第六話⑵

 だが、深川にはまだ疑問が残っている

「理屈はわかったよ。納得だ。

 けど、ケガをしたはずのない犯人の手から血が流れたって、一体どういうことなんだ? 

 それに、さっきは犯人がわかったと言ったけど、ほんとにそう言えるのかな?

 警察が指紋を分析するまでは、犯人はわからないんじゃないか?」

「お答えしましょう」と即座に神希。

、ですよ」

「え? なんだって?」

「だから、マメ、です。

 みなさんも一度は経験があるんじゃないでしょうか。

 スポーツをしたときに、手に水ぶくれができたことが。

 バットやラケットなどの道具と手のひらの皮膚との間で、繰り返し摩擦が起きた場合にマメができます。

 水ぶくれの中には血液が混ざるものもあります。

 犯人も日頃からスポーツをしていたために、手のひらにマメができていたのです。

 そのマメが、犯行時の強い急激なバットのスイングで、つぶれてしまったんですね。

 その結果、つぶれたマメから血液が流れ出して、バットのグリップに付着してしまったというわけです。

 つまり」と神希は一段と語気を強めて、

「犯行時、手のひらにマメができていた人物こそが犯人というわけです。

 ここまでは皆さん、おわかりですよね?」 

 うんうんと深くうなずく佐草向日葵。

 その姿を見とめた神希が「向日葵、では、その人物が誰かわかるかな?」と投げかけると、向日葵ははっとした表情で腕組みをとき、「え~と、え~と」と口ごもる。

 子どもが何かを考えるときの様子を絵に描いたように、顔を右斜め上に傾けて宙を見すえながら、なにごとかを思案する向日葵。

 そして、おもむろに、

「三橋さんやろ」

「三橋って、誰やねん」と向日葵につられて関西弁で指摘する神希。

「え? 三橋やないっけ? 向日葵、人の名前覚えるの、苦手やねん。

 だいたいな、先輩の話、ややこしいやんか。向日葵にもわかるように話してもらわな」と開き直る向日葵。

 神希は諦めたようにひとつため息をつくと、深川に目を合わせた。

「深川さん、その人物とは誰なのか、わかりますか?」

「う~む、と言われてもなあ、マネージャーの三橋さんならぬ三村さんは除外できるとして、他の三人には可能性があるけど・・・

 性格から考えると、二葉さんかなあ。

 なんかプライド高そうだし、そういう人に限って、キレたらなにをするかわからないって感じで…」

 言ってから、本人が目の前にいることに思い至ったが、もう遅い。まさしく鬼の形相で睨まれる。

 一瞬で体が固まってしまった深川を助けるように、神希が口を開いた。

「二葉さんではありませんよ。

 二葉さんは手指の骨折で全治一か月。三週前から野球をしていないそうですから、例えマメができていたにしても、時間の経過とともに消えているでしょう」

「ああ、そのとおりだ」

 二葉は、手指の包帯をほどき、手のひら全体を差し出した。

 そこにマメはなかった。

「僕にもないですよ」と一戸。

 神希はにっこり微笑んで、

「ええ、それはわかっています。

 さきほど、あなたが自ら手のひらを見せたとき、シミひとつなかったですからね」

「ということは・・・」

 皆の視線が一斉に四ノ宮に向けられる。

 萌香の両目には涙が浮かび、百四十五㎝の小さな体がぶるぶると痙攣していた。

 おびえきった四ノ宮は両手を背中の後ろにひっこめ、駄々をこねるように首を激しく左右に振った。

「ぼ、ぼくじゃない。違うんだ。違う、信じてください」

 ずるずると後ずさりする四ノ宮。一歩、前に踏み出す一同。

「やっぱり、お前か。さあ、手のひらを見せろ」

 容赦なくそう言って、四ノ宮の元へ駆けだそうとする二葉を「違いますよ」という神希の確信に満ちた声が引きとめた。

「なぜ、わかる?」と、かみつくように二葉。

 神希は少しも動ぜず、「これですよ」と常夜灯の明かりに、さきほど拾い上げた四つ葉のクローバーをかざした。

「これは、まだ犯行が起きる前の時間帯に、萌香ちゃんが四ノ宮さんの手袋のマジックテープの間にはさんでおいたものです。

