第27話

《第七章》

 ゲートの向こうの兵士たちに特別管理区域立入通行許可証を提示し、懐かしの人間社会へと戻る。

 「一時間以内にクロード中佐が到着いたします!」

 ウボキとは二時間ほどの時差があるのであろう。まだ朝の七時過ぎであるにもかかわらず、若い兵士が勢いよく声をかけ、僕たちを基地の中の休憩室へと案内し始める。その間中もずっと兵士たちの好奇心あふれる視線を感じたのだが、誰一人として詮索してくる人がいなかったため、イェンスも僕も落ち着いた気分のままで室内に入った。

 写真や動画を撮る以外は自由に誰かと連絡を取っても構わない、というクロードからの伝言を兵士から受け、久しぶりにスマートフォンの電源を入れて電話やメールを確認する。すると、やはりイェンスにも僕にも緊急を要するメールや電話は無く、親しい人からの他愛もない連絡さえ無かった。そこで僕たちは約束どおり、ユリウスとシモとホレーショに任務を無事遂行したことをメールにて知らせた。つい先ほど特別管理区域を出たため、クロードと再会を果たしてはいないものの、軍の設営基地にいることをあわせて伝える。それから、空港まで送り届けてもらった後の予定について、イェンスと再確認することにした。

 「イェンス、タキアの祖母を訪ねようかと考えているんだ」

 僕は以前話したことを思い出し、控えめな口調で提案した。彼は笑顔でうなずくと「君と君のおばあ様さえ良ければ、ぜひ訪れてみたい」と返したので、タキアに一泊してから当初予定を立てていた地方国を旅行することで話がまとまった。

 イェンスが早速タキア行きの航空券を調べながら、帰りのドーオニツ行きの航空券もいくつか探し始める。その間に、僕はタキアの祖母に電話をかけることにした。ふと顔を上げると、傍らで僕たちの様子を見守っていた兵士たちと目が合う。僕が会釈をすると彼らも会釈を返したのだが、彼らもまた異種族とのことを尋ねることはせず、ただ監視業務を全うするだけであった。

 あれこれと詮索されないことにユリウスの絶大なる影響力を推し量る。間違いなく、ユリウスがそのことでクロードに直接の指示を与えているであろう。ユリウスが一緒にいなくとも、彼の庇護下にいるのだ。そのことを肌で感じながらタキアの祖母に電話をかける。祖母が不在でも僕はイェンスにタキアの自然を見せるつもりでいたのだが、いざとなるとやはり祖母に会いたい気持ちが募った。祖母は元気にしているであろうか。

 「もしもし」

 懐かしい声が僕を出迎えた。

 「もしもし、おばあちゃん? クラウスだけど」

 祖母の声を聞くなり、僕は嬉しくなってついはしゃぐように話しかけた。すると電話の向こうで、祖母が感嘆の声を上げた。

 「クラウス! 久し振りでねえが。どうした、元気だが?」

 電話口からもれ聞こえるほどの祖母の大きな声に、イェンスと件の兵士たちの表情もほころぶ。僕は彼らに笑顔を返してから会話を続けた。

 「おばあちゃん。急で申し訳ないんだけど、これから友だちと二人でおばあちゃんの家に行ってもいいかな? 寝る場所は僕たちで確保するから、一晩だけ泊めさせてほしいんだ」

 それを聞くやいなや、祖母は非常に驚いた口調で聞き返した。

 「遊びに来る、ってクラウス。お前、今どごさいるんだ?」

 僕がやや口ごもりながら、「早ければ夕方には着く場所にいる」とだけ答えると、祖母は「大変だ、これがら急いで支度しねば! お前、アクスルにも連絡しでやってけれ」と焦った口調で返した。

 「わかった、兄貴には連絡しておく。急な話なのにありがとう。じゃあ、また後でね」

 「友だちも夕方に来るんだな? よし、おばあちゃんがいっぱい美味しい料理こさえで待っているがら、気をつけて来いよ」

 祖母はそう言うと電話をがちゃんと切った。イェンスが優しい笑顔を見せながら「君のおばあ様に会うだなんて、本当に楽しみだ」と言ったので、思わず照れ笑いを浮かべる。

 イェンスのほうからユリウスたちに、僕たちがタキアに寄ってから当初の予定どおりに地方国へと観光に赴くこと、帰りの航空券の手配はクロードと会ってから購入することを追加で連絡を入れる。その間に僕はタキアの祖母の家に、友人とこれから向かうことを兄にメールで知らせた。

 兄に連絡を入れたのは数年ぶりな気がする。そう考えていると、兄から電話がかかってきた。

 「クラウス、久し振りだな。友だちとこれからおばあちゃんの家に行くって本当か?」

 久しぶりに聞いた兄の声は、どこか嬉しそうに聞こえた。

 「そうなんだ、今向かおうとして航空券を手配している。具体的な時間はわかったらまた連絡するけど、夕方になると思う」

 「そうか、気をつけて来いよ。俺はこれから家族と用事があるから、ひょっとしたらお前たちに今回は会えないかもしれないが、それでも連絡をよこすように」

 兄との電話はあっさりと終わった。優しい提案をしてくれた兄に、もう少し何か気の利いた言葉を返せなかったものかと思い悩んでいると、部屋の外から複数の人の声が徐々に近付いてくるのが聞こえてきた。

 クロードだ、と思った瞬間、近くにいた兵士が僕たちに話しかけた。

 「クロード中佐が到着いたしました!」

 その言葉のすぐ後にクロードが現れた。彼は僕たちを見るなり驚いた表情を見せ、そのまま固まってしまった。

「お久しぶりです。無事、エルフの落し物を届けてまいりました。これから僕たちを空港まで送って下されば、非常に助かります」

 僕たちが控えめな口調で声をかけると彼は我に返ったのか、すぐさま柔和な表情を浮かべた。

「もちろんです。すでにご用意はできております」

 彼は落ち着いた口調で言葉を返すと、早速僕たちを戸外へと案内し始めた。

 外で待機していた車にクロードと一緒に乗り込む。監視活動をしている兵士たちの、複雑な表情に見送られて基地を出ると、クロードが僕たちに「来た時とは逆の順序であなたたちを空港まで送ります」と改めて伝えてきた。

 僕たちがタキアの親族を訪ねるつもりでいることを伝えると、彼は空港までのおおよその所要予定時間を教えてくれた。ようやく具体的な時間が把握できたことで、イェンスが順次に航空券を購入していく。チケットはすんなりと取れたようであった。

 おもむろに遠くの山々を振り返って見つめる。あの山々の近くにルトサオツィたちが暮らし、そしてその一つにこそ、今もアウラやウィスカなどの妖精たちが暮らしているのだ。

 離れてしまえばだんだんと現実味が薄まっていくのだが、僕の中には異種族とのつながりを示すものが確実にあった。それに意識を向けながら、特別管理区域に足を踏み入れた時から先ほどゲートを出るまでの、一連の出来事に思いを馳せる。

 全てが想像を超え、新鮮な驚きと感動に満ちており、僕が持ち合わせていた知識と常識を軽々と凌駕していた。あそこで味わった全ての感覚は、僕の全身の隅々にまでみずみずしい喜びと鮮やかな感動をもたらしていた。その経験したことを大切に抱えながら、遠ざかっていく山々を見つめる。

