復讐
第1話
エミリアが去り、エドワードと御者だけがその場に残された。
エミリアは、エドワードを庇った。
エドワードは言い逃れのできない場面で、一国の王を殴った。
相手がどんなに見下げ果てた下衆でも、責任は免れない。
王妃略奪よりももっと罪は重い。
これでは離婚の公正な交渉どころではなく、ヴァルデリア側に多額の賠償を求められる可能性も出て来る。
そうなるくらいなら、自らが国へ帰り、事態を丸く収めよう。
エミリアは、そう、決意した。
エドワードは絶望に打ちひしがれた。
「エドワード様……」
御者がおずおずと声を掛ける。
待っていても、誰も帰って来ない。
ヴォルティアへ行こうにも、もう、目的がない。
エドワードが、自ら壊した。
彼の心を占めるのは、もはや怒りではなく、虚無感だった。
虚ろに地面を見つめるエドワードを、御者は心配そうに窺う。
「殿下……あまり思い詰められては。せめて、どうぞお掛けください」
扉を開いて、乗車を促す。
……エミリアのいないヴァルデリアになど、もう帰りたくない。
エドワードは、俯いたまま、嘆息した。
しかし、背中に触れる優しい手に導かれて、引きずるように足を動かした。
すると――座席の上に、一枚の紙片を見つけた。
「これは……」
切り取ったパピルス紙が、無造作に置かれている。
拾い上げて裏返す。すると、見覚えのある筆跡で、エミリアの名が記されていた。
『深夜0時に、リチャードを遣わしてください』
エドワードは、目を瞠った。
(まさか……エミリアが?)
それは、再会を約束する内容だった。別れ際の言葉が思い出される。しかし――
パピルス紙を握る手が震える。
今夜、0時……
エミリアが何を伝えたいのかは不明だ。だが、わざわざメモを残したのだから、何か意図があってに違いない。
リチャードと連絡を取らねば。
リチャードは書簡を受け取り次第早馬を飛ばすよう、既にヴォルティアへ入っている。
「……馬が、必要だ。ライネル湖へ退き返してくれ」
エドワードは熱に浮かされたように、しかし、はっきりと御者に告げた。
自分は顔が知れ渡っている。だが、エドワードが行かねばならない。
誰かに依頼する時間は残されていない。
(――いや、何でもやってみせる)
たとえ世界を敵に回しても――
エミリアに誓った言葉は本心だ。
ヴォルティアとの関係を壊し、祖国や両親に追われても、エミリアをもう一度この腕に抱く。
「はい、殿下!」
エドワードの決意を知ってか知らずか、御者の声は俄かに活気づいた。
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