事件

第1話

 ヴォルティアの天気は曇天だ。


 アストリア山の麓にある王城は、天候を山に支配されていると言っていい。


 晴れる日もあれば、こうして雲に覆われたまま一日が終わることもある。


 フィリップは自室で昼食をつまみ、”事件現場”となったエミリアの寝室を訪れていた。


 改めて眺めても、いつも通りの妻の部屋だ。


 唯一いつもと違うとすれば、菓子を入れるガラスのコンポートの蓋が外れたままになっているくらいだ。


 エミリアは自分から出て行ったのか、連れ去られたのか、未だに判明しない。


 連れ去られたなら大問題だ。城を上げて捜索せねばならないのに、事を荒立てたくないために秘匿を続けていた。


 昨日は貴賓の見送りを、体調不良と偽って切り抜けた。


 しかし、いつまでも同じ手は使えない。


「フィリップ様、ここにいらしたのですね」


 ノックがあったかどうか、定かではない。


 返事をする前にウィルマ=サンフランが入室した。


「ウィルマ、勝手に入ってはいけない。ここはエミリアの部屋だぞ」


「存じておりますわ。でも、いらっしゃらないのでしょう」


 注意しても、意に介さず、フィリップに接近する。


「どうしていないと知っている?」


「だって、出て行くと仰っていたではありませんか。あのエミリア様が病で伏せるなんて、中途半端な真似なさらないと思って」


 フィリップを通り過ぎて、ベッドに辿り着く。


 天蓋から下がるカーテンをを持ち上げて、納得したように頷いた。


「まさかウィルマ、君が何かしたんじゃ」


「まさか! 私に何ができたと仰るんです。あのあと私は陛下とずっと一緒だったではありませんか」


「まあ……」


 フィリップは言葉尻を濁した。


 確かにウィルマの言う通りだ。あの後夜が明けるまで、フィリップはウィルマの部屋にいた。


「でも、じゃあ、エミリアはいったいどこへ行った? アルデン家にも、街にも姿は見当たらない。もしこの部屋から誘拐されたなら、彼女の身は――」


「それはないでしょう。お部屋もこんなに綺麗ですし、変わったところはないのでしょう?」


 何の保証もないのに、ウィルマの言葉に安堵する。


 誘拐されたなんて、本当は考えたくもない。


「ならば、自分で姿を隠されただけですわ。私と陛下のことがよっぽどショックだったのですね。でも、こんなに陛下が心配しているのだから、もう出て来てくれればいいのに……」


 ウィルマはきょろきょろと周囲を見回すと、今度は部屋の隅に向かった。


 把手に手を掛け、ドロワーを開く。


 フィリップはぎょっとした。


「何をしている……!?」


「あ、いえ、どこかに隠れてらっしゃらないかなーと思いまして」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る