第15話

「――では、冷めないうちにお食事をどうぞ。スープもお持ちします」


「ええ、ありがとう。いただきます」


 手を合わせて、食事を始めた。


 パンはまだ温かく、オイルをかける必要もないくらい薫り高く柔らかい。


 野菜も瑞々しく、スープも優しい味がする。


(なんだか、とても久し振りに食事をしたような心地だわ。あれが昨晩の出来事だなんて、嘘みたい)


「パンにバターはいかが? エミリア」


「バター? ああ、酪農が盛んですものね。こちらではバターが主流なのですね。いただきますわ」


 エドワードが小瓶から掬ったバターを塗ってくれたので、エミリアはお返しに手を差し出した。


「ありがとうございます。では、エドワード様の分は私が」


「君が? 塗ってくれるの。嬉しいよ」


「では、次のお料理の支度をして参りますね」


「えっ、これで充分よ。そんなに食べきれないわ。それに、ひょっとしてこのお食事全部、リチャード様が?」


「今日はご公務ではなく私的な訪問ですからね。なるべく人目につかないように、私一人で準備させて頂きました」


「たったあれだけの時間で? ……大変だったでしょうに」


「いいえ、大したことではありませんよ。エミリア様のお口に合うかどうかだけが心配でしたが、喜んで頂けて何よりです」


 リチャードは嬉しそうだ。


「本当に美味しいわ。このスープは特に」


「それはよかった。気に入って頂けたなら、お代わりもお持ちします」


「はい。ありがとう……あ、いえ、私もうこれで充分です……!」


「じゃあ、デザートだけもらおうか。用意してあるだろう?」


「もちろんです」


 リチャードはエドワードに一礼して、厨房へと姿を消した。


「……君は、リチャードなら気安い?」


「はい?」


「いや、何でもない」


 エドワードは何か言いたげだったが、結局何も言わなかった。





 ***





「では、ここから二手に別れよう」


「えっ?」


 食事を終えて、ミルクの入った紅茶を堪能していると、不意にエドワードが立ち上がった。


「私は先に戻って客人を迎える手筈を整える。君はリチャードと馬車で王都に入って欲しい」


「そんな……」


「私と離れたくない?」


 長身を屈ませ、エドワードが覗き込む。


 エミリアは慌てて否定した。


「いえ、そういう意味ではありません。ここまでご支援頂いて、お返しするものもなく心苦しいのですが……。私は一市民として王都へ住まわせて頂ければ充分です」


「それは無理な相談だ。君は”一市民”ではない。私の”大切な客人”だ。そこを譲るつもりはない」


「ですが、そのように公にしたら」


「反論は聞き入れない。君が抵抗するなら、無理にでも馬車に籠めなければいけなくなる……。できればそれは避けたい」


「……」


 エミリアは押し黙った。


 エドワードは、エミリアの気持ちを尊重してくれる。しかし、譲れない一線もあるようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る