第17話

「エミリア、戻ろう。次の目的地もある」


「あっ、ありがとうございました。あんた、お見送りしよう」


「これを、持ってってください。帰りに、召し上がって」


 メアリーが小脇に抱えた葡萄を2つ、房ごと持って追って来た。


「嬉しいわ。もっと食べたいと思っていたの。ありがとうございます」


 エミリアは、貴重な贈り物を受け取る。


 野次馬たちにも手を振って、二人は馬車に戻った。


「素晴らしいお土産を頂いたわね。陛下たちもきっとお喜びになるわ」


「エミリアが貰ったんだ。貴女が食べればいい。気に入ったんだろう?」


「こんなに美味しい葡萄ですもの、せっかくだから分かち合いたいの。でも、もう一つだけ、頂こうかしら」


 一粒をちぎって、果肉を齧る。


 先ほどと同じく、じゅわっと果汁が口いっぱいに広がった。


「ん~~」


 この豊潤さが堪らない。


 エミリアは喜びに浸って喉を震わせる。


「エドワード様も、召し上がるでしょう?」


 エドワードがじっとこちらに見入っているのに気付いて、もう一粒を差し出した。


 無言で口を開くので、車内に誰もいないと分かっていてもきょろきょろと周囲を見回す。


 いつまで経っても口を閉じないので、恐る恐る口元へ運んだ。


 吐息が掛かる気がして、エミリアの指先は震えた。


 この葡萄は粒が大きい。一口で食べるか、もしくは上手に食べてくれなければ、指先が唇に触れてしまう。


 指先が、熱い。


 エドワードの唇に、目が釘付けになる。


 身体の距離はそれなりにあるのに、心の距離が近づくような錯覚に陥る。


 薄くて形の良い唇は何故か妙に艶めかしいような……。


 色気まで感じるなんて、自分はおかしいのだろうか。しかし、この胸を締め付けるような衝動はなんだろう……?


 エミリアの瞳が揺れるのと同時に、果実はエドワードの口内に取り込まれた。


「あんまり恥ずかしがると、いけないことをしている気分になる」


「何を、仰るの」


 そっけない呟きにエミリアは慌てて、手を引いた。


 触れてみたかったような……妙な気分に陥った。


 エミリアはぼうっとしながら、胸を押さえた。


 こんな心地になるのはどうしてだろう?


 心が不安定な時に、エドワードと近くにい過ぎて、優しくされ過ぎて、頭が何かを誤解しているのではなかろうか。


(……胸が、苦しい)


 果樹園で食べさせてもらった葡萄は、皮が柔らかく種がなかった。


 でも、今食べたものには種が残っていたのかもしれない。種が、胸に詰まったのかも。


(そうよ、ただ、私が寂しいだけ。こんな気持ちはまやかしよ。もう、過ちはたくさんだわ)


 思い直して、エミリアはエドワードを見つめ返した。

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