 僕はもはや一週間前の僕と同じではない。

 そのことに確固たる意志を乗せて正面を向く。この先、何があろうとも大きく成長していこう。そして、僕にあたたかい感情ばかりを贈ってくれたルトサオツィたちを良い意味で驚かせ、僕が持てる最良のものを彼らに捧げていこう。そう考えるとますます心があたたかくなり、情熱が静かにたぎっていく。

 車がずいぶんと揺れる。行く時に比べ、帰りはかなり速度を上げて移動しているようである。早くも次の中継地点が見えてきた。基地の外にヘリコプターが駐機しており、そのまま基地の内部に入らず、すぐにそのヘリコプター内部へと乗り込んでいく。

 バリバリと大きな音を立てて、ヘリコプターが空へと舞い上がった。窓の向こうには、小さくなったあの山々が見えた。藍色を帯びてかすんでいるその山々を、イェンスも僕も無言で見つめる。会話の無い機内でヘリコプターの音だけが騒々しく響きわたる。

 クロードが僕たちを見て驚いた表情をしたことから、こらえきれず僕たちにあれこれと尋ねるのではないかと考えたりもしたのだが、彼はやはり唇を固く結んだままであり、山とは反対側の外の風景をじっと眺めていた。彼のその気高い配慮に感謝しつつも、山影が薄くなっていくことで込み上がる寂寥感に抗えず、ぼんやりと外を眺める。

 あの夢のような世界は果たして本当に夢なのではないのか。ドラゴンが作り出した幻の世界で三日間過ごしたのであれば、エルフの村も壮大な幻であり、そもそも僕が生まれた時から虚構の世界にいるのに気づかず夢を見ているのではないか。

 ふと心許ない思考が僕に影を差したその時、ラカティノイアの言葉が思い返された。

 『魔力を持っている者が相手を想う時、その相手も自分を想っている場合は喜びと安心を感じる』

 僕はルトサオツィとラカティノイア、そしてラエティティアとアウラに対し、魔力を意識しながら優しい想いを送った。するとすぐに幸福感が僕の中から湧き上がり、僕の思い込みではなく、本当に今でも彼らとつながっているのだという力強い肯定感で満たされた。

 今でも魔力を通じてつながっている。

 僕は確かにあの経験をこの体で受けてきたのだ。そのことが本当に嬉しかった僕は、ついにやけてしまった。しかし、あやしい様子を見せてしまったことにすぐさま気が付き、取り繕うように慌ててイェンスを見た。

 彼はどうやら挙動不審な僕を目撃していたようで、目が合うと微笑んだ。

 「その様子だと君も試していたのだね。僕は今、ラカティノイアと一緒にいる気分だ。ルトサオツィとラエティティア、それにアウラを思い浮かべても優しい気分でいられる。何より、君がいる。僕は本当に幸せ者だ」

 どうやら彼は、魔力を体表ぎりぎりにまで押し広げているらしかった。そのためか、あの匂い立つような美しさと魅力とが再び彼に現れ、それでいて精悍かつ自信にあふれた表情に覆われていく。そのあまりの完璧な見た目に僕がつい見入っていると、クロードもまたイェンスのただならぬ雰囲気に飲み込まれたのか、目を見開いて見つめているのがわかった。

 イェンスはクロードが彼を凝視していることに気が付くと、すぐさま魔力を胸の下に押し留めたらしく、その輝きはあっという間に落ち着きを取り戻していった。しかし、クロードはとうとうこらえ切れなくなったのか控えめな視線で僕たちを見つめ、ためらいがちに話しかけてきた。

 「無礼を承知で申し上げることをお許しください。私はあなたたちが異種族と何をしていたのかを探りたいのではありません。ただ、あなたたちが一週間前と全く雰囲気が異なることに驚いているのです。一週間前にお会いした時ですら、私はあなたたちから魅力と才能を感じ取っていました。しかし、今はそれすら霞み、圧倒的な存在感と神々しい何かを全身で受け取っているのです」

 それを聞いたイェンスが、微笑みながらもヘリコプターの音に会話が邪魔されないよう、やや大きな声で返した。

 「エルフとずっと相対していたからでしょう。時間が経てば、それも落ち着くと考えております」

 イェンスは涼しい顔をしていた。僕も彼に合わせてクロードを見つめると、クロードは納得したような表情を見せた。彼を欺いているような気にもなったのだが、何も知らされていない彼に真実を伝えたところで、彼はきっと受け止め切れないであろう。彼の今回の重要任務は僕たちを送迎するところにあり、それ以外のことはおそらく彼にとっても扱いに困るだけのはずなのだ。

 あの山はすでに遠く、視界からほぼ消えていた。それでも胸の辺りにはあたたかさが残っており、ルトサオツィたちの美しい眼差しが僕を優しく見守っているようであった。

 「あと十分ほどで到着します」

 クロードが声をかけてきた。その言葉につられて彼を見ると、僕たちに対して吹っ切れたのか、さらに落ち着いた表情を見せていた。

 眼下に迫ってきた軍の基地を見下ろす。やがてヘリコプターが基地に到着すると、休憩を挟んで十五分後に出発することになった。

 クロードが休憩室を案内している時、僕のスマートフォンが鳴った。イェンスが「彼だ」とささやいたので、急いで画面を確認する。案の定、ユリウスからであった。

 「ユリウス将軍! ご無沙汰しております」

 僕が弾む心を抑え、努めて恭しい口調で電話に出ると、電話の向こうでユリウスが朗らかに笑いながら答えた。

 「気を遣わせて申し訳ない。君たちがエルフの村を無事に出たとメッセージを受け取ってから、いても経ってもいられなくなってな。ようやく電話をかけることができた。元気そうで安心したぞ。シモとホレーショは側にいないが、彼らから連絡は受けている」

 僕も彼の声を聞いて安堵し、思わず笑顔がこぼれた。ユリウスに話したいことは山ほどあるのだが、ここでは話せなかった。

 「戻り次第、ご報告したいことがございます。それとヅァイド氏から預り物をしております」

 僕がかなり声をひそめて『ヅァイド』と言った途端、ユリウスは電話の向こうで押し黙ってしまった。勘の鋭い彼が何かを嗅ぎとったのであろう。不意にもたらされた沈黙は僕たちが今いる場所にまで及び、辺りに静けさが訪れる。しかし、気まずさは微塵にも感じていなかった。それから十数秒ほど経った頃、ようやくユリウスが言葉を発した。

 「わかった。やはり父に会ったのか。それならば、ますます君たちと再会できるのが楽しみになってきた。君たちは二週間近く旅行を楽しむのだったな。地方国での良い思い出もつくってくるがいい。きっと忘れられない経験になるはずだ。ありがとう、クラウス」

 彼は非常に小さい声で言った。それからイェンスに代わるよう告げたので、電話をイェンスに渡す。イェンスもまた、喜びを押し隠しながらユリウスと話していた。

「……そのとおりでございます。ですが、ご安心ください。それではお言葉に甘え、地方国での旅行を楽しんでからドーオニツに戻り、ご報告いたします」

 イェンスがそれから二言、三言言葉を続けるとスマートフォンを僕に返し、「電話は終わったよ」と言った。

 クロードが案内してくれた部屋で休み、僕たちに用意された飲み物をいただく。そして時間が来たので再び外に出てヘリコプターに乗り、空港最寄りの軍の基地へと向かう。

 昼前にその基地へと到着すると、クロードが僕たちに早めの昼食を用意してくれていた。感謝の言葉とともに彼と食事を取る。イェンスと僕を見つめる視線は多かったものの、それでも誰からも異種族について尋ねられることはなく、詮索もされなかった。

