第3話

 エミリアは、問い詰めたくなる衝動を懸命に抑えた。


 こうして罪を目撃したのだから、二人に弁解の余地などないだろう。


 月明りも閉ざされた室内とはいえ、闇に慣れた目は、二人が衣服を身に着けていないことくらい、はっきりとわかる。


 フィリップと令嬢はこの部屋で逢引きした。


 情事の真っ最中だった。


 俗にいう「浮気現場」だ。


「申し開きがあるなら伺いましょう。でも、その前に服を着て下さいな。さすがに見苦しいものを見せられている気がいたします」


 エミリアは一切悪くない。でも、これ以上二人を直視できなかった。


 沈黙を嫌って、早口に捲し立てる。


 早く何らかの反応を示して欲しかった。


 到底許せる行為ではなかったとしても、言い逃れの効かない情態であっても、弁明をして欲しかった。


〝すまない、エミリア。一時の気の迷いなんだ〟


 そう、許しを請うて、一刻も早くこの場から女を追い出して欲しい……!


「見苦しいと思うなら、遠慮してくれれば良いものを」


 だが、夫の口を突いて出たのは期待に反した嘆息だった。


 次いでさらり、と衣の揺れる音がする。


「……っ、フィリップ様?」


 エミリアは動揺を隠せなかった。


 信じられなかった。


 何故なら、夫であるはずの彼は、エミリアの前で平然と着替えを始めたからだ。


 エミリアは思わず後ずさった。


 動揺して言葉にならない。


「順序が変わってしまったが、まあ、いいさ。ちょうど良かったよ。エミリアには話しておこう」


「何を、今更……」

 

 理路整然と問い詰めて、謝罪を促したい。

 

 しかし、口がわななくのみで、今度こそ言葉にならなかった。


「君は相変わらず勘が鋭いね」


「何の、話ですか?」


「こうなった以上、君には知っていてもらいたい」


「?」


 要領を得ない返事だった。


「私はね、ずっと前から彼女を妻に迎えたかったんだよ」


「は?」


「貴女が邪魔しなければ、今夜こそ彼女は私のものだったというわけだ」


「なんですって……!」


「もちろん、貴女が私を愛してくれている事は知っているよ。私だって貴女のことを愛している。だがね、それとこれとは話が別だ。私にとって彼女の存在は決して無視できないんだよ」


「……」


 エミリアは混乱していた。


 浮気を告白された。


 だが、夫の態度は堂々としたもので、まるで悪びれる様子もない。


「仰りたい意味が分かりません。複数の女性を愛していようと、伴侶となるのはたった一人です。ましてや貴方は一国の主。貴方の妃は私です」


「君にとってはそうだろうね。……知っていたよ。だからこそ今日まで待っていたんだ。戴冠前に父と母に泣きつかれたら、私も居心地が悪い。君は両親が望んだ妃だからね。とても大切にしてきたつもりだ。それに、これからも」


 気配を感じてはっと顔を上げると、寝衣姿のフィリップが立っていた。


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