第4話 クーデレ、不知火さん①

「ハァハァ、遅れてごめんね不知火さん……待たせちゃったかな?」


「さほど待ってないわ。ほんの一時間程度よ」


「めちゃくちゃ待ってるね。あれ? 集合時間間違えた……?」


「いいえ、間違えてないわ。そう、林くんは五分遅刻しただけ。そして、私は一時間前から待っていただけ。たった、それだけのことなのよ」


「今度はなんの雑誌を読んだのかな?」


 あれから俺達は毎日一緒に下校をした。

 クラス内でも普通に話すようになったし、メッセージのやり取りも変わらず続いている。


 不知火さんとの関わりは日常の一部になっていて、そのような生活をしていると当然のように周囲からある質問をされるようになった、


 "不知火さんと付き合ってるの?"


 勿論、YESとは言えなかった。

 でも、限りなくそれに近い俺達の関係性とは一体何なのかと考えた金曜の放課後。気づくと俺は、週末に不知火さんを遊びに誘っていた。


 いつもの如く不知火さんはパニックに陥り、鼻血を吹き出してぶっ倒れた訳だが、なんとか回復し(正気に戻り)無事初デートを迎えられたワケだ。


「雑誌……なんのことかしら。それにしても、几帳面な林くんが遅刻だなんて。楽しみで昨日寝れなかったの? ふふっ、お可愛いことね」


「ごめん、今回何キャラなのか本当にわかんない」


「さっ、行きましょ。映画の上映時間に間に合わなくなってしまうわ」


「まあ、そうだね。チケットも買っちゃってあるし、少し急ごうか」


「じゃあ、林くん。手をお出しなさいな」


「……手?」


 言われるがままに、不知火さんに手を差し出す。さぞ、当たり前のように彼女は差し出した手を握りしめた。


「えっと……急に手を握ってどうしたの?」


「ふふっ、若い男女が外で逢引きする時なんか手を繋ぐのは普通でしょ? 林くん、頬が染まってるわよ。ふふっ、お可愛いことね」


「いや、まあ照れるけど。不知火さんのが、顔から噴火しそうなレベルで真っ赤になってるよ」


「そう? きょ、今日は暑いのかし……かしらし、困っちゃ……わわ、あわわ……あわわわわ!? タイム! 一回タイムください!」


 キャラを貫き通そうとだいぶ頑張ってはいたが、限界がきたか。

 不知火さんは手を離し、いつものように俺に背を向けて鞄の中から雑誌を取り出し読み始めた。


「む、むむむ無理。無理、無理。知的に余裕を持った態度をとれ? 表情は極力出さず、常にクールに? 初めて手を繋いだのに、そんなのできる訳な……」


「あのー?」


「んひゃい!?」


 そして、慌てながら振り返った彼女が読んでいた雑誌の表題を凝視する。


"大人の余裕でクールに決めよう! モテ系、クーデレ女子の極意!"

 

 これまたわかりづらいのに手を出してたな。もうこの雑誌出してる出版社もふざけ出してるだろ。


「な、なにかしら!? わ、私は全然、よ、余裕よっ! クールなんだからっ!」


「落ち着こうね。ところで、不知火さん。その雑誌はなにかな?」


「ざ、雑誌……これは、あれよ! わんにゃんパラダイスっていう動物雑誌よ! お可愛いことね!」


「とりあえずお可愛いことって言っとけば、なんとかなると思ってるよね」


 今回も、何がなんでも認めないスタンスできているな。まあ、そこに対して追求するつもりはないが。


 ……というよりも、こんなキャラを作ってまで、彼女は俺との関係性の発展に尽力しているのだろう。どれだけの勇気を使い込んで、俺の手を握ったのだろうか。


 何となく、今までの彼女のヘンテコな言動の奥底にあったものがわかった気がした。

 そして、俺は男としてそれに頼っていてはいけない。

 


「さ、さて。行きましょう。本当に上映時間に遅れてしまうわ」


「そうだね。じゃあ、不知火さん。手を出してもらっていい?」


「……て、手? えっと、林くんまさか私と手を繋ぎたいのかしらっ! お可愛いこと――」


 不知火さんがごちゃごちゃ言い出す前に、彼女の手を握りしめる。


「そうだよ、不知火さんと手を繋ぎたいんだ」


「あわ……わわ……あわわわわわ!?」


「恥ずかしかったり、嫌だったら、離していいから」


「あわわわ……は、恥ずかしい。恥ずかしいけど……嫌なワケ……ないです」


 不知火さんは、真っ赤に染めた顔を俯かせながらも、繋いだ手を力強く握りかえしてきた。


 すっかりと大人しくなった不知火さんの手の温もりを感じなかったのは、俺自身も同じくらい熱くなっていたからだろう。


 映画館までの道を、俺達はただ無言で歩い

いて行った。

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