。


「……」


「……アオイ、どうしたの? 大丈夫?」


 その声に母親らしい感情が戻っていた。


「あ、ごめん。……4歳とか3歳で、あんなに大きいの?」


 軽蔑を隠すためのとってつけた質問。でも、正直な疑問だった。


「彼らは人間の倍のスピードで成長するのよ」


「大人になったら、身長も倍になるの?」


 間抜けな質問。でも、そうあってほしい。人類との明確な差別化。


「いいえ。断言できないけど、彼らは10歳で成人する予定よ。身長は普通の大人と変わらないはず。170前後ね」


「それじゃ、人間と同じじゃない?」


「違うわよ。寿命は、人間の半分くらいと予測している。20歳を過ぎたら老化が顕著に表れると思う。でも、まだ正確なところはわからないわ」


 人間と同じ外観。早く成長し、早く逝ってしまう。なぜ? どうして?


「そんな研究をどうして……」


「日本のためよ。……ゴメン、話しすぎたわ。聞いたことは、アオイの胸の中だけにしまっておくのよ」


 朱音がわずかにうなだれた。


「国のためなら何でもするの?」


「ン……」


 母の視線がアオイを射た。そこにあるのは怒りだと思った。それを抑えるための深い沈黙。……アオイはそれに耐えられない。


「せめて、名前を付けてあげて。あの子たちにだって感情があるじゃない」


「名前で呼んだら、情がわく。そうしたら、彼らを危険な場所に送り込むことが出来なくなる……。あら、また話してしまった。ママったら、アオイには何でも話してしまってダメね」


 その声から怒りの感情は消えていた。


「危険なところ?」


「もう止めましょう。知りすぎては良くないわ」


「教えられなくても見当がつくわ。だってここは、放射性物質除去技術者養成センターだもの」


 原発事故があったF1か、4月戦争でできた聖域か……。


「フーン、名探偵ね」


 それは朱音が褒める時の言い方だった。しかしアオイは嬉しくなかった。むしろ憤りが増した。


「ママは、それを知っていて彼らを創ったの?」


 朱音の顔が曇った。


「……」


「どうなのよ」


「……」


 朱音の頬を涙が伝った。


「ママ、どうしたの? 涙なんか流して。……怒った?」


「ううん。……理解されないのはわかっていたことだから。……もう帰りなさい」


 朱音が涙をふいた。そうして現れた表情は仮面のような感情のない者だった。


 ママったら、説明するつもりもないのね。……アオイは、母とは理解しあえないと思った。無性に父親が懐かしかった。


「そうする」


 席を立つと母親を無視して会議室を飛び出した。


 廊下には母親が創った子供たちのはしゃぐ声が響いている。アオイには、彼らがあわれで仕方がなかった。

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