第16話

「わかりました……。では、リチャード様と一緒に戻ります」


「そうしてくれ。リチャードは全て理解している。彼に従えば大丈夫だ」


「承知しました」


 エミリアとの口論を聞きつけて、リチャードが戻った。


 既にエプロンは脱ぎ去っている。


「殿下。お話は終わりましたか」


「ああ。これから彼女を頼む」


「かしこまりました。殿下もお気をつけて。……ま、無駄な心配でしょうけれど」


 リチャードは恭しく礼をした。


 相手は仕える主人なのに、いつも一言多く付け加える。


 やりとりが可笑しくて、エミリアは小さく噴き出した。


「では、名残惜しいが、また後ほど会おう。エミリア」


 エドワードはエミリアの手を取って、甲に唇を落とした。


 エミリアは、はっと、息を詰めたが、エドワードはもう身を翻していた。


 手の甲が、熱い。


 去る背中を目で追いながら、エミリアは無意識に手の甲を反対の手で押さえていた。


「エミリア様。では、出発前に支度を整えましょう」


「?」


「侍女の手がなく、ご不便をおかけしますが必要なものは一通り揃えてございます。こちらへどうぞ」


「必要なもの?」


 促されるままに奥の部屋へ足を踏み入れると、用意されていたのは蜂蜜色のレースのドレスに白いボレロ、それから白のパンプス。


 どれも華美過ぎず、上品なデザインだ。


「素敵なドレス……これもこの、僅かな間に用意してくださったの?」


 エミリアは寝間着のシュミーズ・ドレスで連れ出された。


 今は借りたローブを上から羽織っていたが、心許なく感じていた。


「あのような夜分に無理矢理に連れ出したのですから、当然です。むしろ非礼をお許しください」


「いいえ、お心遣いにとても感謝しています。本当にありがとう」


 エミリアは、深々と頭を下げた。


「――さあ、いつまでもこんな格好で失礼しました。すぐに着替えます」


「お済みになりましたらお声掛けください。私は外でお待ちしております」


 リチャードは扉の向こうに消えた。


(お待たせするなんて申し訳ないけど、仕方がないわよね)


 用意された服を手に取る。


 一人でも着替えられるように、後ろのファスナーを下ろすと、肌触りの良い生地がさらりと流れ落ちた。


(これ、絹ね)


 ヴォルティアではシルクは採れない。


 ヴァルデリアから取り寄せる、高級品だ。


 袖を通すとさらりとした感触なのに、柔らかに肌を包む。


「――リチャード様。お待たせいたしました」


 エミリアは部屋を出た。


「お綺麗ですよ、エミリア様」


「ありがとうございます。このドレスはリチャード様の見立てですか?」


「ええ、僭越ながら。殿下の好きなお色のうち、エミリア様にお似合いのものをと選びました」


 リチャードは得意気に微笑んだ。

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