 僕たちはほとんど会話もせずに黙々と昼食を取っていたのだが、不意にクロードが「タキア行きの航空機の出発予定時刻には長く待つこともなく、ちょうどいい時間でしょう」と声をかけてきた。彼が最初に会った時よりもさらに柔和な笑顔を見せていたので、その眼差しに促されるかのようにイェンスも僕も会話に応じる。

 それでも最初は、異種族とのことを質問されるのではないかと警戒もしていたのだが、クロードは全く他愛もない話題を選び続けた。僕はそこでようやくあることに気が付いた。大元帥であるユリウスより先に彼らが僕たちから異種族の情報を得ようとするのは、権限が与えられない限りは命令違反なのである。

「私はセンラフの出身でして……」

 クロードは僕たちがこれから訪ねる地方国の出身であった。そのことをきっかけに会話が弾み、彼から美味しいレストランやおすすめの観光スポットの情報を得ていく。彼が実に屈託ない笑顔を見せると、僕も安堵感からさらに打ち解けていった。

 クロードはシモよりやや年上で、ユリウスを非常に敬愛しているようであった。

 「大元帥は国家安全大臣も兼務されているため、本当にご多忙でいらっしゃる。私たちといえども、なかなかお会いできることはありません。それでも非常に優しく気さくな性格から、広く民衆からの支持と人気を博しているのは周知の事実でありますが、軍の内部でも大元帥を慕っている者が数多くいるため、統率が取れていることが何より誇らしく思われるのです」

 クロードの眼差しにあの美しい光が放たれる。彼はきっとその光をユリウスにも見せてきたのであろう。だからこそ、僕たちを送迎するという役目をユリウスから直々に任されたのだ。そんな憶測にしかすぎないことを考えながら食事と会話を楽しむ。クロードはその後も柔和な笑顔を絶やすことは無かった。

 基地を出て、車で空港へと向かう。もはや特別政府関係者ではない僕たちは、通常のアウリンコ・ドーオニツ居住者専用の手続きを受けるため、それまでよりは時間に幾分余裕を持たせた状態で空港へと到着した。

 「私はここまでですが、あなたたちは引き続きご旅行を楽しんでください。お気をつけて」

 クロードが微笑みながら手を差し出してきたので、イェンスと僕とで彼に感謝の言葉を添えて固く握手をする。すると彼は「思っていた以上に力をお持ちのようだ。あなたたちならどの地方国へ行っても大丈夫でしょう」と、感慨深げに僕たちをじっと見つめた。

 「ありがとうございます」

 僕たちも彼に微笑み返すと、再度お礼を伝えた。そして彼に見送られる中、空港のターミナルビル内へと入って行った。

 すぐさま搭乗カウンターに向かい、手続きを進める。ドーオニツ出身ということで、出国手続きも同時に迅速に処理されていく。スーツケースを預け終えて少しすると、僕たちの乗る便の搭乗案内が開始された。

 およそ三時間半後にタキアの地方空港に着く旨を祖母に連絡を入れる。祖母は喜んだ様子で待っていると伝えて電話を切った。次に兄に連絡を入れると、兄はすぐに電話に出た。僕が確定した予定を伝えると、兄はすまなそうに言った。

 「わかった。悪いが今日はお前たちに会えそうにない。おばあちゃんの家へはお前たちで行ってくれ。だが帰りは、明日の昼過ぎ頃におばあちゃんの家を出るのであれば、お前たちをおばあちゃんの家から近くの空港まで送り届けてやれそうだ。せっかくだから、ぜひそうしてくれないか。車を借りてちゃんと迎えに行くからさ」

 兄はそう約束すると「またな」と言って電話を切った。

 僕は兄の提案に少なからず感激していた。タキアの外殻政府出先機関に勤めている兄が住んでいる場所と、祖母が住んでいる場所とはそれなりに離れていた。兄の話だと高速鉄道もしくは飛行機で祖母の住む近くまで移動し、そこから車を借りるようである。隣で聞いていたイェンスが「優しいお兄様だね」と話しかけてきた。彼に兄を褒められて気恥かしさもあったのだが、僕たちの急な訪問にもどうにか都合を付けようとしてくれている兄が誇らしく思えた。

 飛行機に乗り込むなり、僕たちは空気のような存在なのだと自分自身に言い聞かせる。すると最初のほうこそ視線を受けたものの、一定の効果が出ている気がしたため、僕たちはのんびりと映像コンテンツを観たり転寝するなどして過ごした。

 飛行機がタキアの地方空港へと到着した。ここで入国手続きを済ませ、国内線へと乗り継ぐ。機内では少し目立っていたのだが、僕たちの見た目がそもそも人種的に珍しいため、異国へ来たのだと割り切ってくつろぐ。一時間ほどで祖母が住む最寄りの空港へと到着した。ここから祖母が住む所へすぐに向かっても二時間近くかかる。だが、決して長いとは思えなかった。

 空港の外へと出ると、ちょうど主要駅へと向かうバスが到着しているのが見えた。急いでそのバスに乗り、イェンスと安堵の表情を浮かべて座る。間もなくしてバスが動き始めると、僕は無心になって外を眺めた。懐かしい風景を見ているうちに、幼い頃の思い出も次々と思い返される。不意にイェンスが「実にいい表情をしている」とささやいてきたので、彼にいくつかの思い出話を披露することにした。どの話もたいした内容ではなかったのだが、彼は実に興味深そうに僕の話に耳を傾け、時折感想をもらしたり微笑んだりした。そうなると、僕の懐かしい思い出話は二人が共有する話題へと変わり、長旅の疲れに反して移動を楽しんだ。

 バスが主要駅へと到着した。ここでローカル線の列車に乗り換え、一時間程かかる祖母の住む最寄り駅を目指す。そこから先はバスで移動するのが一般的なのだが、本数が少ないため、駅前でタクシーを拾うことで話がまとまった。

 車窓の風景に僕はずっと興奮していた。列車内に人は少なく、若い人たちより年配の人たちのほうが多かった。そのためか、僕たちに関心を示す人は見受けられなかった。

 だんだんと風景がのどかになるにつれ、車内の乗客もまばらになっていく。幼い頃に見た風景を思い返しながらじっと眺めていたその時、イェンスと僕のスマートフォンにユリウスからメールが届いた。アウリンコは早朝のはずなのだが、彼は僕たちのドーオニツ居住者個人情報登録における虹彩の色の変更を、権限を駆使して政府に代理訂正依頼をしており、帰国の際は質問や確認を受けることなく入国できる手はずになっていることを伝えてきたのであった。

 ユリウスの細やかな心遣いと優しさに感激し、僕たちがメールで丁重に感謝の言葉を返すと、彼からすぐに『気にするな。ただし、虹彩画像の登録変更手続きを後でしてもらうことになる。では、また会えるのを楽しみにしている』と返事が戻ってきた。それを受けてイェンスが小声で僕に話しかけてきた。

 「軍の基地で電話をしている時、彼が瞳の色がそれぞれの特性に変わる経験をしたのかと尋ねてきたんだ。それで『そのとおりでございます』とだけ答えたんだけど、さすがに彼は違うな。僕は虹彩の登録情報まで考えが及ばなかった。きっと彼なら、納得がいく説明を考えて訂正申請をしただろうね」

