第五話
五
脅迫めいたメモの内容を知った一同にまたしても動揺が走った。
特に少女たちが恐慌とも言っていいくらいの混乱に陥った。
だが、彼女たちの不安を鎮めるのはオレの役目だとばかりに、少女たちの前に進み出た二葉が自信満々に弁別をふるう。
「みんな、落ち着いて聞いてくれ。
いいか、まさかホラー映画に登場するような殺人鬼が潜んでいるとはとても思えないから、このメッセージはおそらく犯人のハッタリに過ぎない。
何らかの理由で警察を呼ばれたくない犯人が時間稼ぎを狙っているんだろう。
だから、これ以上の事件は起きない。
みんな、安心してくれ」
深川としても、二葉のこの見解には賛成であった。
だが、なにゆえ時間稼ぎを必要とするのか、その理由について説明できる者はいなかった。
また、犯人が万が一、自暴自棄になっていることも考慮して、当面は警察への連絡を差し控えることとした。
ただし、「現場の保存が最優先されるべきですよね」という神希の意見に皆が賛同したため、誰も現場に近づけないようにという監視の意味を込めて、一同は五関のコテージ前で当面待機することとなった。
さて、犯行時の状況だが、これについては現場を実際に確認したことで、より明白になったといえる。
血痕が残されていた場所が少ないことや被害者に逃げる余力が残されていたことから、打撃を受けた頭部は内出血状態だったに違いない。
それが時間を経るうちに、といってもどのくらいの時間とは断定できないが、とにかく血が頭皮に滲み出していったのだろう。
それでも被害者は最後の力を振り絞り、隙をついて寝室に逃げ込み、ドアのカギを閉めた。
そして、部屋の奥へと進む途中で、ついに力尽きて倒れてしまったのだ。
また、凶器のバットは、被害者が寝室に避難する直前に、犯人の手からすっぽ抜けて寝室に飛び込み、その左手奥の壁に衝突して丸いへこみをつけ、床に落ちた。
こうして、犯行現場が出来上がったのである。
ところで、土唯萌香の証言から、犯人は逃げ帰ったコテージを利用していた四人に絞られるわけだが、その中で犯人を特定できるのか。
例えば、コテージの壁に脅迫状ともいえる用紙を貼り付けたのは四人の中で誰なのか。
一同がコテージに駆けつけてから死体を発見するまでのドサクサにまぎれて四人の誰かが警告文を貼り付けたのだろうが、しかしその用紙は常夜灯の明かりがあまり届かない場所で、しかも大人の身長より低い場所に貼られていたので、すぐに目に留まるわけではない。
ということは、いつの時点まで壁にはなくて、いつの時点ではあったのか、このことが判断できない。
つまりは、各人の行動がある程度判明したとしても、誰が貼りつけたのかは特定できないということだ。
また、ペンや用紙、ガムテープはコテージに備え付けのものだし、文字は利き手ではないほうで書かれたものらしく手がかりにはならない。
四人が四人とも、当然といえば当然ながら、貼り紙のことなど知らないと憤然と否定した。
特に一戸は自分が犯行とは無関係で、だから冗談めかすことができると周囲にアピールするためなのか、「僕のこの美しい手が殺人を犯すなんて、そんなこと、ありえませんよ」と、シミひとつない真っ白な両手のひらを大げさな身振りで見せびらかしながら、芝居がかった口調で潔白を訴えたが、誰も真に受ける者はいない。
言葉などなんらの証明にもならないのだ。
では、アリバイはどうか。
四人には個室があてがわれていて、犯行時間帯は、それぞれ別行動をとっていたので、誰もアリバイを証明できない。
四ノ宮以外の三人は自室で過ごしていたと証言し、四ノ宮はさっきまで野球のトレーニングの一環として、ジョギングやバットの素振りをしていたという。
そのことを裏付けるかのように今も黒い手袋をはめたままである。
だが、その姿を目撃したと申し出る者はいない。
「困ったなあ」と弱々しく呟いて、手袋を外す四ノ宮。
手首のマジックテープをペリペリとはがしたとき、なにか小さなものが地面に落ちた。
すかさず、神希が拾い上げる。
明かりにかざすと、それは一葉の四つ葉のクローバーであり、そのことを確認した神希に満面の笑みが浮かぶのを、隣に立っていた深川は目にした。
さて、アリバイがないなら、萌香の目撃証言は役に立たないか。
だが、犯人が着ていた赤いフード付きのジャンパーは、草野球チームのオリジナルのスタジアムジャンパーで、エンゼルスのデザインを模した鮮やかな赤色であり、チーム全員が所持している。
またバットのスイングから、犯人は右打者と思われるが、四人とも右打者である。
さらに、四人は揃って中肉中背で体格には差がなかった。
一応、暗がりの中で四人がスイングをするのを萌香と向日葵が観察するという実験を試みたものの、失敗に終わった。
それでは、動機のある者は?
