第5話 撮影会

 圭以子けいことちーは、食事が終わると、デザートも食べずにちー子の店に行った。

 店は、手前の部屋はまわりに写真が飾ってあったり、写真を飾るためのフレームが値札をつけて並べてあったりする。でも、奥の、撮影に使う部屋はシンプルで、モノトーンだった。天井も壁もカーテンも備品も白い。

 その部屋で、圭以子とちー子は向かい合わせに座る。

 今度のお見合いのために撮った写真をちー子に見せる。

 ちー子が軽くのぞき込んで首をかしげるので

「どう?」

ときくと、ちー子は

「うーん」

と困ったような声を立てた。

 ちらっ、と、圭以子の顔へと顔を上げる。

 「美人に撮れてるよ」

 そのまま目を離さない。

 ほんとに美人かどうか、確かめられているようだ。

 「でも」

と、その鼻筋の通った顔でちー子は言う。

 「これ撮るとき、何考えてた?」

 見上げたちー子の笑顔の向こう、黄色のシャツの肩のところに、一本、しわができている。

 「いや、それが」

と圭以子は思い出した。

 「着物、着崩れないようにって、そればっかり。何度も何度も写真屋さんに直されて、さ」

 「そうだろうねぇ」

 ちー子はのぞき込んでいた姿勢からはね返るように自分のまる椅子に腰を下ろした。

 「奥歯のところに力が入った感じ? 絶対、失敗できない大事なところ、って、そんな感じが伝わってくるよ」

 「うん」

と何も考えずに返事すると、ちー子は

「そうそう。そうじゃなくて、いまの感じ」

と顔をくしゃっとさせて笑う。

 「唇を閉じる力が入ってなくて、もうちょっとで唇の裏側が見えそうな、それ」

 「うん」

 たぶん、いまの圭以子の表情は、そうだろう。

 「ちょっと撮っていい?」

 えっ、とちー子の顔を見上げる。

 見上げたときには、もうちー子は大きいカメラを手に持っていた。かしっ、という乾いた音がする。何が起こっているか圭以子が理解しないあいだに

「これこれ」

と、ちー子は無遠慮に体を寄せてきた。

 圭以子より痩せているのに、柔らかい腕の感触。

 それが圭以子の右の腕に食い込んでくる。

 「これが圭以子だよ。わたしの知ってる圭以子の」

 圭以子の。

 ……何だろう?

 右手をぐいと突き出してカメラの画面を圭以子に見せる。右腕に感じる、ちー子の腕の圧力が強まった。

 「あ」

 そこに映っている圭以子の顔はお見合い写真とは違っていた。

 瞳をまっすぐに向けているが、にらんでいる感じはしない。

 力を抜いて軽く合わせた唇。

 耳の後ろから肩の後ろへと柔らかく広がるセミロングのストレートヘアまでが意味を持って、圭以子の魅力を語りかけているような写真だ。

 この女のひとならば、もっと近くにいたい。もっと話をして、そして。

 もっとこのひとのことを知りたい。

 そう思ってしまうような写真。

 ……自分の写真なのに。

 そう思って右を向くと、ちー子が、鼻の上にしわができるくらいに笑っていた。

 圭以子の右腕に寄せていた左手を背中から圭以子の左腕に回し、きゅーっ、と抱いてくる。

 何?

 ちー子がリズムをつけて言う。

 「ね、やらせて」

 「何を?」

 思わず声が出ていた。ちー子は圭以子をきゅっと抱いたまま言う。

 「圭以子の撮影会」

 「はいっ?」

 声が普通にうわずるのの倍くらいうわずっていた。

 「わたしもまだまだだから、勉強したいんだ。だから、圭以子がモデルになって」

 そのちー子のことばに、

「モデルっ?」

 圭以子の声はもっとうわずる。

 その横からさっと立ち上がり、圭以子の後ろに回って両手で肩のところをぽん!

 力が強い。

 ちー子はそこからくるんくるんと回って圭以子の前に出る。すばやくぱっとしゃがんで、また、かしっ、とシャッターを切った。

 ちー子の動きについて行けていない圭以子の前に、ちー子がまたカメラの画面を突き出してみせる。

 軽く口を開いて驚いている圭以子の顔に、斜め上からの光が影を作っていて、見たことのない表情……。

 「ふふぅん」

 ちー子は圭以子の目の前からすばやくカメラを持ち上げる。その動きを追った圭以子の表情を、今度は背伸びして、高いところから、かしっ、と撮影した。

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