捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
@Kinugaya
捨てられ王妃
第1話
――信じられない。
エミリアは我が目を疑った。
しかし、褐色がかったブロンドを見紛うはずがない。
婚約から数えれば五年間、ずっと傍であの
であるのだから、あれはきっとフィリップ様だ。
サンフラン家の公爵令嬢の腰を抱き寄せて、客間へ消えて行ったあの男性は。
「……」
エミリアは胸元に両手をやり、ぎゅっと握りしめた。
全身の血流が勢いを増したような気がする。
「いや、そんなまさか……」
思わず独りごちる。
意味もなく右往左往、灯りの消えた廊下を行き来した。
心臓が早鐘を打つ。
どうするべきか、咄嗟に判断が下せなかった。
聡明で可憐、英明なる淑女と名を馳せた、〝花のエミリア・エーデン”でも。
この緊急事態にはさすがに対応できない。
こんな時に限っては、悲鳴を上げてくれる侍女もいないのだ。
もしも、あの二人がこれからあの部屋で愛を交わすのだとしたら?
自分は一体どうすればいいのか。
エミリアは自問自答を繰り返した。
「……ええい!」
エミリアは覚悟を決めた。
ここで立ち止まっていても何も始まらない。
とにかく確かめよう。
それから考えればいい。
そう思い至って、足音を殺して廊下を渡りきると、扉の前に立った。
耳を押し当てて中の様子を窺う。
すると、確かに男女の声が聞こえてきた。
「……ですのに。陛下は真に情熱的でいらっしゃるのね」
鼻にかかるような甘ったるい声には特段覚えはない。
ただ、押し殺すような男の声には……よく、覚えがあった。
「おかしいな。貴女がその瞳で誘ったのだ。その鈴の音のように可憐な声で甘えられて、抗える男がいるとでも?」
「ふふっ、それはお互いさまではございませんこと?」
女の含み笑いと共に再び布の擦れる音がして、二人の会話が再開された。
エミリアは聞き漏らすまいと、さらに意識を集中させる。
「今日の貴女はとても魅力的だったよ。まるで私以外の男など目に入らないといった様子で……。つい我慢できなくなってしまった」
「あら。お上手なことをおっしゃいますわね」
「本当だよ。貴女を他の誰にも渡したくないと思ったんだ」
「…………」
「私の可愛い人。どうかこのまま……」
一時の静寂の後、二人の微かな足音が遠ざかる。
エミリアは最早、確信していた。
しかし……まだだ。
僅かな月明かりが滲んでも、心の臓が破裂せんばかりに鼓膜を震わせても、まだ足りない。
踏み込むには、まだ……
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