 彼の言葉に心から同意し、うなずいて返す。確かに、ユリウスの代理申請による虹彩訂正依頼は実にありがたかった。しかし、一方で脳裏に不安がよぎった。僕の家族だけでなく、元の僕の瞳の色を知っている人たちが色の変化を知ったら、かなり不審に思うはずである。いったい、どのような説明をすればいいのか。ドラゴンに会って魔力を授かった、僕はもう普通の人間には戻れないなどと到底言えるはずもなかった。

 そのことで思い悩んでいると、イェンスが察したのか、どうかしたのかと尋ねてきた。僕が彼の美しい眼差しと、車窓から見える懐かしい風景の狭間で揺れながらも相談すると、彼は真剣な表情で『納得のいく説明』を考え始めた。

 窓の外では、以前と少しだけ様相が変わった風景が流れ去っていく。覚えていた建物が現れては消えるたびに祖母の家に近付くため、不安よりも歓喜のほうが強くなっていた。もう少しで祖母に会える――そのことがどうしても嬉しく、思考を練るほど集中できないのである。

 虹彩の変化――メラニン細胞がいったいどういう影響を受ければ、ここまで希少な色に変化するのか。

 なんとか道筋を立てようとしたその時、スマートフォンで調べながら考え事をしていたイェンスが僕の名前を控えめに呼んだ。

 「クラウス。いいことを思い付いた。僕は悪知恵もよく働くようになったのかもしれない。今まで調べていたんだけど、後天的に虹彩の色が変わることは、事故や何らかの影響で稀にあるようなんだ。そこで、僕たちの瞳の色の変化についてこう考えた」

 彼があまりにも活き活きとした表情を浮かべたため、僕は耳をそばだてて彼の言葉の続きを待った。

 「僕たちは君のおばあ様のところへ、わざわざ遠回りしてからまず最初に向かうことにした。旅行で浮かれていたし、久しぶりの空の旅を楽しみたいという変わった理由でね。しかし、最初の乗り継ぎで僕たちは体調に異変を感じ始めた。二度目の経由地に到着する頃にはいよいよ体調不良に陥り、さっきまでいたあの地方国にいったんドーオニツ特権で緊急入国し、すぐさま大きな病院に向かった。その頃には高熱で意識がもうろうとした状態で、急遽入院するはめになった。インフルエンザだった。三日目の朝にようやく熱が下がって体調も回復してきた僕たちに、思いがけない異変が起こった。虹彩の色の変化だ。看護士がすぐにその異常に気付き医師を呼ぶと、さらに眼の精密検査も受けることになった。僕たちは全ての検査結果を待つためにさらに三日間入院したのだけど、結果異常は見られず、容体がすっかり回復したこともあって退院が許されることとなった。その際、診察を担当した医師が『飛行機内の気圧は知ってのとおり、地上より0.2気圧ほど低い。それが直接の原因とはいえないが、免疫機能と相まって何らかの影響をメラニン細胞に及ぼしたのかもしれない。後天的に虹彩の色が変わることはかなり稀だが実例もある。君たちの眼の機能に異常が認められず、血液検査の結果も正常で他に気になる点もないことから退院を認めるが、もし眼に異変を感じたら、先進の医療技術が整っているドーオニツにすぐに帰国して再検査を受けるように』と伝えた」

 僕はイェンスの言葉全てに感嘆し、思わずうなるように言葉を返した。

 「すごいよ、イェンス! インフルエンザにかかった状態で移動してしまったというところに落ち度はあるけど、僕たちの空白の一週間の説明ができる。僕が浮ついている時に、君は本当に天才だな」

 「ありがとう。子供だましみたいな内容でもあるけど、僕たちの瞳の色の変化など、慣れれば周囲の人たちも気にしなくなるはずだ。普通の人間にも緑色や紫色と定義される虹彩を持っている人はいるけど、僕たちのは明らかにその人たちと色が異なっているうえ、濃さもはっきりとしている。だが、それを見て異種族と関連付ける人のほうがはるかに少ないだろう。現在では異種族と関わることは不可能とされているからね。初めて会う人なら特に、『今まで指摘されたことも無かったから気にしていない』と返せば、きっとたいがいの人はそれ以上追及しないんじゃないかな。手術で虹彩の色を変えることも可能だからその設定も考えたけど、虹彩登録情報の変更手続きもドーオニツ身体規定違反に該当する場合は認められないし、そもそも普通に生活していたらまずあり得ないからね。いずれにせよ、外殻政府のナンバー2であるユリウスが代理申請をしてくれたことで、ありとあらゆる干渉から匿われたことは間違いない」

 彼の言葉全てが力強さに満ちていた。

 「つくづく君の聡明さに脱帽したよ。ユリウスにはもちろん、君にも感謝しかない。瞳の色が変わった本当の理由は家族であっても言いたくないし、言えない。おそらくとっくの昔に戻れなくなっていたのだろうけど、改めてそのことに意識を向けると、僕たちの寿命や体に訪れる変化がもうすでに人間のそれと異なっているのは実感としてある。これからはもっと、僕たちが普通の人間とずれていることに直面しながら生きていくことになるのだろうね。その角度がだんだん大きくなって隠しきれなくなったら、僕もあの地へ向かおうと思っているんだ。それがいつ来るのかはわからないけど、もしかしたら思っているより早いのかもしれないし、そうでないのかもしれない。いずれにせよ、あの地でもきちんと暮らしていけるよう、この特別な力が高まるのを願うばかりだ」

 僕の話をじっと聞いていたイェンスは微笑みを浮かべると、僕に寄りかかりながら言葉を返した。

 「僕たちは一緒にいれば、相乗効果でこの『力』が高まると彼らは言っていた。最後のほうは腐れ縁になるんだろうか」

 「まさか、君と一緒なら楽しいよ。さっきだって、君は最高の思考を惜しみなく披露してくれた。僕なんかずっと浮き足立って雑念ばかりだったというのに。君が僕に愛想を尽かす前に、僕は精神的にも成熟しないと」

 それを聞いたイェンスが僕を間近で捉えながら言葉を返した。

 「君と今朝、ああ、今朝の話なのか。あっという間だな。いずれにせよ、今朝、ルトサオツィの家で起こったことは僕の心を揺さぶった。君という存在から貴く美しい愛があふれているのを、つたないこの『力』で感じ取ったんだ。クラウス、僕も同じさ。君が僕に愛想を尽かす前に、僕も精神的に成長しなくては」

 車内は静かで、僕たちの他に年配の女性数名と中年の男性が座っていたのだが、彼らはともに窓の外を眺めたり居眠りするなどしていたため、長らく僕たちは他人の視線から解放されていた。景色はのどかな田園地帯へと移っており、列車の走行音とともに到着案内放送が何度か流れる。橋を渡ってトンネルをくぐると、いよいよ祖母の最寄り駅へと到着した。

 乗り降りする人がほとんどいない、閑散とした小さな無人駅を出るなりタクシーを探す。おそらく今日一日快晴であったのであろう。太陽が強烈に照りつけ、むっとした熱気がなおも地面から上ってくる。数メートル進むと、古い型式のタクシーが少し離れた場所に停めてあるのが見えた。

 タクシーに近付き、おおよその行先とドーオニツ出身であることを、車の脇に立っていた白髪交じりの年配の運転手に告げる。その運転手の男性は流れる汗をタオルで拭きながら、申し訳なさそうに言った。

