第6話

 翌日から――


 エミリアは数日ぶりの祖国をしみじみと味わっていた。


 部屋から出ることは許されなかったが、侍女たちはエミリアの好きな菓子や茶を運び、不自由なく過ごすことができた。


 二日も大人しくしていると侍医の診断も、風邪ということで落ち着いた。おかげで体調は万全だ。


「よかったわ、エミリア。元気になったようね」


 話しを蒸し返さなかったため、エミリアが諦めたと信じ始めたのだろう。


 マルティナは、どこかほっとした様子だった。


「ええ、ご心配をお掛けしました」


 エミリアはにっこりと笑って答えた。が、その表情は筋肉によって造られたものだった。

 

 まるで自分の感情を隠すように、仮面を被っている。

 

 疑われては、思うように身動きが取れない。


 エミリアは徹底的にマルティナに従順な嫁を演じる。


「やっぱり貴女は私たちが見込んだ女性ね。聡明で、優しくて、私たちは幸せ者だわ」


 マルティナは、すっかり機嫌を直したようで、エミリアの好物のポタージュを運ばせた。


 エミリアは笑顔を浮かべたが、心の中は薄ら寒い。


 ちっとも褒められている気がしない。


 逆に「自我のない、愚かで扱いやすい妻」だと称されているように感じる。


 今までどうして、疑問すら抱かなかったのだろう。


 褒められ、頼られることが嬉しく、誇りでもあった。


「どうかしら、そろそろ外の空気を吸ってもいい頃よね。食事が済んだら、散歩にでも出ましょうか」


「はい。体調はすっかり良くなりました」


 エミリアはマルティナに微笑んで、彼女の気が変わらぬうちにと、急いでポタージュを飲み干した。


「でも……せっかくですから、その前にフィリップ様にお会いしたいのです」


 食事を終え、食器を片付けようとする侍女たちを止める。


 食後のお茶も、今は要らない。


「フィリップは今日も公務で忙しいのよ。あの子もほら……怪我で休んでいたから」


 マルティナは、いつもの困ったような顔をした。それでも、押し通す。


「少しだけでも良いのです。お義母様が心配されるようなことは致しません」


「そうは言っても、ねえ……」


「状況を元通りに戻すなら、早いほうが良いと思うのです。私たちが夫婦として過ごす時はまだ、長いので。それに、お仕事の状況もそろそろ拝見したいので……」


 マルティナは「まぁ」と、顔を輝かせた。


 ”夫婦”という直接的な言葉で、エミリアが完全に心を入れ替えたと解釈したのか。


 それとも、既に庶務が滞っていて、早期の解消を望んでいるのか。


「そう、そうね……そうよね。仲良く過ごすのが、一番だわ……」


 マルティナは一人で頷くと、すぐに席を立った。


 王后自ら伝達役を務めるとは、ご苦労なことだ。


(フィリップ様はとんだ親不孝者ね。私も、人のことは言えないけれど……)


 誰かに相談するか、フィリップと口裏合わせでもするためだろう。マルティナは部屋を出て行った。

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