第3話 エスカレーターで

 その同じ場所に、いまはレンガ状のブロックで舗装ほそうされた道がついていて、道の両側におしゃれな店がいくつもできている。

 ここを取り巻いていた林は姿を消した。木が植わっている場所もあるけど、それはもとの林ではなく、開発してから木を植えて公園にした場所だ。

 神社もあることはあるけど、どうも、あのとき境内で遊んでいた神社とは違う気がする。

 道を下りて行くと広場があって、その横に、曲線デザインの目立つおしゃれな電車の駅がある。

 二年ほど前、電車の線が延びてきて、駅ができた。駅のまわりも同時に開発されて、こぎれいな街ができた。全体にクリーム色やパステルピンクやパステルグリーンに塗ってあって、まるでデコレーションケーキの上にできた街みたいだ。

 これが、田んぼに囲まれて、ほんの数軒だけ家があったあの街と同じ場所だなんて。

 時空の大変動か何かで空間ごと入れ替わったのだ、とでも思っておいたほうがまだ納得できる。

 さて。

 どうしようか。

 もともと、お父さんとお母さんもいっしょに出かけて、街まで行って豪勢ごうせいな食事でもして来るはずだった。

 お見合いで「振られ」て落ち込んでいる圭以子けいこを慰めるため。

 べつに落ち込んではいないのだけど、お父さんとお母さんのあいだではそういうことになっているらしい。

 でも「県議は井岩いいわ」の選挙運動で当選して議員になっている叔父おじさんが、急遽きゅうきょ、家に来ることになって、取りやめになった。圭以子も家に残るつもりだったが、お母さんが

「圭以子は出かけてらっしゃい」

と送り出した。

 きっと、圭以子が聞かないほうがいい、政治の何かの話なのだろう。

 それで、圭以子だけ、とくに当てもなく、家を出て来たのだけど。

 とりあえず、と思った。

 電車に乗るまえに駅前に新しくできた八階建てのホテルでトイレに行っておこう。

 新しい駅だから、駅のトイレもそんなにきたなくはないだろうけど、ホテルのほうが安心だ。

 それに、ホテルの一階にはいろいろと新しい店ができている。

 圭以子はまだこのホテルに入ったことがない。そこでウィンドウショッピングというのもいい、と思った。

 駅側の入り口の左側の角はステーキ屋さんらしい。右側はカフェで、持ち帰りのケーキも売っている。カフェの隣は古本屋さんらしい。ホテルに古本屋さんが入っているというのは珍しいな、と思う。ステーキ屋さんの隣は天ぷら屋さんで、その隣がそば屋さん。古本屋の隣はおしゃれな服屋さん、その隣は、ガラス張りで、表に写真が何枚も飾ってある店だ。「証明写真撮ります」みたいな看板が出ているので、写真屋さんだろう。で、その向こうが、白い照明がまばゆいコンビニで……。

 コンビニがいちばん人が多いようだ。

 まあ、しかたあるまい。

 そのコンビニの前にエスカレーターがあって、二階にも店があるようだ。圭以子はコンビニのほうには行かずに、エスカレーターに乗った。

 圭以子が上りのエスカレーターに乗ったとき、上の階では原色の黄色い色のシャツを着た女がエスカレーターに乗った。

 一階分にしては長いエスカレーターだ。圭以子の前にはだれも乗っていない。

 圭以子は徐々に近づいてくるその子を観察する。その子はずっとスマホを見ていて圭以子には気づかない。

 歳は同じくらいだろう。いっぱい荷物を持っている。大きくて重そうな四角いケースをエスカレーターに置き、肩からはやはり重そうな細長い荷物を提げている。

 体はどっちかというと華奢きゃしゃなのに、それだけの荷物を持ってもだいじょうぶという頼もしさがあった。生きる力がありあまっている感じがした。

 黒い髪を肩のあたりまで伸ばしている。

 圭以子とすれ違う。

 相手の子がふと顔を上げた。

 「圭以子?」

 たしかにそうつぶやいた。

 聞きまちがい?

 人違い?

 ところが、相手は、すれ違ってからこちらを振り向いて、はっきりと呼んだ。

 「井岩さん!」

 ひやっとした。

 それでまわりから注目されたらどうするんだ!

 しかし、エスカレーターの上でも下でも、圭以子の後ろでも、だれも反応していない。

 ほっとして振り向くと、黄色い服の子はまだ振り向いてこちらを見ている。

 思い出す。

 あの初夏の日、田植えをした田んぼに足をつっこんで圭以子を見上げていた、あどけない、でもきりっとした表情を。

 「ちー?」

 その弱い声に、エスカレーター上でもうだいぶ離れてしまった黄色い服の子が力強く二度うなずいた。

 圭以子はエスカレーターの上で身をひねって、ちー子に言った。

 「いま戻るから待ってて!」

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