「さびれた田舎の村だもんで、お前さんたちの身元を確認する機器がねえがら、通常料金でもいいべか? あれ、その目的地だど、ひょっどして旅行者じゃなくて、ソーゥンの息子さんがい?」

 タクシーの運転手は父の名前を挙げ、驚いた表情で僕を見つめた。しかし、今度は僕が驚いて彼に聞き返す番であった。

「はい、ソーゥンは父の名前です。父をご存知でしたか?」

 「ああ、あいつはこごら辺じゃ目立つ容姿だったし、あのドーオニツにも渡ったがらな。あいつの息子を時折この辺りで見かげるが、確かあいつに息子が二人いだのは覚えていだがら、よく見かげるのが兄で、お前さんはすると弟のほうか。よし、乗れ。お前だぢはドーオニツ料金だ」

 それを聞いて多少の胸騒ぎを覚えたものの、何事も無かったかのようにスーツケースをタクシーのトランクに積み込む。車内に乗り込んで改めて祖母の住所を行き先として告げると、運転手が「やはりそこか」と納得した様子で車を走らせた。

 懐かしい風景が当時のままで僕を出迎えたので、感慨深げに視線をあちこちへと飛ばす。しかし、運転手の言葉がどうにも気になってしまい、とうとうそのことで運転手にいくつか確認してみることにした。

 「あの、すみません。父が……父が目立っていたというのは本当ですか?」

 それを聞いた運転手は前を向いたまま、明るい口調で答えた。

 「ああ、うんだ。お前さんのひいばあさんは、この辺じゃもともとかなり珍しい地方国の出身の人だったべ。どこだったがなあ。ああ、マルクデンか。ひいじいさんはこの村の出身だったがね。んだども、うまぐいがなくて離婚して国さ帰ってしまった。それでも、一人娘だったお前さんのおばあさんは幼い頃に暮らしたこの村が忘れられず、マルクデンの男性と結婚した後、ソーゥンがまだ幼い頃にひいじいさんを頼って結局この地にまた戻って来た。俺の親父が珍しい国の人がまた来たと驚いていたがら、よく覚えでいる。確かお前さんのおじいさんは、三十年以上も前に亡くなったんだったな?」

 僕が「そうです。兄が産まれる三年前に亡くなっております」と答えると、運転手はうなずきながら話を続けた。周りの風景がどんどんとタキアの祖母の家へと近付いていく。

 「お前の父親のソーゥンも一人息子だったべ? じいさんの血をひいでいるとはいえ、見た目はほとんどマルクデンの人の風貌で、ここら辺じゃ珍しいものだった。俺はソーゥンと同じ学校の出身なんだが、俺のほうが年上だがら学校で見かげだことはもちろん無がった。それでも目立つやつがいる、とよく聞いていだな。田舎でそう人も多くねえがらな。とにがくソーゥンは目立っていて、浮いていだ。同じぐらいの年頃の子供たちがら、心無い中傷やいじめも受けていだようだ」

 僕は運転手の言葉に驚いて思わず息が止まった。しかし、彼はお構いなしに話を続けた。

 「いずれにせよ、父親共々目立っていだのは確かだ。お前さんのじいさんは、そりゃ気が優しく、村の大人がらは好かれでいだけど、ソーゥンにはこの小さな村が窮屈だったんだべな。あいつがドーオニツへ行ったという話を聞いだ時、ほとんどの人がそう思ったもんだ」

 車は角を曲がり、うらさびしい山道へと入った。いつしか対向車も後続車もどこかへと消えており、僕たちの乗っているタクシーだけが走行音を響かせる。道路こそ舗装されているものの、夜にもなると街灯も無く、どこか不気味なほど人の気配が途絶える場所の中をくねくねと道が続いていく。

 僕は運転手の言葉に考えさせられていた。父が孤独であったのは、そういった理由もあったのだ。目立つがゆえ、初対面であるはずの運転手が僕たち家族の事情も充分に知っているということも、父にしてみればおそらく子供の頃から耐え難かったに違いない。それでも父は僕たち兄弟をよくタキアに連れ帰り、豊かな自然に触れさせていた。その帰省の時、地元の人たちから好奇の眼差しを受けることはあっても、嫌な思いをした記憶は無かった。祖母と父が言い争いをしているのを聞いて悲しい気持ちになったことも確かにあったのだが、それがより深刻な事態に陥った話は聞かなかった。

 突然、純粋にタキアの自然と祖母とのやり取りを楽しんでいられたのは、実は家族の思いやりと配慮に支えられていたからだということが理解できた。つらい過去を背負い、圧し潰されるかのように酒をあおり、その勢いで聞くに堪えがたい暴言を吐いていたかつての父。父はそれらの問題を抱えながらも、父なりに兄や僕に素晴らしい子供時代を届けようと努力してきたのである。そこにまで思考が及んだ時、僕の心に思いがけない変化が起こった。父に対して、怒りではなく同情を覚えたのである。

 父はつらい過去から逃れるべく、そして憧れの地であるドーオニツに渡るため、必死に努力を重ねてきた。移住後は、おそらく父も他の人と同じように新天地で希望に燃え、様々な困難にも最初は前向きに対応していたことであろう。だが、ぼろぼろの思考の糸を絡ませたまま、何もかも事情が異なるドーオニツで心の拠り所を見つけるのはおそらく難しかったに違いない。そうであれば、移住は父にとって孤独と混乱をさらに招いただけではなかったか。

 リューシャの言葉を思い出す。彼女は環境や周囲がどうであれ、ありのままの自分をまず認めることを説いていた。自分の心の内を正面から受け止めることにしか、問題解決の糸口は見つからないのだ。

 昨年の秋にイェンスと一緒に帰省した時や正月に帰省した時、父はかつての醜態をさらけ出すようなことはせず、穏やかな表情を見せるようになっていた。父をそこまで変えたものが何であるのかはわからないのだが、その変化もまた如実であり、父にとっても僕たち家族にとっても、非常に好ましいことには間違いなかった。おそらくは何らかの形で父が自分の心と向き合ったのであろう。しかしながら、理想郷を求めてさすらった父が、ようやく心の中に平安を見出すまでにずいぶんと年月を要したことは確かである。しかもその道程は、父にとっても家族にとっても決して安穏としたものではなかった。

 一連の思考からふと我に返ってイェンスを見る。彼は車窓の風景を眺めているようであった。

 イェンスは運転手が話している間もじっと会話に耳を傾けたままであり、彼の意見を言うようなことはしなかった。運転手の話を聞いて僕が物思いにふけり、そのことで彼にも思うところがあっただろうに、彼の控えめな優しさにまたしても心が打たれる。彼は僕の心情を慮って僕をそっと見守る選択をしたのである。

 林を抜けると小さな集落が見えてきた。何もかもが十数年前のままで目の前に現れたため、そこだけ時間がずっと止まっているかのような錯覚に陥る。夏を迎えつつある田舎の風景には力強い生命力があふれ、夕方になっていたとはいえ、太陽が照らしている背後には濃紺色の影が力強く落とされていた。

 やがてタクシーが集落外れの古い一軒家の前に停まった。僕はそのあまりの懐かしさから、思わず感嘆の声をもらした。

 「はい、到着したよ。料金は……」

 タクシーの運転手が声をかける。僕が支払いを現金で済ませている間、イェンスが先に降りてトランクから僕たちのスーツケースを取り出した。運転手によくお礼を伝えると、タクシーは元来た道をゆっくりと戻って行った。

