第11話
次に気付いたのは、水の匂いだった。
顔に当たる空気が湿り気を帯びている。
「ん……」
目を開くと、うっすらとした朝焼けの、柔らかな光に包まれていた。
どうやら眠っていたらしいと理解するのに、数秒かかった。
ゆらゆらと、緩やかな震動が心地よい。
(国境を越えて、足並みがゆっくりになったから、寝てしまったのね)
エドワード自慢の愛馬、ヒューは、すっかり速度を落として
「……あ」
視界いっぱいに広がった、見覚えのない景色に、エミリアは息を呑んだ。
いつの間にか、ヴォルティアの地を遠く離れていたようだ。
目と鼻の先には、夜空を塗り替える陽の光を映してオレンジ色に輝く、巨大な湖が見える。
「おはよう。目が覚めた?」
不意に、掛けられた声を振り仰いだ。
そこには、記憶に残る姿と違わぬ姿勢で、馬上に座るエドワードの姿がある。
あろうことか、彼にすっかりもたれかかって寝入っていたらしい。
「ごめんなさい。私ったら」
「私こそ、乗馬は初めてだというのに、貴女に無理をさせたから」
「いいえ。 殿下は……っ」
エミリアは慌てて首を回したせいで、体勢を崩す。
エドワードが受け止めてくれたが、余計に身を寄せる形になってしまう。
「ごめんなさい。重ね重ね」
「いや、私は嬉しいよ。いくらでもどうぞ」
エドワードは少しだけ首を傾けて、エミリアを見下ろした。
口元には、悪戯な笑みが浮かんでいる。
「またそのような戯れを。ヴォルティアを連れ出してくださったことには感謝しております。ですが、殿下の望みには……」
「わかっているよ。だが、私が私の感想を口にするのは自由だろう? 花を愛で、芳しい香りを嗅げば心は動く」
「それはそう、ですけれど」
「さぁ、そろそろ休憩するとしよう。我が王国の誇る、ライネル湖だよ。湖畔に街がある」
エドワードが前方を指差す。広大な湖の先に、白いレンガ造りの街並みが広がっている。
湖面はきらめき、波立つたびに光が反射する。
「朝焼けに映えて……なんて、美しいのでしょう」
「そうだね。うっとりと見惚れる君の方がずっと綺麗だけど」
「まぁ」
エミリアは、ぱちりと瞬きをした。
「たった今、ご注意申し上げたばかりなのに」
「悪かったよ、そんなに怖い顔をしないで。朝食を採ろう。お腹が減ってるだろう?」
「もう、空腹で怒っているのではありません。私は……」
あんまりな言い掛かりにエミリアがムッとすると、エドワードは、くくっと失笑を漏らす。
「では、僕は一足先に、食事の支度をしに参りますね」
エドワードの側近であるリチャードが、恭しく告げた。
「そこにいらしたのですか。確か、……お名前をリチャード様と」
エミリアは声に弾かれて、改めてエドワードと距離を取った。
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