第5話

 その努力もロクにせず、自己都合で他人を犠牲にして良い道理はない。


 2人がそうしてくれていたら、エミリアは今頃別の貴族の元にでも嫁いでいただろう。


 平凡でも誠実な、一、貴族の元に。


 しかし……。


「王命に背いて逃亡すれば、私は罪人と同じになるわ。何一つ悪いことをしていないのに、罪を負うなんて理不尽すぎるでしょう」


「そんな、真面目過ぎるわ。国境を越えて亡命してしまえば、容易に手出しはできませんわよ」


 しかし、もしも2人が愚か者でなかったら、エミリアはエドワードと出会えなかった。


 必要とされることを最上とし、自分の幸せなど欲しなかった。


「私は目先の欲に目を眩ませたりしません。貴女たちとは違うのです」


 エミリアは、ウィルマの甘言に屈しない。


 たとえ王妃でなくなっても、常に日の当たる道を堂々と歩きたい。それが、エミリアなりの道理だ。


「やっぱり……貴女が大嫌い」


 そう言って、ウィルマは馬車の扉を叩いた。


(本当の意味で嫌いなら、どうしてこんなに悲しそうな顔をするの……?)


「どうしても、乗っては下さらないのですね」


 ウィルマは諦めていた。しかし、何か閃いたようにエミリアを見た。


「ならばやむを得ない。……力づくでも、消えてもらうわ!」


「何ですって?」


 エミリアが聞き返そうとした時には、馬車の扉が開け放たれていた。


(結局、力に訴えるの。やっぱり、ただのバカだったようね)


 ウィルマは目を血走らせて突進してきた。


 もう子供ではないし、まだ気概だけはあるらしい。それが分かっていて警戒しなかった自分の落ち度だ。


 エミリアは咄嗟に身を躱して、ウィルマの脚を引っかけた。


 転んだ隙に、スカートを翻す。


「何してるの! 私はいいから、あの女を捕まえて!」


 脇目に、侍女がウィルマを助け起こそうと手を差し伸べている姿が映る。


 慌てた御者も、馬車を降りて、追手に加わる。


 エミリアは元来た方角へ走り出した。


「待ちなさい!」


(私、何してるのかしら……)


 エミリアは自問した。


 こうなる可能性は初めから見えていた。なのに、僅かにも付け入る隙を与えてしまった。


 自分の愚かさに腹が立った。


(私を捕えたら、ウィルマはどうするつもり?)


 情にほだされて、そんなに悪人ではないかもと思いかけていた。


 しかし、エミリアが邪魔なら、国外に連れ去るだけでは気が休まるまい。


 どこかへ幽閉するか、最悪の場合、殺害をも厭わないかもしれない。


「誰か――!」


 声を上げながらも考えをめぐらす。


 この時間はまだ、庭師は作業をしていない。


 使用人たちも朝の支度に忙しく、ほとんどが邸内で何らかしらの業務に従事している。


 真夜中でないとはいえ、警戒が和らぐ分早朝の邸内は逆に警備が手薄とも言えた。


 森を抜けるにはまだ、距離がある。


 相手は何をしでかすか分からない女と、その手下だ。


 ならばと、エミリアは踵を返した。


 道を外れて、茂みに分け入る。

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