 木々の葉が風でこすれる音が聞こえ、小鳥の歌声が山間に響き渡る。薄い青空の端で、夕焼けの片鱗が少しずつ顔を覗かせる。じっと立っているだけで汗ばむような、夏の到来を思い起こさせる暑さがそこかしこで僕たちを出迎えた。

 「行こう。ああ、そうだ。祖母の家は古いから快適ではないかもしれない。山間だから夜は涼しいだろうけど」

 今さらながら思い出したことを申し訳なさそうにイェンスに伝えると、彼は弾けるような笑顔とともに言葉を返した。

 「まさか、クラウス。こんな美しい自然の中に滞在するのに、そんなこと気にかけないさ。ああ、いったいどんな素晴らしい体験が待ち受けているのだろう!」

 その時、家の中から祖母が外へと出て来た。手にはかごを持っている。その様子から、畑に向かって何かを収穫しようとしているらしかった。

 「おばあちゃん!」

 僕が大声で叫んで駆け寄ると同時に、側でさえずっていた小鳥が一斉に飛び出した。

 「クラウスか! 良く来てくれだな。ああ、久しぶりだのう。すっかり大きぐなって」

 祖母はしわの増えた顔をくしゃくしゃにして喜ぶと、僕に抱き付いて背中を撫でた。

 「おばあちゃん、元気そうで良かった。紹介しよう、彼は僕の親友のイェンスだ」

 僕がそう言ってイェンスを紹介すると、祖母は彼を驚いた顔で見ながら言った。

 「あれまあ、なんと美しい人だ。いつもクラウスがお世話になって、ありがたいねえ」

 それを聞いたイェンスが優しい笑顔で祖母に挨拶を返した。

 「お会いできて光栄です。クラウスにはいつも僕がお世話になっているのです」

 「そうかい。立派な友人だなあ。ああ、クラウス。疲れでいるだろうがら、中に入ってゆっくりしな。私はこれがらハーブを取りに畑さ行くがら。部屋はアクスルたちが来たら泊まる部屋がある。以前、お前もよく寝泊りしていた部屋だ。そこでまずは一緒に休んでいればいい」

 祖母は朗らかな笑い声を上げると、畑に向かうべく体の向きを変えた。

「イェンス、荷物をすぐに置いて一緒に畑に行かないか?」

 その途端、彼の表情が明らかに喜びと興奮の色とに満ちていった。

「素晴らしい提案をありがとう。わくわくするよ」

 そこで僕たちは急いで玄関をくぐった。この地方国では完全に靴を脱いで室内に上がることをイェンスに伝えると、「知識として知ってはいたけど、室内履きの靴すら履かないのは興味深いね」と笑顔で返し、どこで覚えたのか脱いだ靴をきちんと揃えた。

 短い廊下を歩き、入り口がやや狭い室内に入るとベッドが二台並んでおり、開け放たれた窓から心地良い風が室内へと招かれていた。僕たちはすぐに全ての荷物を置くと、急いで祖母の後を追った。祖母はすでに畑の中におり、摘み取るハーブの品定めをしているようであった。

 「おばあちゃん、手伝うよ」

 「おや、ありがとう、クラウス。それじゃせっかくだ。これとこれ……ああ、そうだ。沢のほうさ、山菜のミズが生えとる。日がすっかり暮れる前に取りに行ってければ、助かるなあ」

 祖母はそう言うとゆっくりとした動作で僕を見上げた。

 「もちろんだよ。沢は小さい頃遊んでいた場所かな?」

 「んだ。ミズはどんなのだか、覚えでいだべ?」

 僕は祖母の訛りが愛おしく感じられ、思わず祖母を抱き寄せながら言った。

 「うん、覚えているよ! ああ、イェンス。ハーブを摘んで取ってくれていたんだね。ありがとう」

 イェンスが祖母に手渡すと、祖母がやわらかい笑顔で彼にお礼を伝えた。

「クラウスに負けないぐらい、いい男で緊張するねえ」

 祖母はそう付け加えるとゆっくりと背を向け、ゆったりとした足取りで家へと戻っていった。

 「沢はここからどれぐらい?」

 イェンスがきらきらと輝く水面ような眼差しで僕を見つめた。

 「歩いて十分ぐらいのところだけど、滅多に人が来ない場所にあるんだ。その沢をずっと伝って歩いていくと、僕がヅァイドと対面した川の近くへと出る。ねえ、イェンス。人の気配ならきっと気付く。五感を開放して行ってみないか?」

 僕の提案に彼は満面の笑顔でうなずいて返した。

 「素晴らしいな。よし、早速そうしよう」

 そこで僕はエルフの村を出て以来、再び五感を開放した。魔力を少し体内に掛け巡らせると、幼い頃に何度も見ていた原生林の風景がどれほどまでに美しく、そしてそこに住まう生物たちのたくましい生命力がいかに喜びと自由を表現しているかに気付かされる。

 風が歌っているようであり、大地も空も存在する喜びを、誇りを見せつけているようである。流れる雲が軽やかに舞っている中で優しい香りと味が風によってもたらされたこともあり、僕たちは思う存分に深呼吸をした。

 「エルフの村みたいだ」

 イェンスが美しい眼差しで周囲を見回した。

 「こっちだ」

 僕は爽快な風の流れに乗って走った。体が軽く感じられ、しなくてもいい跳躍や動きをつい取り入れる。すると、それを見ていたイェンスが笑いながら「さすがだな、なら僕だって」と対抗心を見せ、体を宙へと舞い上がらせた。

 あっという間に清流がせせらぐ場所に辿り着く。記憶を辿りながら自生しているミズを見つける。茎に手をやると、感謝の言葉を添えて摘んだ。

 ドーオニツでは聞くことの無い、珍しい鳥の鳴き声が辺りに響き渡っている。清流に手をつけると、水の冷たさに驚きながらも、飲んでも大丈夫だという直感があったので口に含んでみることにした。甘くやわらかい水の味に全身が癒されるのを感じると、イェンスも同じように水をすくって飲む。彼は笑顔を見せて頭上を見上げ、そして林の奥を見つめた。

 「君はとても美しい場所を幼少時の頃から訪れていたんだね。君がヅァイドに会った場所は、ここからずいぶんと離れているんだろう?」

 僕も林の奥を見ていた。エルフの村と時差もあり、活動している時間はかなり長かったものの、まだそれほど日が傾いておらず、思いのほか疲れも溜まっていなかった。能力を開放した今、その場所へは十分とかからずに辿り着けるのではないか。

 そのことをイェンスに伝えると、彼は目配せしつつ言った。

 「実を言うと、行ってみたいんだ。君と一緒だし、今の僕には自然が僕たちをあたたかく受け入れてくれている感覚がある」

 「そうだね、行こう。ここを真っ直ぐ進むだけだ。一昨日の山登りより、ずいぶん簡単な移動のはずさ」

 そこでミズを片手に疾風の如く移動を始めた。五感を開放しているからか、どこに足をつけ、どの方向を突き進んで行けばいいのかが絶対的な肯定感とともに瞬時に判断できていく。その勢いで雑木林の奥まで一気に進むと、開けた場所が木々の向こうに見え、あっという間に小川が清らかに流れている場所に到着した。

