赤の痕跡
鮎崎浪人
第一話
一
「ア~アア~~」
一人の少女が太い樹の枝に巻き付けたロープにぶら下がり、野獣の雄たけびのような奇声を発している。
ロープは枝を支点に勢いよく大きな弧を描き、少女の身体もそれに合わせて、ぶら~んぶら~んと枝から離れたり戻ったりを繰り返している。
ここは十月下旬の奥多摩のキャンプ場。
東京都の西北のはずれに位置する奥多摩は、都内で最も自然が豊富な地域である。
キャンプ場のほか、湖や温泉もある。登山客も多い。
今日は、アイドルグループ「ネバーランド ガールズ」のメンバーたちと、彼女らが出演している「ASAKUSA 百貨店」というケーブルテレビの自主制作番組のスタッフの面々が「奥多摩キャンプ村」を訪れている。
普段のロケ地である東京都の東部地域から離れ、三回にわたって放送予定の特別番組を収録するためだ。
撮影は滞りなく進んだ。
林に踏み入って竹を捜し、その竹を切って割ってお手製の食器を作ることから始まり、場内の畑でタマネギやじゃがいもを収穫。
木にロープを巻き付け、そのロープを両端から引っ張って木を回転させることから生まれる摩擦によって火を起こす。そして、その火で鍋の中の具材を煮てカレーを作る。
火を起こすために使ったロープを奪い、するするとミズナラの幹を登ってターザンごっこに興じているのは、「ネバーランド ガールズ」の
今回は特別番組であるため、臨時のスタッフとして駆りだされた深川は、初対面の神希の行動に面食らった。
初めて顔を合わすや否や、「『ネバーランド ガールズ』で一番かわいくて面白い神希で~す」との真偽不明な自己紹介にまず驚いたが、番組の収録に入ってからも、団結が主要なテーマであるのに、神希は後輩の
挙句の果てには、他のメンバーがカレー作りの仕上げにかかっているのを尻目にターザンごっこだ。
一致団結という観点からすれば、そんな神希の存在は場の雰囲気をぶちこわす厄介者でしかないが、これがバラエティ番組の収録である以上、意外と重宝されるキャラクターであることくらいは、新卒三年目のADの深川ですら理解している。
現に一台のカメラもそんな神希の行動を撮影していた。
ひとしきりターザンごっこを楽しんだ神希は、地面に降り立つと、カメラの前へ一目散にかけてくる。
ふんわりとしたアッシュブラウンのショートボブが軽やかに揺れていた。
神希はインドとのハーフという特異な生い立ちであるからか、日本人離れした彫りの深い端正な顔の造りをしており、「ネバーランド ガールズ」のメンバーの中でもひと際異彩を放っている。
「わたしのパパの親戚が山口県の田舎に住んでて、小さい頃、よく遊びに行ってたんですよお。
そのとき、木登りを覚えたんです!
だから大得意なんです、ねっ、すごいでしょっ!」
カメラマンのかたわらに立つ深川にも、自慢げに押しつけがましい笑顔を向けてくるので、いささか圧倒された深川は曖昧な笑みを返しつつ一応うなずいておく。
それからも、神希はカレー作りに集中する他のメンバーの輪に加わろうとはせず、深川とカメラマンに対し、その田舎でイノシシに追いかけられて危うく命を失いそうになったエピソードなど、キャンプとは無関係の話題を楽しそうにぺらぺらとしゃべっている。
それにしばしば、「うれシゲ~」、「たのシゲ~」、「おもしろシゲ~」など、本人曰く「シゲ語」を強引に挿入するのも鬱陶しい。
とはいえ、インドとのハーフの異国風の顔立ちと日本の田舎の生活との組み合わせのギャップが多少は面白くもあったのだが、とにかく自分中心の話しぶりの上に、たいしたオチもないため、話し半分で深川が聞いていると、しばらくして手作りカレーが完成した。
「おなかペコペコだよ~ おいしそ~」と、さも自分が一番の働き手であるかのように、神希はいの一番にどっかりと腰を落ち着けると、最初に皿によそってもらうや、あっという間に三杯も平らげたのには、深川はあきれるやら感心するやら。
神希を除くメンバーたちの懸命な労働の後の楽しい食事が終わると、最後の企画、キャンプファイアーで締めくくられる。
だが、その途中で事件が勃発した。それも殺人事件が・・・
その第一報は、午後七時過ぎ、途中で具合が悪くなりコテージで休んでいた
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