第2話

 ライネル湖まで、駆け抜いた。


 御者に別れを告げ、エドワードはリチャードの潜伏先を目指した。


 陽はすっかり落ちている。


 0時まで、残された時は約4時間。


 しかし、0時きっかりに伝えたのでは遅い。リチャードが王宮に忍び込む時間も必要だ。


 エドワードは、町はずれの酒場でリチャードと再会した。


 用件を伝えて、リチャードに後を託す。


 予め王宮内に間者を潜ませておいた点が功を奏した。一計を案じると、うまくいった。


 後は時間との勝負だ。


 現在は、0時30分――エドワードは酒場の片隅で、リチャードの連絡を待った。





 ***





 一方、フィリップと共に帰城したエミリアは――


「エミリア、本当にごめんなさいね。貴女が帰って来てくれて、とても嬉しいの。フィリップにはよく言って聞かせるから、今度何かあったなら、私たちに相談してちょうだい」


 予想通り、上皇アンゲリクス、王太后マルティナを始め、王宮の誰もが、エミリアの帰城を歓迎した。


「エミリア、無事で良かった。これからは気兼ねなく、いつでも私たちを頼ってくれて良いのだよ」


 また、これも予想通り、エミリアの傍には普段の倍の侍女が置かれた。


 どこにも怪我はないのに、ベッドに寝かされた。


「ヴァルデリアでお世話になっていたようだね。あちらの王子とは以前から懇意にしていたの?」


「いいえ、フィリップ様の戴冠式でお会いした程度です」


「ふむ、それはよくなかったね。今日の一件で彼の本性が明らかになった。エミリアの身に何もなくて、本当に良かった」


 フィリップとエドワードの諍いは、既に王太后の耳に入っていたらしい。


 フィリップが口を割れば、それも当然だ。


「それは、誤解ですわ。エドワード殿下は何もしていません」


「いや、私たちもフィリップに確認したんだ。事実に誤りがあってはいけないからね。だが、現にフィリップは怪我を」


「あれは、私がやりましたの」


 エミリアは、フィリップを殴ったと、淡々と告げた。


 上皇とマルティナが、目を瞠る。


「貴女が!?」


「はい」


 エミリアは悪びれず頷いた。2人は顔を見合わせる。


「フィリップ様が、他国の王子エドワード殿下の前で、私を辱める言動をなさったのです。ですから、殴りました」


 にっこりと微笑んで、エミリアは胸の前で拳を握ってみせた。


 エミリアは馬車の中にいた。2人の会話は声が判別できる程度で鮮明には聞こえない。


 けれど、エミリアにだって唇を読むくらいの芸当はできる。


 フィリップが許し難い暴言を吐いて、エドワードが激昂した姿をしっかりこの目に焼き付けていた。


(――まったく、あんなに、救いようのない下衆だとは……)


 失望と怒りが沸き起こる。


 握った拳が小刻みに震える。

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