第5話

 同時刻、フィリップは自室でウィルマの介抱を受けていた。


 いや、介抱というよりは一方的な来訪だった。


 父アンゲリクスと母マルティナの目を掻い潜って、こんな夜更けにウィルマはフィリップの部屋に尋ねて来た。


 両親はエミリアが帰城したばかりのタイミングに、ウィルマと距離を置かせたいようだった。


「エミリア様はお部屋から出られないのですから、心配いりませんよ」


 だが、当のウィルマはこの通り、言いつけを守りもしない。


 しかし、理由ももっともだ。


「それより陛下、ヴァルデリアの王子に殴られたのですって? 凄いじゃありませんか」


 ウィルマは何のつもりか、失神して担ぎ込まれたフィリップを褒め称えた。


「何がすごいんだ。私は殴られた側だぞ」


「だって、今までは一方的にフィリップ様のお立場が悪目立ちしていたのに、あちらが手を出したならお相子ドローではありませんか。むしろ、強気に出る材料にできますわ」


 ウィルマは嬉々として続けた。


 そう言われると、痛い思いをしただけでなく、大きな成果を得られたようで、悪い気はしない。


「そうかな?」


「そうですよ! それで、エミリア様は何と?」


「私を殴ったのは自分だ。別れたい。と言ったそうだ。取りあえず、父上たちはうやむやにしようと動いてくれている」


「まあ! フィリップ様の事を殴っただなんて、エミリア様も随分と思い切ったことをなさいますわね。そうして上皇、両陛下がどう反応なさるか見ていたのね……」


 ウィルマは、感心して、頷いていた。


「陛下はヴァルデリアの王子様に『エミリア様を貸してやる』、と仰ったのよね?」


 明け透けな物言いに、フィリップはぎょっとした。


「貸してやる、とは言ってない。『預けてもいい』と言ったんだ」


 フィリップは言い方を改めたが、ウィルマは気にも留めない。


「それなのに陛下たちは離婚をお認めにならないのね。困ったわぁ」


「何が困るんだ?」


 フィリップは、寝台のシーツに身体を横たえたまま首を傾げた。


 ウィルマは目を細めて笑う。妖艶な笑みだ。まるでエミリアのように――いや、それ以上か?


(……何だ?)


 何かが引っ掛かる。しかし、はっきりとした確証を得られないまま、その違和感はするりと消えてしまった。


「それで、エミリア様は今後どうするつもりですの?」


「さあな。わからない」


「……そう」


 ウィルマは、深く追求しなかった。シーツの上に寝そべって、フィリップの胸に頬を寄せた。


「陛下は……私を愛してくださる? 今までのように……」


 うっとりと目を閉じる。以前と同じ、慣れた仕草だ。


(――ん?)


 再び違和感を覚えるが、その引っ掛かりの正体を掴めない。


「ウィルマ、まだ何か用があるのか? 今日は、流石に無理だ」


 ウィルマは顔を上げて、フィリップを真っ直ぐに見つめた。


 その瞳に見つめられると、心の奥がざわつくような、落ち着かない気持ちになる。


「私は陛下の愛妾ですもの、陛下の命に従いますわ」


 とウィルマは微笑んだ。


「でも、まだ朝までは時間がありますわ。だから、陛下ともっと触れ合っていたいの」


「……ウィルマ、今は無理だと言っただろう」


 フィリップは顔を背けた。だが――拒みきれない。身体がいうことをきかない。


 これはきっと沈痛用の薬のせいだ。そうに違いないと思うけれど……。


「陛下、エミリア様のことはお忘れになって。だって……」


 ウィルマは、フィリップの頬に両手を添えた。正面から見つめられる。深い紫色の瞳に吸い込まれそうになる。


「エミリア様は形だけの妻で、本当に愛しているのは私なのでしょう?」


(何だ?)


 先程も感じた違和感。その引っ掛かりが、何か。掴めそうで掴めない。


「ああ。愛してるさ」


 フィリップは、いつもと同じように答えた。


 何を感じているのか、自分でもよくわからないまま、フィリップはウィルマの華奢な身体を抱きしめていた。

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