第三章 上層へ

第38話 セレナスの考え

 ロフルがロボットを見つけてから約1年半後……


――上層(第1層) ソヴリンスター大聖堂


 上下左右対称の構造でまるでミラノ大聖堂を思い浮かべる外観の建物。

 その建造物の大きさは約4万平方メートルあり、ミラノ大聖堂より総面積が4倍近い。


 その最深部に純白の司祭服を纏った赤い髪の女性と、

 真っ赤なプレートアーマーとフルフェイスヘルムを装備した男性が居た。


 女性は、極光神輪の神殿にある石板の内容を記述した、フロストハート家の石板伝書を無表情で眺めていた。


――


 緊急事態の為、排除装置は現在も停止中。

 通常転送も発生しません。

 その為、下層人口は急増しています。


――


「最早これまで……下層以下を切り離すときが来たようです」


 女性はそう呟きながら石板伝書を閉じた。


「エルミラ様! その判断はまだ――」


 男性がそう言いかけると、司祭服の女性、エルミラは


「レオネル! 我ら、ソヴリンスター家の使命を忘れたか? 答えて見よ」


 と大きな声で言った。

 そして、との問いに真っ赤なプレートアーマーを着込んだ男性、レオネルは跪きながら、


「ソヴリンスター家は第1層を守り抜く。他の何を犠牲にしても……」


 と回答した。


「理解しているじゃありませんか。このまま下層の人口が増え続けると、世界は過重で崩れ崩壊します」

「で、では! 我々が下層に出向いて人口を減らせば良いのでは? これは例のない初めての出来事……段階を踏んでも良いと思うのです」


 レオネルは何とか代替案を模索し、提案するには理由があった。


 エルミラが言う下層以下切り離し……。

 言葉の意味のままだが、第一層から第四層まであるこの世界の第三層(下層)と第四層(最下層)を

 トカゲの尻尾切りの様に切り離してしまう事である。


 切り離された第三層以下はどうなるか分からない。

 だが、二度と行けなくなることから、消滅してしまうと言われている。


 レオネルがそれを拒む理由は、消滅したら第三層以下の人々が可哀そうなどでは無く、

 魔力の供給が7割以上止まってしまう事態を恐れたからであった。


 第一層では魔力を用いて様々な施設が稼働している。

 その供給源の大半は最下層であり、切り離され魔力が止まった後は想像もできない事態が起こる。


 この四層世界は、

 最下層は潤沢に魔力で満たされているが、

 魔力量は上層に行くほど少なくなっていた。


 だが、純度の高い魔力は魔物を発生させる。

 故に最下層には魔物が沢山生息していた。


「人が死ぬ時、大量の魔力を放出します。魔物はそれを殺した際に吸収しますが、我々にはそんな術は有りません」


 エルミラはそう言って話始めた。

 無造作に大気に魔力が放出し、濃度が上がると魔力による大爆発……粉塵爆発のような事象が各地で発生してしまう。

 それにより、人がさらに死に魔力が増え……という最悪のループが出来上がる可能性があるそうだ。


 その被害は下層には踏みとどまらない。

 上下全てを巻き込むことになる。


「パンに生えたカビ……その部分だけの除去は出来ません。他に移る前にまるごと棄てるしかないのです」


 レオネルその言葉に頷き、そのまま黙り込んでしまった。


「では、フロストハートから一人最下層へ送り、分断の祭壇を作動させてもらいましょう」

「はっ! しかし、一人で祭壇へたどり着けるでしょうか」

「一番優秀な者を選びなさい。心配であれば闘技場の奴隷を何人かつけるのです」

「紫髪の奴隷達ですね。わかりました」


 レオネルはそう言ってその場を後にした。


・・・

・・


――上層(第1層) 神徒大図書館 地下2階


 神徒大図書館は1階、そして地下1階から3階まで存在する。

 1階には誰でも入場できるが、それ以外は階級の制限がある。


 その図書館地下2階に、セレナスは籠っていた。

 地下2階への入場は本来、Aランク以上の階級しか入ることが許されない。

 しかし、セレナスはA・モーンブレイズ家に取り入り、特別に地下2階への入場権限を得ていた。


「最下層へ行く方法自体はあるが……その力はSランクのソヴリンスター家の頭首にしか使えない……」


 セレナスは最下層に行く術を現在も模索していた。

 しかし、どれだけ調べても方法等は一切記されておらず、唯一の手掛かりは最下層に行く方法はSランクの者しか知らないという事実だけであった。


 事実上不可能……そう言っているようなものだった。


「最下層にさえ行けば、下層に行く方法はあると言うのに……!」


 セレナスは本を閉じ立ち上がった。


「そろそろ石板の文字が変わる。記さなければ」


 そう呟き、大図書館を後にした。


・・・


――上層(第1層) 極光神輪の神殿


「あの方は……!」


 セレナスが神殿に戻ると、跪く長老エンドーンとその前に立つレオネルの姿があった。


(全身赤い鎧な為、顔などは見た事はないが……レオネル様に違いない。)


「レオネル様! こちらにいらっしゃっていたのですね」


 セレナスはそう言って、エンドーンの側で同じく跪いた。


「お前がセレナスか?」

「はい。私はセレナス・B・フロストハートです。まさかSランクであるレオネル様のお声を聴く事が出来るとは……身に余る思いで御座います」


 そういうセレナスには一切の反応を示さず、レオネルは巻かれた羊皮紙をセレナスに手渡した。


「中を見るんだ」


 レオネルがそう言うと、セレナスは頷き羊皮紙の内容を見た。

 そこにはただ一言、


 最下層に行き、分断の祭壇を起動せよ。


 と記述されており、下の方に分断の祭壇の座標とソブリンスターの家紋が刻印されている。


(ソヴリンスター家の刻印がある……死んでも遂行しなければならないと言う事か……)


「わかりました。しかし……最下層へはどうやって……」

「エルミラ様が転送する。3日後の朝、転送装置へ来い。一人が心配なら紫髪を何人か連れて行くと良い」

「わかりました」


 そう言ってレオネルは神殿を後にした。


 それを終始見ていたエンドーンはセレナスに


「Sランクの方がBの我々に依頼を……! これは凄い事じゃ! セレナス、必ず完遂するんじゃぞ!」

「分かっている……! 3日後か。時間が無い。それまでに準備をする」

「ああ! 必要なものがあれば何でも言うんじゃ!」


 そうしてセレナスも神殿を後にした。


(まさか急にこんなチャンスがくるとは。しかし、分断の祭壇起動か……)


 セレナスは分断の祭壇の事は大図書館で知識を得ていた。

 この祭壇を起動させると下層と最下層を分断し消滅させる。

 

 セレナスがしたい事とは真逆の行為であった。


(争いが起こるかもしれないと言うだけで、下層を切り離すなんて許されることではない)


 実際に下層を見たわけではないが、人口が急増しているのは石板で理解している。


 必ず争いが起きると言うのであれば、その人々を統治し、人口が増えすぎないような法を作ればいい。そして、平和な下層を築く。


 セレナスは切り離す理由を下層で争いが起きてしまう為だと認識している。

 そして、それさえ起こさなければ切り離す必要はないだろうと考えていた。


 そう認識している故、絶対順守の依頼にも関わらず、分断の祭壇の起動をするつもりはない。

 しかし、自身が出来なかった場合すぐに次の者が送られてくるだろう。

 止める術……答えは一つしか持ち合わせてなかった。


(最下層、下層で戦士を募り、ソブリンスターに打ち勝つしかない)


 セレナスはその思いを胸に転送の日を待った。


 第三章開始 上層へ

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