 僕はかつて何度も訪れていた、そのあまりにも美しい風景を無心で見入った。イェンスが隣で「本当に美しい場所だな」とつぶやく。彼の言葉で我に返ると、ヅァイドと出会った場所に無性に行ってみたくなり、記憶を頼りに探すことにした。

 上流のほうに少し歩くと、見覚えのある景色になった。イェンスに声をかけ、急いで林の中へと入る。

 「ここだ」

 僕はその場所でぴたりと足を止めた。イェンスがその真上に立つと、しみじみと辺りを見回しながら言った。

 「ここか、君にとって運命的な出来事をもたらした場所は。すっかり魔力は回収されたようだね、それらしい痕跡は全く感じられない」

 イェンスの言葉に全くもって同意しながら、よみがえった記憶を重ねる。確かにここで僕はドラゴンを、ヅァイドを見つけたのだ。あの時の大きな興奮を静かな感激とともに思い返す。

 小鳥がさえずり、蛙の鳴き声が遠くから聞こえる。耳を澄ませば川のせせらぎも心地良く聞こえてきた。この辺りの森や山には、地形的な理由で大型の動物がいないことは幼い頃に祖母から聞かされており、そういった意味でも安心感はあった。人工的な音や存在が一つもなく、あふれんばかりの力強い生命力を風景のそこかしこから感じ取る。そのまま穏やかな雰囲気に身を委ねると、エルフの村での出来事が鮮明に蘇った。あの場所で感じた全ての感覚が活き活きと僕の中で広がっていく。そうなると、ドーオニツでの日常がもはや非現実的なことのように思われた。

 「戻ろうか」

 ほほを撫でる風がずいぶんと冷たくなってきたため、どちらからともなく言葉が漏れる。僕たちはその美しい場所を一瞥すると、優しく背を向けて再び走り出した。

 あっという間にミズを採った小さな沢まで戻り、舞うように沢を駆け上がる。イェンスも僕も、自由に体を動かせる喜びにどっぷりとつかっていた。もっと高く、もっと軽やかに飛び跳ねたい。無心に体を動かせば動かすほど、動きに切れが増していくようである。いずれドーオニツという名の現実に引き戻されるのだ、今ぐらいはこの自由な世界を思う存分に楽しもう。そのことをお互いに分かち合うとますます愉快な気分が高まり、僕たちは笑いながら祖母の元へと戻った。

 「お帰り。あれあれ、そんなに笑って。この何も無い田舎さ、楽しいこどでもあったがな?」

 祖母は優しい笑顔で僕たちを出迎えた。

 「何も無いだなんて、とんでもない! 美しい自然を目の当たりにしてきました。ここは本当に自然が豊かで感激しております」

 イェンスが嬉しそうに祖母に伝えると、祖母は瞳の奥に美しい光を煌めかせながら言葉を返した。

 「まあ、イェンス。嬉しいこど、言ってけるねえ。ミズ、ありがと。早速、美味しく調理するがら、お前さんたちは風呂さでも入って、ゆっくりしていれ」

 「僕は大丈夫。手伝うよ、おばあちゃん」

 僕が声をかけると、祖母は優しく首を横に振りながら答えた。

 「なんも、おばあちゃんも大丈夫だ。お前たちがせっかく来でくれだのに、何ももてなししなかったとソーゥンに思われれば、大変だ。ゆっくりしていれ。手伝いが必要になったら、声掛げるがら」

 祖母は笑顔を見せると「よいこらしょ」と言って、調理を始めた。そこで僕たちは祖母の言葉に甘え、先にお風呂に入ることにした。

 「イェンス、お先にどうぞ。タキアにはバスタブにお湯をためて浸かる習慣がある。きっと祖母はお湯を張っていると思う」

 それを聞いてイェンスははしゃいだ表情を見せた。

 「温泉のようなものか。すごいな。すると、シャワーはどうやって浴びるんだい?」

 そこで僕はイェンスを風呂場へと案内した。シャワーは浴槽の脇に設置されており、浴槽には予想どおり、お湯が張られていた。

 「ここで体を洗い、それから湯船につかるんだよ。祖母は曽祖父の影響をかなり受けていたから、こういったところにこの国らしい文化や風習を感じると思う。それでも祖母はマルクデンの暮らしも取り入れているから、この家もそんなに違和感なく滞在できるだろうけど、他の家だともっとタキアの文化に根差した内装になっているんだ。最近の事情は知らないけどね」

 イェンスはずっと感激した面持ちで僕の話を聞いていた。どうやら彼にとって、このありふれたタキアの生活習慣全てが胸躍る経験となるらしかった。部屋に戻って着替えを持つと、祖母がバスタオルを持ってきてくれた。イェンスはまたしてもはしゃいだ様子で受け取り、「何もかもが素晴らしいね」と感想をもらした。

「ごゆっくり。あ、お湯はそのままにしといて」

 イェンスに一声かけて風呂場を立ち去る。僕はその間、懐かしさも手伝って祖母の家の中を探検することにした。記憶と寸分たがわぬ場所に配置されている家具、写真、思い出の品々。中にはもちろん見慣れぬものや、置き場所が変わったものもあったのだが、幼かった時の楽しい思い出があまりにもあっさりとよみがえるものだから、心ゆくまで感慨にふけった。

 「クラウス、ちょっと来てけれ」

 奥から僕を呼ぶ祖母の声が聞こえた。

「任せて。何をすればいい?」

 返事をしながら祖母の元へ赴く。祖母の指示に従って手伝っていると、風呂から上がったイェンスが清々しい表情で僕たちに声をかけてきた。

「お風呂をありがとうございました。すごく気持ちが良かったです」

「なんもだ。クラウスも風呂さ入れ。こっちはもう大丈夫だ」

「うん、そうする。ありがとう」

 祖母の言葉どおり、僕もまた着替えを持って風呂場に向かうと、イェンスが驚いた表情で僕を待ち構えていた。

 「君が言ったとおりにお湯はそのままにしてたのだけど、ひょっとしてあのお湯は捨てないで使い回すのか? なんだか申し訳ないな」

 「君は僕にとって家族同然じゃないか。この国ではよっぽどじゃない限り、家族でお湯を共有しているようだよ」

 それを聞いていた祖母が朗らかに笑った。

 「イェンス、あなただば、こういった生活は初めてだべ。私はマルクデンでの生活も良がったんだけど、父親と暮らしたここの生活も思い出深くで、忘れられねがったんだ」

 しかし、祖母は突然、どことなくさびしそうな表情を浮かべた。

 「父さんはここでの暮らしが嫌だったみたいだね」

 僕はあえてその話題を切り出した。それを聞いた祖母が、瞳に憂いの色をまといながら静かに答えた。

 「ソーゥンには窮屈だったべなあ。学校ではここらへんじゃまず見かけない容姿で目立っていだみだいで、嫌な思いもしたようだもの。友だちもほとんどできながったしなあ。自分と似た容姿の父親を慕っていだども、お前のじいちゃんはここでの暮らしをたいそう気に入っていだ。んだがら、マルクデンに帰るという選択肢が無がったんだ。私もここで過ごした子供時代が忘れられなくで、ソーゥンさも同じ体験させようどしたんだども、上手くいがながったんだな。あの子はいつも一人で家さ閉じこもっているか、その辺の山さ出歩くばかりでな。数少ねえ友だちも都会さ憧れでいだみだいで、それで外の世界に憧れをふくらませでいったんだ」

