第2話 周 密『癸辛雑識』

 次は周密さんの伝えるところ。この人はいろいろと文句があるようです。


【七夕の牽牛けんぎゅう織女しょくじょのことについていえば、古今の説は多く同じでない。同じでないのみならず、2星の名を定めることができない[=知られているどの星に当たるのか分からない]。


 荊楚歳時記[書名]がうには、

『黄姑と織女は時に相見あいまみえる』

 

 太白[=唐の李白]の詩が云うには、

『黄姑と織女が相去ること[=離れること]、尺に盈[=満]たず』】


[注 日本に伝わった唐の尺は大と小の2種。大尺は29.4cm。小尺は24.6cm。つまり30cmにも満たないとなれば、現代人でも十分近い。李白さんの面目躍如ですね!]


れ、皆な、牽牛を黄姑としている。


 そして、李後主[=南唐の李煜りいく]の詩が云うには、

はるはるかの牽牛星は、杳[=暗]く天の河の陽[=南]に在る。

 粲粲[=燦燦さんさん]たる黄姑女は、耿耿こうこう[=暗い][たる牽牛星と]遥かに相望む』


 此の如くなれば、織女を黄姑としている。

 

 何や?

 

 そして、星歴[書名]により之れをかんがえるならば、牽牛星は織女星を去ること、銀河を隔て72度】


[この72度が現代の角度と同じとみなして良いのか、私には分かりませんが、いずれにしろ、周密さんの怒り爆発]


【古い詩に謂うところの

盈盈えいえい[=満々]たる一水[=天の河]を間にして、脈脈[=長々]と語るを得ず』

 又た、

 いずくんぞ、太白の『黄姑と織女が相去ること[=離れること]、尺に盈[=満]たず』の如くの説を得るのか】


[ここから先は、牽牛星と織女星はどの星なのかの議論に移ります]


【又た、[前出の]歳時記は、黄姑星を河鼓かことする】


[後出の如く河鼓三星とも称され、現代でいえば、わし座アルファ星(別名アルタイル)、ベータ星、ガンマ星とされる。ところが、どっこい]


【爾雅[書名]は、河鼓は牽牛であるとする】


[まだまだ、続くぞ]


【焦林大斗記[書名]が云うには、

『天の河の西に煌々たる星あり。しんとともに出て、これを牽牛という。

 天の河の東には、微々たる星あり。ていの下にあり、これを織女という』】


しんていも28宿の一つです。みなさん、ご存じすばるもその一つです。現代で言う星座ですね。東西南北の各々を更に7つに分けたんですね。何で、7とは想いますが。まだまだ続くよ]


【晋[書]の天文志が云うには、

『河鼓三星は則ち[知られているところの]天の鼓である。

 牽牛六星は天の関梁であり、又た、これを星紀ともいう。

 織女三星は、天紀の東端にあり、天の女である』


 漢[書]の天文志が云うには、

『織女は[知られているところの]天の貞女である』


 その説は皆な[同]一ではない。


 渡河の説においては、洪景盧[人名]の弁じ[分]析するところが、最も精[密]で[内容も]富んでいるが、[それにより得られる結論として]渡河・乞巧きっこうのことは、多く詩人及び世俗に出て、それを恨まず[不満に想わない]となるならば、】


[やはり、ここで怒り爆発]


【ことごとく、何に拠るべきか】


[もう少し続くのですが、まあ、ここらへんで終わりにしておきます。ところで、末文近くにある乞巧きっこうとは、女子が織りの上達のために七夕になす祭りとされます。まさにたくみとなるを乞うという訳ですね。このとき、織女星と牽牛星を祭るとされています。


 ところで、前半に出て来た『黄姑』という名にアレっと想いませんでした。姑は日本では「しゅうとめ」ですが、漢籍でも似たような意味で、ありていにいえば、中高年の女性であり、よく女性の仙人の名にこの姑が付きます。


 悲恋の主人公たる織女はもとより、男である牽牛の別名としてもふさわしくありませんね。


 でも、同時に、この悲恋物語、技芸の上達を祈る乞巧きっこう祭りにまったくふさわしくありませんね。むしろ、それを願うなら、『黄姑』という名の女仙の方がふさわしくありませんか?


 なので、もともと、織りの技芸の女仙に祈る祭りが、いつの間にか、悲恋の2人の祭りに変わったのかもしれませんね。本当のところは、分かりませんが。日本でのクリスマスやバレンタインデイを想えば、ありえぬとは言えないでしょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

漢籍の伝える七夕 ひとしずくの鯨 @hitoshizukunokon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る