第六話⑴

 六


「最も重要な手がかりは」と神希は語り始めた

「凶器となったあの金属バットに付着していた直径五㎝ほどの血痕です。

 あの血痕はどういった状況でバットに付着したのでしょうか?」

「そりゃあ」と、すぐさま深川が口を挟んだ

「深い傷を負った被害者が防御しようとして、バットをつかんだからだろう」

「なるほど、具体的には、いつの時点ですか?」

 深川はしばらく考え込んで、萌香の目撃談を反芻した。

「たしか、頭部に一撃目を食らった後だ。

 被害者は頭をおさえて、立ち上がって、その後、バットをつかんだ。そのときに頭部から手に移っていた血がグリップに付いたんだ」

「それは違いますね」と神希は断言する。

「違う? どうして?」

「深川さん、あなたは一つの事実を省略してしまっています。

 被害者が頭をおさえた後、立ち上がる前、ひとつの動作をしています。

 そう、被害者は、リビングと寝室を仕切る壁に両手をついたんです。

 しかしどうでしょう、わたしたちが現場に駆けつけたとき、

 つまり、

 従って、ことになります。

 んです」

「・・・」

 深川は黙り込むしかなかった。たしかに神希が指摘したとおりだったからである。

 しばしの間の後、深川は気を取り直して、言葉をつないだ。

「じゃあ、二撃目の後だろう。

 さすがにこのときには血が流れだしていただろうからね」

「それはそうでしょう」と神希はうなずく。

「しかし、思い出してください。

 二撃目の後、被害者は頭をおさえたので、そのときに血痕が手に付着したとして、その手はバットに触れたでしょうか?

 いいえ、のです。

 従って、バットに血痕が付着したのは、この時点でもない」

「う~む」と深川は思わず唸った。

「これら以外に考えられるとすれば、被害者が寝室に逃げ込んだ後です。

 被害者が倒れていた地点からは少し離れていましたが、バットは寝室の奥の壁際に転がっていた。

 勢いよくすっぽ抜けて宙を飛んだバットが落ちたとしたら妥当な地点です。

 瀕死の被害者が、例えば反撃をしようとして、部屋を横切りバットをつかんだ。

 しかし、何らかの理由で、例えばバットを握る力さえ残されておらず、バットを手放してしまい、死体のあった位置まで歩いていって倒れた。

 そのような状況がありえるでしょうか。

 しかし、血痕は、被害者の頭と手、寝室側のドアノブ、そしてドアノブと被害者の間の床にしか付着していませんでした。

 

 しかし、さきほども言いましたように、

 従って、

 以上のことから、ことになります。

 つまり、被害者は寝室に逃げ込む前にも後にも、バットに血痕をつけることはできなかったのです。

 このことを言いかえれば、次のように結論することができます。

 、と」

 一同の脳裏に自分の推理が定着するのを待つように、静かに無言で周囲を見回してから、神希は語りを再開した。

「この事実がどれほど重要か、おわかりでしょうか。

「攻撃を受けたのは被害者だけのはずなのに、加害者は血を流していた。

 不可思議な状況ではありますが、事実がそのことを指し示している以上、こう考えざるをえません。

 のだと。

 そして、その結論から導かれる事実はこうです。

 

 これは決定的な事実です。

 なぜなら、みなさんもご存知でしょうが、素手でバットを握った以上、そのグリップにはからです。

 そして、わたしたちが現場に踏み込んだとき、寝室のドアも窓も施錠されていましたから、加害者がその指紋を拭きとったはずもない。

 従って、今も寝室に転がっているバットには加害者の指紋が残っている。

 これもみなさんご存知でしょうが、指紋は同じものが二つとないため、その持ち主を完璧に特定できます。

 さらに言えば、このバットは今日の昼過ぎに届いたもので、ビニールの包装を四人の帰り際にはがしたのですから、バットに直接触れたのは被害者と加害者だけと考えられる。

 というわけで、加害者つまり犯人が判明したのも同然というわけです。

 ところで、犯人が脅迫めいた貼り紙を作ったのも、この指紋と関係しています。

 犯行時はおそらく極度の興奮状態で、指紋を拭き取ることに思いが至らなかったのでしょうが、犯行を終えてしばらくしてから、犯人は指紋を残してきてしまったことに気づいた。

 そこで急遽、あのような貼り紙を作り、警察に証拠が渡るまでの時間を稼いで、なんらかの機会を待って指紋を拭き取るつもりだったのでしょう。

 しかし、死体発見時はわたしも含めて何人かが殺人現場となったあの寝室に入りましたし、その後も現場保存の観点からこのコテージ前に皆が集まっていたため、そんな隙はなく手をこまねている間に、このわたし、神希成魅が真相を見抜いてしまったというわけです」

 そう満足げに言って、神希は締めくくった。

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