第12話

 ずっと傍に居たのだろうか? 今までのやり取りもすべて聞かれていたのだろうか……?


「エドワード様の余りにも幸せそうなお姿に口出しを控えておりましたが、僭越ながら、ずっと傍に仕えておりました、エミリア様」


「それは……お世話になりました。ありがとうございます」


 ほぼ初対面の男性二人に無防備な姿を晒して、体裁が悪い。


「とんでもありません。名前を憶えて下さるなんて光栄です。それに、お礼を申し上げるのはこちらのほうです。よくぞエドワード様に攫われてくださいました」


 エミリアが俯くと、後ろに付き従っていたリチャードは、エドワードの隣に馬を進めた。


 昨晩はほとんど分からなかったが、黒いローブの下の姿が垣間見える。


 大きな藍色の瞳が、オレンジの陽を受けて愛らしく輝いている。


 だが、発言の意図がわからない。


(よくぞ攫われてくださいました……とは、どういう意味かしら??)


 言葉が解せず、戸惑っていると、リチャードはサッと手綱を握り直した。


「では僕は先行しますので、お二人はどうぞごゆっくりお越しください。ゆっくりと」


「今はまだ変な気を回さなくていい。彼女の許可を得ていないから」


 エドワードは苦笑しながら手を振った。


 エドワードの従者のようだが、仲が良いらしい。


「変わり者だが、頭が切れる。優秀な部下なんだ」


「お名前しか存じ上げませんでしたが、そのようにお見受けしますわ」


 昨晩はエドワードが指示を出し、リチャードが計画を実行した。


 他にヴァルデリアの配下はいないようだし、手腕には目を見張るものがある。


 恐らくエミリアの奪取はまだ、誰にも気づかれていない。


 書置きも残していない。


 侍女が空っぽの部屋に訪れ、エミリアの不在を訴えたら、フィリップは失踪だと考えるだろうか。


 両親や臣下は誘拐を疑うだろうが……。


「どうしたの。急に難しい顔をして」


「えっ、いえ、何でも……」


「今はただ、ゆっくり静養するといい」


 エミリアは慌てて取り繕った。


「貴女の気鬱の種は、私が取り払おう。時を見てヴォルティアには使者を送る」


「あ……」


 何もかも、お見通しなのかしら。


 屈んでこちらを覗き込むエドワードの目には、戸惑いを隠せないエミリアが映っている。


 余ほど不安気に見えたのか、エドワードは掌を優しくエミリアの頭に載せた。


「しばらくは、ただ異国を堪能すると良い。今はそういう時期だ。そうして私のことも、知って行って欲しい」


 載せた指は髪を滑り、肩まで来たところでブロンドを一筋掬い上げた。


 エミリアは一連の仕草を、なす術もなく見守った。


 エドワードは掬った髪を、滑らかな動きで口元へ運ぶ。

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