第5話 クーデレ、不知火さん②

「中々面白い映画だったわね。なんていうか、こう……あれね。面白かったわ」


「そうだね、とてもいい映画だったと思う」


「そうね。こう、パッションを感じつつも、なんていうかこう。物語的にミラクルというか、うん。面白かったわ」


「不知火さん、無理に感想言わなくていいよ。知的な部分出したいんだろうけど、バカっぽくなってるから」



 映画館に入館するまで不知火さんの頭からは湯気が立ち昇っていて、いつショートしぶっ倒れるのかとヒヤヒヤしていた。

 

 かといって、手を繋いだのはいいものの離すタイミングもわからない。結局、上映中も俺達はずっと手を繋いでいた。


 前半は「あわわわ」と小声で聞こえてきていたが、段々と不知火さんも慣れていったようだ。

 そして、映画が終わる頃には余裕が生まれたのであろう彼女は、謎キャラ続行という判断をしてしまったらしい。



「さあ、これからどうしようかしら? そうね、ここから少し歩くけど綺麗な公園があるの。うん、そこに行きましょう」


「流れるように自己完結したね。でも、時間大丈夫? もうすぐ日も暮れてくるし」


「その公園、綺麗な噴水があるの。行きましょう」


「あんまり遅くなると親御さんも心配したりとか……」


「私が昨日夜遅くまでネットで事前調査しつつ、三つある候補の中から考え抜いて決めた、ムードのある公園に行きましょう」


「なんかごめん。行こうか」


 

◇◇◇


「うわ、確かにすごい綺麗な公園。それに、だいぶ広そう。下手したら迷っちゃうかもね」


「ここを真っ直ぐ行って、右に曲がるの。そこから更に左の下り道を行けば、第三エリアの噴水広場よ。噴水周りに、ベンチがいくつかあるはずだわ。そこで少し休憩しましょう」


「下調べがガチすぎるね」


「頭の中で何度も進み方のシュミレーションしてたから、園内が手に取るようにわかるわ」


「脳内で旅行できちゃうレベルの才能だよ、それ」


 手をひかれるがまま進んで行くと、壮大な噴水を中心にかまえた大きな広場へと出た。不知火さんの言っていた通り、噴水周りにはいくつかベンチが並んでいる。


「中々いい雰囲気ね。……さて、ここで少し腰をおろしましょう」


「だいぶ歩いたから疲れたね。不知火さん、大丈夫?」


「私は……大丈夫よ」


「そうか、凄いね。俺普段インドア派だから、結構足にきちゃってさ」


「大丈夫……私は大丈夫……」


「不知火さん?」


 どうにも様子がおかしい。

 不知火さんは俯きながらブツブツと何かを呟いていたが、顔をあげ意を決したような目で俺を見つめた。


「林くん、お話しがあるわ」


「えっと、なんでしょう?」


「私とお付き合いなさいな」


「……どういうこと?」


「だ、だから。私はあなたが好ましいの。……だから、男女として、その。お付き合いというか……その申し込みをし……し……ひっ、ひっく……うぇっ……」


「ど、どうしたの!?」


 不知火さんは、いつものように顔を真っ赤に染め上げながら瞳から大粒の涙を流し始めた。嗚咽を必死にこらえどうにか声を絞り出そうとしているが、言葉にならない。


「ごめん、俺なんかしたかな……?」


「ちがっ……違うっ! 違うの! 林くんは何も悪くない……悪いのは全部、私でっ……!」


「不知火さんこそ、何も悪いことなんかしてないよ」


「だ、だって、こんな大事なことなのに……こんな風にしか言えなくて。自分でも、わかってる……こんなんじゃダメだって。でも、私じゃダメなの! 私じゃ勇気が出ないから……」


 必死に涙をこらえて語る不知火さんの言葉達に、やっとひっかかっていた何かが繋がった気がした。


 彼女は根本的に自分に自信がない。アクションを起こしたい気持ちがあっても、"私"じゃ、できなかったんだ。


 それでも、どうにかしたかった。そして、彼女が最終的に下した結論は、雑誌に書いてあった私ではない何かになること。


 なんて、バカなんだろう。本当にバカだ。

 そして、そんなバカの葛藤の涙を見て俺は心の底から愛おしいと感じてしまった。


「……初めて話しかけてくれた時。一緒に帰ろうと誘おうとしてくれた時。初デートの今日。不知火さんがおかしな日は、めちゃくちゃ頑張ろうとした日だったんだね」


「ごめんね……こんな変な女で」


「でもね、不知火さん。これからはもう、そんな風に頑張る必要なんてないんだよ」


「……なんで?」


「だって、俺は不知火さんのことが好きだから」


 不知火さんは信じられないものを見たかのように、涙を流し続けていた瞳を丸くさせている。

 俺は逃げ出したくなるほどの恥ずかしさを抱きながらも、そんな彼女の瞳を逃すことなく見つめ続けた。


「不器用でアホで、勝手に暴走して。それでもいつだって一生懸命に頑張ってる不知火さんが愛おしくてたまらないんだ。だから、何も心配することないよ。俺は不知火さんの全てが好きだから」


「え、えっと。頭ポワポワしてて……何言ってるのかわからない。……わからないけど嬉しい……う、うれ……ひっ、ひっく。うわああああん!!!」


 更に決壊した涙腺と共に、不知火さんは声をあげて泣き続けた。俺はそんな彼女を抱きしめたかったが、結局震える肩に手を回すことは出来なかった。


 彼女の今までの勇気がどれだけ偉大だったのかを噛み締めながら、俺は不知火さんが泣き止むまで力強く手を繋ぎ続けた。



 

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