第2話
もしもエミリアが女中の一人であれば、聞いてはならないものを耳にしたと、罪悪感に苛まれながらその場を離れるだろう。
なにせ声の男は我が国ヴォルテイアで戴冠の儀を終えたばかりの〝ヴォルテイア国王陛下”だ。
だが、エミリアも同じく双肩を担う〝ヴォルテイア国王妃“だ。
動揺しつつも、強靭な精神が撤退を許さなかった。
夫の密会を黙って見過ごせない。
見過ごさないのなら、決定的な証拠を押さえるしかない。
(いち、2、3……)
動悸を堪えながら、用心深く数を数えた。
迫るような吐息に水音が、合間に混じる。
口づけでも交わしているのか。
(――聞きたくない。いいえ、でも、聞かなくては。……鎮まりなさい、私の鼓動。でなければ聞き逃してしまう)
最悪の状況、まで待つつもりはなかった。夫が裸で別の女と絡み合うところなんか、絶対に見たくない。
だから、狙うならその直前だ。
言い逃れのできない場面で踏み込んで、とことん罪を糾弾する。
(今だわ!!)
ばさり、と大きなものが床に落ちた。
音の性質からして軽量のもの、面積は広いと推定される。
きっと公爵嬢のドレスに違いない。
エミリアはすかさず部屋に躍り込んだ。
「あなたたち! 何をなさっているのです!!」
エミリアは叫んだ。
灯りのない室内に目が慣れるまで、少しだけ時間がかかった。
「な、なんだ!?」
「え? ……きゃああああっ!」
暗闇の中、突然響いた叫びに驚いたのか。
男の身体は一瞬にして離れ、ベッドの下へ潜り込む。
女は慌ててシーツを引き寄せる。更に手近にあった枕で身体を隠した。
ベッドまで、一気に詰め寄る。
「ええ、そうですとも。さあ、観念なさりませ!」
声の主がエミリアだと知って、ベッド下に隠れた男がそろそろと這い出した。
エミリアは全身の震えを隠すように仁王立ちした。
情けない姿を見下ろす。
「エミリア、一体どうしてここに!」
「今日は待ちに待った戴冠式でしたのよ? フィリップ様と二人で、喜びの余韻を分かち合いたかっただけです。でも、お部屋を訪ねても貴方はいらっしゃらなかった。それで探しに歩いていたら……この有様です」
この有様の意味を一番深く理解しているのは、目の前の二人に他ならない。
「……」
「さあ、これはいったいどういう事なのか説明して頂きましょうか。もっとも言い逃れできる状況だとは思いませんけれど」
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