(あいつ、マジかよ……この格好、落ちつかないんだけど……)

 問題の土曜日。英美は通っている学校や自宅付近から離れた場所にある大型ショッピングモールにいた。

 七緒との待ち合わせは、入り口すぐ正面にある大きな噴水の前。それはいい。問題はさせられた格好だ。

 丸襟のついた、ウエストをベルトで絞れるシックなロングスカートの半袖ワンピース。やけに手触りのいいハイソックスに、やけに足に馴染むローファー。全部自分の体にしっくりこなくて、背中がむず痒い。いちいち足に引っ掛かってくるおかげで、ミニスカートの偉大さを知った。

 メイクも、普段学校で施しているものより薄く見えるような清純派なもの。まるで人の行き交うこの場で自分が浮いているかのように落ち着かない。それもこれも、全部あいつの指定なのだ。

 土曜日前、七緒に手渡された紙袋。中には服に靴、下着まで採寸通りのものが入っていて、分厚い『設定書』なる冊子もあった。七緒がPCで製作したらしきそれは、英美に演じてほしい『他人』の設定が事細かく記されていた。

 三行以上の文字列に苦手意識がある英美だったが、図なども差し込まれていて不思議なほど読み込めた。頭のいい奴はノートも上手く纏めるというがあいつもそうだとは認めたくない。これでも物覚えはいい方だし、カンニング用にスマホで写真も撮り、準備は万全だ。不本意だけれど、これも五万のため。

 待ち合わせ五分前。七緒の姿はない。待ち合わせ時間。まだ来ない。五分、十分。

 いい加減イライラしてきた十五分後、ようやく声をかけられた。

「ごめん英美お姉ちゃん、お待たせ!」

 顔を上げて罵倒しようとして止まる。こちらに駆け寄ってくる七緒はふんわりと毛先を巻いた長い髪をツインテールにしていた。袖のふんわりしたシャツと、ショートパンツ。ソックスが短めなので長くて細く真っ白な足を惜しげもなく見せている。全体的に明るめな色使いで、活発そうなイメージだ。

 学校で見かけるどこか近寄りがたい変なお嬢様感は全く無い。あの無愛想さが嘘のように満面の笑みを浮かべている。別人かと思った。

 引っ込みかけたが、不平不満はとりあえず浴びせることとする。

「遅ぇよ、何分待たせてると……ッ」

 七緒がわざとらしく咳払いをした。ああ、そうか。これも設定なのだ。大きく深呼吸、怒りを抑えて英美も笑みを浮かべる。

「……も、もう、七緒ったら。待ち合わせの時間を過ぎてるよ。いけない娘だね」

 歯が浮きそうで言ったあとに食い締めた。ぎこちなさに七緒がじろっと睨んできたが、また彼女は満面の笑みに戻る。

「目覚ましを設定したのだけど、鳴らすのを忘れてたの。寝坊しちゃってごめんなさい」

「……七緒はそそっかしいんだから。私なしじゃ、ほんと生きていけないよ?」

「お姉ちゃんなしで生きていくつもりないもの」

 子供のように無邪気に微笑みかけてきた彼女に、一瞬目を奪われる。この女、顔はいいのだ。ヨーロッパ系のクォーターとかで、まるで人形のような整いすぎた顔立ちをしている。手足も長く白く細く、何もかもが完璧なのだ。

 そんな女に親しげに笑いかけられると、こうも惹かれるものか。鼓動がざわついて、それは苛立ちのせいだと英美は思うことにした。

「どこに行きたいの? 今日は七緒の好きなところに行きましょう」

「どこでも良かったの。お姉ちゃんと一緒なら。とりあえずお店、見て回ろう?」

 自然に七緒が英美に腕を絡めてくる。むき出しの素肌が触れ合い、そのひたっとした質感に驚く。うっとうしいと、思えない自分がうっとうしい。

「……何止まってるの。早くエスコートしてよ朝日川さん」

 顔を寄せてきた彼女が温度のない声で囁いてくる。顔も、いつもの無表情に戻っていた。

(やっぱ腹立つわ、このクソアマ……)

 演技に騙された自分と彼女にイライラを思い出しながら、英美は彼女を連れ立って歩き出した。

 英美は七緒の近所に住んでいる年上の女性。七緒が小さい頃から仲良くしていて慕われている。育ちは良く裕福な家庭出身、慎ましやかで穏やかな性格。自分とはかけ離れた設定に早くもギブアップしたい気持ちだった。

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