第7話
(誰もいない……?)
随分登ったが、未だ人影は見当たらない。
(逃げ切れた? それとも、どこかで監視されているの?)
そう考えて、ぶるりと身を震わせた。
(念のため、もう少しだけ……)
エミリアは慎重に辺りを窺うと、スカートのポケットからハンカチを取り出した。
傷のできた、右手に巻く。
もう一段上まで登ってみたが、やはり人影は見えない。
ならばもう少しだけ……と手をかけようとした枝が、軋んだ。
「あっ!」
悲鳴を上げる間もなかった。エミリアの身体は枝から滑り落ちた。
咄嗟に受け身を取ったものの、地面に身体を強かに打った。
(……逃げなきゃ)
足を挫いたかもしれないという不安と焦燥を押し殺し、再び立ち上がる。
その拍子に、頭上から葉擦れの音が落ちてきた。
(しまった)
背後に気配を感じた時には、遅かった。
襟首を掴まれて身体が宙に浮く。咄嗟に抵抗して腕を振り上げると、掴んでいた力が緩んだ。
エミリアはその隙をついて身体を捻った。地面に手を突き、両足で着地する。
「逃がすんじゃないわよ!」
エミリアを掴んだのは、ウィルマではない。
力の具合から察するに侍女でもない。御者のほうだ。
「私に触れるな!」
エミリアは威喝した。ぴたりと手が止まった隙に、立ち上がる。
「それ以上私に触れれば、ただでは済まない。わかっているのですか?」
見ればやはり、背後に立っていたのは御者だった。
手を伸ばしたまま、躊躇っている。
「今更恐れてどうするの!? 王妃を逃せば、どちらにせよ私たちは咎を負い、罰を受ける。ここで捕らえる以外にないのよ!」
ウィルマが叫んだ。
主人の叱咤に御者は逆らえない。御者はエミリアに向かって突進してきた。
「愚か者が!」
やむを得ず、エミリアは臨戦態勢を取った。
護身術程度は嗜むが、実戦は初めてだ。
御者も普段は戦闘など無関係なのだろう。勢いに任せて飛び掛かって来る。
突き出された腕をいなして、逆に懐に飛び込む。
右こぶしに掌を添え、肘を引き上げるようにして鳩尾に突き入れる。
「グァ……」
御者は呻きながら崩れ落ちた。
「うそっ、カール!?」
背後から、ウィルマの悲鳴が聞こえる。
何とか上手く決まったが、エミリアの細腕では致命傷に至らない。
まさがエミリアが反撃するとは思わなかった油断のお陰でもある。
侍女の姿は、まだ近くになかった。
二手に別れたのかもしれない。
「馬鹿な真似は止めなさい。貴女の心証を損ねるだけよ」
「いえ、いいえ……! 問題ないわ。貴女の口さえ封じてしまえば」
ウィルマは動転している。
しかし、袖の中に手を入れたかと思うと、果物ナイフを取り出した。
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