第14話

「……ここ、ですか?」


「そうだ。この街で食事をする時はいつもここだから」


 連れられた場所は、大通りから少し外れた、一軒のカフェの前。


 看板には、『Aube』と筆記体で書かれている。


 店内は静まり返っていて、まだ営業が始まっている様子はない。


「この国の言葉で『夜明け』という意味だ。今日という日に相応しいね」


「そうですね。でも、まだ開いていないみたい」


「大丈夫だよ。入ってみよう」


 扉を開けると、チリンと鈴の音が響いた。


 中は薄暗く、奥にはカウンターが据えられている。


「リチャード。着いたぞ」


 声をかけると、厨房の奥で物音が聞こえた。


「お早いお着きでしたね。ごゆっくりと念を押したのに」


 姿を現したのは、エプロン姿のリチャードだ。彼は呆れたように笑い、それから恭しく一礼した。


「では、こちらへどうぞ。お席はこちらです」


 案内されたのは、一番奥の窓際のテーブルだ。他に客はいない。


 白いクロスが敷かれた上には、朝食の支度が整っていた。


 焼き立てのパンが湯気を立てており、新鮮なサラダがボウルの中で彩りを添えている。


 エドワードが椅子を引いてくれる。


 二人が腰を掛けると、リチャードは空のグラスに並々とオレンジ色の液体を注ぐ。


「食前に、朝市で仕入れたフレッシュジュースをどうぞ」


「ありがとう。喉が渇いていたの」


 頂きます、と祈りを捧げてグラスを口に運んだ。


「美味しい! オレンジの酸味が爽やかなのに濃厚で……」


「それは良かった。市場で見つけた、とびきり甘い品種です」


「そうなのね。ヴァルデリアは天候に恵まれているものね。今年は豊作なのかしら」


「ええ……。例年通りかと思われます」


 リチャードは空になったグラスに再びジュースを注ぎながら、関心深そうにエミリアを観察した。


「我が王国にご興味が?」


「もちろん、ありますわ。友好国の一つですもの。――あ、いえ、もう私には関係のない話ですけど」


「そうですか? 私はエミリア様に、もっと我が国のことを知っていただけたら嬉しいのですが」


「あら、どうして?」


「エミリア様は近代稀に見る賢妃との呼び声高く、ヴァルデリアにも噂は届いておりました。そのエミリア様が殿下の妃となってくださるなら」


「リチャード」


 エドワードは遮った。珍しく強い語調だ。


「余計な話をするんじゃない。俺は彼女を俺の妻にしたくて連れて来たんだ。国は関係ない」


「これは失礼しました。出過ぎた真似を」


 ムッとした態度のエドワードに、リチャードは肩をすくめて、目礼した。

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