第7話
「フィリップ様にお会いするわ。着替えます」
話しが付いたものとみなして、エミリアは侍女に声を掛けた。
「はい、しかし……本当にお身体は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。もうすっかり元気だから。わかってくれていると思うけど」
寝間着を脱ぎ、薄紫色の上品なドレスを着た。その上に、ボレロを羽織る。
「あ、髪も結って欲しいわ。 お願い」
侍女は頷くと、手早く髪を編み込み始めた。柔らかな薄紫のリボンを留めると、まだ少し乱れていた髪が落ち着いた。
支度を終えて部屋を出ると、知らせを持って戻って来たのはマルティナでなく、執事のカルヴィンだった。
「エミリア様、陛下は執務室におられます」
マルティナから伝言を預かったらしい。どこか不安げな顔だ。
「大丈夫よ。王后陛下にもお約束したけれど、もう、暴力をふるったりしないから」
”花のエミリア”に相応しい、優雅で、毅然とした態度で微笑みを返す。
「いえ、そうではなく……その……。王妃様のご心痛、お察しいたします……」
カルヴィンは、言葉を選びながら告げる。
「ええ……ありがとう」
エミリアは短く答えて、執務室へ向かった。
道中に侍女たちに軽く会釈をしてみたが、全く反応はない。彼女たちは完全に無視を決め込んでいるようだ。
マルティナの機嫌を損ねると、今度は自分がどうなるか、不安で堪らないのだろう。
労わりの言葉をくれたカルヴィンには感謝しなければならない。
ひょっとしたら単純に、事の大きさに発言が憚られるだけなのかもしれないが。
執務室の前まで来ると、扉の前に警備の騎士が立っていた。エミリアが近づくと、扉を開いた。
フィリップは今日も公務に追われているらしく、新しく秘書に迎え入れた人物に確認を取りながら、書類と睨み合いの最中だった。
フィリップはエミリアの姿を見ると、手にしていた書類を机に置き、席を立って近づいてきた。
「ああ、エミリア」
今し方まで難しい顔をしていたが、エミリアを見た途端、相好を崩した。
どうやらマルティナから連絡があったようだ。
「具合はもういいのか?」
「はい、おかげさまで。フィリップ様こそ、お顔がまだ腫れているようですが」
エミリアはさり気なく接近を遮った。
ほんの数日前にあんな言動を取っておきながら、よくもこれほど晴れ晴れとした顔ができるものだ。
「まだ食事の時には口の中の傷が染みるよ。あいつめ、何も殴ることはないじゃないか……あ、いや、エミリア。やっと顔が見られて安心したよ。本当に。やっぱり私は君の傍が、一番安心する」
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