第13話

「――あ、これは、まだ早計だった? 失礼、貴女に触れたい気持ちが先走って」


「え、ええ。でも、殿下の多大なるお心遣いには、感謝しております」


 エミリアの緊張を見て取ったエドワードは慌てて身体を戻した。


 しかし髪は離さず、そっと耳の後ろに掛ける。


「その、”殿下”だけど、私のことはエドワードと呼んでくれると嬉しい。敬称はいらない」


「そうですか? でも」


「私も、貴女をエミリアと呼ばせてもらいたい。それくらいは良いだろう?」


 エミリアは頷いた。


「ええ、是非。エミリアとお呼び下さい。……エドワード、様」


 敬称で呼ぶならば、エミリアは「国王妃殿下」になる。


……微妙な立場だが、今のところはまだ。


(お二人とも、実に聡明でお優しい方ね。少なくとも、悪人ではなさそう)


 エドワードとリチャードは、強引にエミリアを連れ去ったけれど、宣言通りエミリアを傷付けるような真似はしていない。


 むしろ、こうしてエミリアの、心の隙間を埋めようとしてくれている。


「ありがとう。嬉しいよ」


 エドワードは破顔した。


 こんな風に笑う男性を、エミリアは初めて見た気がする。


「気分が良くなったら益々お腹が空いた。リチャードが何を手配してくれたか、大いに期待しよう」


「はい。私も、お腹がペコペコです」


「だろうね。湖を眺めながら、向かうとしよう」


「はい」


 エドワードは微笑みを残し、白馬を翻した。


 湖面はキラキラと輝きを増して、二人の旅路を歓迎しているようだった。


 ライネル湖と共に栄える街、セレスタイト。


 湖畔でヒューから降りて、街へ入った。


 煉瓦造りの建物が並ぶ街並みは美しく、夜が明けてから間もないはずなのに、道々に人の往来がある。


「美しい街ですね。それに、とても賑やか」


「そうだろう? 街が新しいせいか、住人も活気にあふれている。気さくな人ばかりでいい街だ」


「そうでしょうね」


 エミリアは同意して辺りを見渡した。


「あっ、あれは何でしょうか!」


「エミリア、待って」


「あの店先で売っているのは……果物ですか?」


「エミリア」


「ああ、すみません。つい」


 ふらふらと先行し、目移りしていたエミリアはエドワードに向き直り、ぺこりと頭を下げた。


「いいんだ。素直な君を見ているのは楽しいから。でも、危なっかしい」


 エドワードは苦笑して、エミリアの手を取った。


「まずはリチャードと合流しよう」


「はい。……どこへ向かうのですか?」


「決まっているじゃないか。リチャードが食事の用意をしている場所だよ」


 エドワードは、悪戯っぽく片目を瞑った。


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