被害者の五関は五十三歳独身、ここ「奥多摩キャンプ村」の管理人として、平屋のコテージに一年前から住み込みで働いていた。
元々、四ノ宮らが住んでいる街でスーパーマーケットを営んでいた頃から草野球チームに所属しており、その街を去った現在でも、選手兼監督として活動していた。
その縁で、チームメイトの四ノ宮らにこのキャンプ村を紹介したのである。
今日の夕方、四人は五関のコテージで雑談を交わしたが、特にこれといったトラブルはなかったという。
そのときに、凶器となった金属バットを五関が四人の前でうれしそうに見せている。
現エンゼルスの大谷選手が高校時代に使用していたものをモデルとした限定品で、今日の昼過ぎに宅配便で届いたばかりだった。
さっそく素振りをするからと、彼がバットのビニールの包装をはがす場面を、帰り際に玄関先で目撃したと四人ともが証言した。
四人と被害者との関係は総じて浅くもなく深くもなくといったところだが、ただそのうちの一人とは、やや因縁のある関係にあった。
四ノ宮である。
四ノ宮は、五関とその離婚した妻との間の長女との交際が三か月ほど前にスタートしたのだが、彼がいささか頼りないという理由で、五関はその交際に反対しているというのである。
このことはチームメイトなら誰しもが知っている事実であった。
「弱ったなあ。
そんなことで、僕があの人を殺すわけが・・・」
四ノ宮は心底から弱り切った表情で妹の萌香を訴えるような目で見つめるが、彼女もなんと言ってよいのやら途方にくれたように虚ろな視線を返しただけである。
やがてその視線はさまようように揺れて、神希に向けられた。
「神希さん、お兄ちゃんは犯人じゃないんです。
ね、そうですよね?」
「そうですよ、神希さん。萌香のお兄ちゃんが犯人やなんて、そんなことありえへん」と向日葵も懸命に加勢する。
「さあ、どうかなあ~ 誰が犯人なのかな~」
神希はいかにもこの状況を楽しんでいるようにニヤニヤしている。
神希にお伺いを立てる萌香も萌香だが、萌香の必死の気持ちに思い至る様子もなく、それどころか緊張感のまるでないニヤケ顔に深川は思わずムッとした。
「ちょっと、神希さん、そんな態度はないだろ。
土唯さんの切実な気持ちがわからないのか」
語気を荒げる深川には小ばかにしたような冷笑を浮かべる神希。
「気持ちの強さだけでは誰をも救うことはできません。
考えることによって、真実を導き出す以外には」
落ち着き払った口調でそう言いきる神希。
まるで犯人を知っているような口ぶりだと、また深川は腹が立った。
「ふん、何をえらそうに。君には犯人がわかっているとでもいうのか?」
「はい」とあっけない回答に、深川は一瞬、頭の中が空白になった。
「・・・ え? そうなの?」
神希は強くうなずくと、周囲の人々を睥睨するようにぐるりと見渡した。
「手がかりはすべて揃っていますから。
それでは、『ネバーランド ガールズ』で一番かわいくて賢い神希成魅のソロライブをスタートしますっ!」
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