 お兄ちゃんが何かしらの幸運に恵まれるようにという、萌香ちゃんなりのおまじないだったんですね。

 そして、犯行時刻の後、さきほど四ノ宮さんがマジックテープをはがすときまで落ちなかった。

 つまり、クローバーはその間、ずっとマジックテープの間にはさまっていたんです。

 言い換えれば、犯行時刻の前から後まで、四ノ宮さんはずっと手に手袋をはめていたことになる。

 犯行時に素手だったという犯人の条件に一致しません。

 萌香ちゃん、クローバーがお兄ちゃんを救ってくれたね」

「はい」と、ほっとしたように、ゆっくりとうなずき、向日葵と微笑みを交わし合う萌香。

「お兄ちゃんの疑いが晴れて、ほんとによかった・・・」

 しかし、二葉はなおもくいさがる。

「おい待てよ。一度、手袋を脱いで、そのときに落ちたクローバーを拾っておいたのかもしれないぞ。

 その後、素手で犯行に及んだが、指紋を残してきてしまったことに気づいて、再びまた手袋をはめて、クローバーを元に戻したかもしれないじゃないか。

 あんたが今言ったような推理で容疑から逃れるために」

「それはありませんね」とぴしゃりと神希。

「貼り紙を作ったことから、犯人はわたしたちと現場に向かう時点で、自分の失策に気づいていたはずです。

 だから、指紋を拭きとる機会を常に狙っていたはず。

 しかし、四ノ宮さんは寝室には一歩も入らず、他の多くの人たちと同様に、室外で待っていた。

 指紋を拭きとる意思なんてなかったんですよ」

「じ、じゃあ、やつが犯人じゃないとすれば、犯人がいなくなるじゃないか」

「犯人はここにいますよ」

 神希は悠然と笑みを浮かべた。

「マメができるのは、野球をやっている人に限りませんよ。

 ふだん運動をしない人だって、マメができることはあります。

 例えば」と神希。「鉄棒によって、とか」

「ちくしょうっ」と吠えるようなどなり声が意外な人物の口から飛び出した。

「犯人はあなたですよ」

 神希は、怒声をあげた人物を左手でびたりと指さす。

「え? でも、そんな・・・」

 神希に名指しされた三村にとまどいの視線を送る萌香。

「三村さんは、いつも優しくって、マイホームパパで、とっても奥さんや息子さんを大切に思っていて・・・」

「フン、バカバカしい」と、三村はあざけるような冷笑を浮かべる。

「オレにはなあ、二人の愛人と三人の隠し子がいるんだよっ!。

 それを嗅ぎつけやがった五関が、三千万よこせと脅迫してきやがった。

 だから、殺してやったんだあああ」

 そう絶叫すると、三村は不意に駆けだした。

 コテージ群をあっという間に後にし、出入口の方へとひた走る。

 一同もどやどやと後を追った。

 バーベキューハウスの手前でようやく追いついたが、三村はジャンパーのポケットからサバイバルナイフを取り出して威嚇する。

 うかつに近づけない追手とのにらみ合いが続いた。

「いいか、近づくんじゃねえぞ」

 三村はナイフを一堂に突きだしたまま、徐々に遠ざかっていく。

 そのときだった。

「ア~アア~、ア~アア~」

 猛獣の雄たけびのような奇声が周囲に響き渡った。

 そして、深川は見た。

 常夜灯のまばゆい光に彩られて、まるでスポットライトを浴びたかのような一人の少女が空中を飛ぶのを。

 木の枝から地面へ、地面から空中へと弧を描いたロープがピンと伸びきった地点で両手を離した少女は、そのまま夜空に舞い上がるかのように見えた。

 星空を背景に一瞬制止した少女の黒い影は、今度は一直線に地面へと降下していく。

 だが、そのまま落下せずに、あまりのことに呆然と硬直している三村の身体に激突した。

 二人とも地面に倒れ込む。

 一同が駆けよると、神希はすぐに立ち上がった。

 だが、三村は微動だにしていない。

 ナイフは三mほど離れた場所に落ちている。

 一同が三村の顔を覗き込むと、卑劣漢は両目を閉じて気絶していた。

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