最終話 不知火 かえで

「不知火さんって、常に人の顔色伺ってる感じがイラッとするんだよね」

「わかるー、八方美人っていうか?」

「おどおどしすぎて八方美人にすらなれてないから。ただのコミュ症じゃね?」

「なにそれ、ウケる」



 ……ああ、聞いちゃった。忘れ物なんて取りに戻って来なきゃよかった。


 私、うまくやれてなかったんだな。話し合わせて、ニコニコして。仲良くなろうと頑張ってたのに……もうどうすればいいかわかんないや。

 

 いいや、もう。私、人一倍不器用なんだ。

 みんなみたいに、上手に人と関われない。頑張っても傷つくだけ――


「まあ、本人がいないとこで悪口言って、盛り上がってる君達の性格のがウケるけどね」


「は? なに、おまえ?」

「喧嘩うってんの?」


 ……なに? あの人は、えっと。はやしくんだっけ。

 いつもマイペースで、周りのことなんか興味ないって感じだったけど。なんで、私のこと庇ってくれてるんだろ。あんなこと言ったら嫌われるだけなのに。


「別に喧嘩売ってないけど、そう思ったし気分悪いから伝えとこうと思っただけ」


「なんなんだよ、意味わかんね」

「ってか、コイツ不知火さんのこと好きなんじゃね? 」


「別に好きでもないし、話したこともないけど。一生懸命君達みたいな人に関わってたんだろうに、不憫に思うね」


「……チッ、気分悪」

「もう、行こ。おまえ、二度と私達に話しかけんなよ。きめえから」


「あ、大丈夫。俺、関わる人はちゃんと選ぶタイプだから。君達とは今後話さないと思う」



 ……なに、あの人。なになになに!?

 凄い。世の中に、あんな人いるんだ。


 なんで、あんなことズバッと言えるんだろ。嫌われるの怖くないのかな。強い人なんだろうな。どんな生き方してきたのかな。

 知りたい……あの人のこともっと知りたい。


 ああ、なんだろ。この気持ち。

 雷に打たれたような衝撃と、込み上げてくる高揚感。

 この気持ちは、最強だ。さっきまでの感情が嘘みたいにふっ飛んじゃった。


 ああ、そっか。わかった。これがきっと――





◇◇◇



 

「――あ、不知火さん。起きた?」


「……林くんのおかげで、私変わりたいって思えたんだよ」


「えっと、なんの話し?」


「えへへ、思い出し夢見てた。私の、特別な一日」


「……不知火さん、寝ぼけてる?」


「うん、まだ夢の中かも。だって、あの林くんがこんなに近くにいるんだもん」


「恥ずかしいこと、そんな幸せそうに言わないでよ……」


 可愛い、照れてる。こんな顔もするんだ。

 

 淡白なようで、心は豊か。無関心に見えて、誰より優しい。

 私だけが知ってるあなたをいくらでも増やしたいから、寝てる時間さえもったいないと思っちゃうんだよ。


「ねえ、林くん。小学生の時に将来の夢の作文があってさ。私、なんて書いたと思う?」


「え、なんだろ。ケーキ屋さんとか?」


「残念。正解は、大好きな人とキスをするでした」


「あー、なんか逆に不知火さんらしいかも」


「では、私はこれから十秒間目をつぶります。その間に、私の夢が叶ったらいいなと思うのです」


「……いやいや、ちょっと待って不知火さん」


「叶いませんか?」


「……叶います」


 ゆっくりと目をつぶった後、あなたがどんな顔をしているのか想像しながらその瞬間を待つ。


 唇に、ぎこちなさと一緒に温かな感触が伝わってくる。血が燃えて、頭が回って、幸せが爆発する。


 どんなに恥ずかしくても、どんなに怖くても、私はこれを手に入れたいと思った。

 この気持ちは、最強なんだ。


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クラスの女の子が、俺にだけ濃いめのキャラ作ってデレてくる フー・クロウ @hukurou1453

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