 祖母は寂しそうに微笑んだ。またしても思いがけない父の過去を知らされ、何か言葉を返さなくてはと言葉に悩む。しかし、祖母は僕の反応を待たずに背中を向けて鍋を覗き込んだ。

 「ああ、良かった。話していれば、うっかりしてしまうものなあ」

 祖母は火を弱火にしてつぶやいた。僕は祖母の小さな後ろ姿を、何とも言えない気持ちのままじっと見つめた。だが、やはり祖母にかける適切な言葉が思い浮かばないでいた。

 「君は風呂に入ってきたら? 僕が君のおばあ様を手伝うよ」

 イェンスが穏やかな微笑みを添えてささやいた。

 「……ありがとう、そうするよ」

 僕の表情にはもやもやとした感情が反映されていたのだが、彼は気にかけなかったのか、すぐさま祖母に向かって優しく話しかけた。

 「僕に何か手伝わせてください」

 「ありがとう、イェンス。美形なだけじゃなく、いい子だねえ。へば、お願いするなあ」

 僕はその光景を見て少しあたたかい気持ちになったのだが、それでも父と祖母に対する思いは胸中で複雑に絡まったままであった。この状況で祖母に父のことを切り出したのは、やはり適切ではなかったのであろう。

 体を洗い、ゆったりと浴槽に体を沈める。父もかつて同じように様々な思いを浮かべながら、じっと湯船につかっていたのではないか。ふとその思考が浮かび上がると、父の体験した世界について思考を張り巡らせることにした。

 父にとってはつらい思い出の多い、ここタキアでの生活は広い世界に挑戦する原動力にもなり、兄と僕の生命につながっていった。しかし、ここでもドーオニツでも、父はずっと孤独に悩まされてきたのである。

 かつての母の言葉を思い返す。父が孤独を一身に受け、悲しみをこらえていたのを知ったからこそ、母は暴言に耐えて最終的には前向きな関係を再構築する道を選んだのである。その父は、よくタキアの郷土料理を僕たち家族に振る舞ってくれていた。僕たちをタキアの祖母の元へ、何度か連れて行ってくれたりもした。

 父にとってタキアはやはり思い出深い、郷愁をもたらす地なのだ。そう思うと、受け入れたい故郷と拒絶されてきた故郷との狭間で、翻弄されてきた父の姿が浮かび上がり、胸がいっぱいになる。

 父はやはり懸命にあがいていたのだ。

 それから僕は兄のことを想った。兄もまた、どこかで孤独を感じていたのであろうが、タキアに住んでいる今、父の過去を全く知らないことはないであろうと考えた。ひょっとしたら兄はとっくの昔に父と和解し、もしくは父を心の中で許しており、ただタキアの素朴な自然と暮らしを愛しているからここに留まっているのかもしれなかった。そう、僕が写真でしか顔を知らない、マルクデン人の祖父のように。

 僕の心はずいぶんほぐれていた。体だけではなく、心もずいぶんとあたたまってきたようである。

 僕が思っていた以上に僕の家族は素晴らしい人たちなのかもしれない。その思考に気が付いてつい苦笑いを浮かべる。一年前であれば、到底受け入れられないような意見が僕の内側からすっと出たのである。だが、ここに至るまでの道筋も一筋縄ではいかなかった。それゆえ、僕は過去の自分を責める気にもなれなかった。あの時、僕は僕なりに苦しんでいた。それを今の僕が否定したら、きっと大切な何かを見落としてしまうに違いないのだ。

 流れ落ちる汗が目に入らないよう、そっと目を閉じる。するとリューシャの優しく美しい笑顔が突然、脳裏に浮かんだ。

 彼女のことを想うと、僕はさらに優しい気持ちに包まれた。しかし、一方で彼女が高貴なドラゴンであることから、人間の姿は仮に魔法で生身の肉体を伴ったとしても、真実の姿では無いことも充分理解していた。すると僕のこの感情は、絶対的な美しさと神聖な存在への漠然とした憧れから来る、一時的な感傷のようなもののように思われた。僕の一時の気の迷いなのだ。

 そう考えると急に切ない気分になり、無理やり思考を現実へと戻す。心に引っかかりはあったものの、目を開けて拳に力を込めた。旅行は始まったばかりなのだ。前だけを向いて積極的に楽しんでいこう。

 長風呂から出ると、ほてった体を冷やすことなく祖母とイェンスの元へと向かった。夕食の準備は整っており、タキアの郷土料理とは別に、若い僕たちに合わせて祖母が肉料理も用意してくれていた。

 「イェンスが良く手伝ってくれたんだ」

 祖母が屈託の無い笑顔を浮かべた。そこには憂いやさびしさの片鱗はとっくに消え失せており、生命の清らかな輝きにあふれているようであった。祖母の人生もまた、一筋縄ではいかないことばかりであったはずなのだが、それを微塵にも感じさせない祖母の笑顔の前では小難しい思考が鳴りを潜める。そうこうしているうちに三人で食卓を囲むと、静かな田舎の夜を舞台にささやかな宴が始まった。

 祖母の手料理を久しぶりに食べたのだが、実に美味しかった。イェンスと僕が採ったミズも、ミズたたきとおひたしになって食卓に並んでいる。するとイェンスが珍しそうに眺め、それから食べ方を祖母に尋ねてから口に頬張った。食感を味わうように噛んでいた彼は突如として輝かせ、弾ける笑顔で祖母に言った。

 「美味しい!」

 「お前たちがわざわざ採りにいったがら、余計美味しいはずだ。いっぱいあるがら、好きなだけ食べれ」

 祖母もまた、満面の笑顔で僕たちを見ていた。小さな片田舎の夜で、さらに心地良い雰囲気が広がっていく。

 兄はよく家族を連れては祖母のところを訪ねているらしく、祖母が「全くさびしいとも不便だとも思わん。アクスルがひ孫を連れてよく来るがらなあ。ひ孫もめんこくて、ついつい年を忘れて相手にしてしまう」と言って顔をほころばせた。その祖母はイェンスと僕の瞳の色を全く気にかけていないらしく、イェンスの瞳の色を見ても「きれいなもんだなあ」と感激したきりで、それ以上何か尋ねることもなかった。そののんびりした祖母の様子に拍子抜けしたのは確かなのだが、それよりも安堵の気持ちのほうが勝っていた。遠くでは蛙が大合唱している。そのにぎやかさもまた、僕は懐かしさとともに歓迎していた。

 食事を終え、イェンスと僕とで率先して後片付けを行っていると、祖母がイェンスに声をかけて勝手口のほうへと連れて行った。どうしたのかと訝りながらも洗い物を続けていると、イェンスが小さめのスイカを手に持って現れた。

 「今の時期はまだスイカは早いはずだよ。どうしたの、おばあちゃん」

 僕が不思議がって祖母に尋ねると、祖母は朗らかな笑顔を浮かべて答えた。

 「クラウス、お前は私がつくったスイカを喜んで食べていたべ。時期は早いから、私がつくったスイカでは無えけど、今日な、スーパーさ行ったらちょうど売られでいでな。お前が好きだったから、小さいけど一つ買ったんだ。よぐ冷やしておいだがら、食べれ」

 祖母の優しい瞳と言葉を受け、少年の頃の夏の思い出が色鮮やかに脳裏を駆け巡った。

 僕はよく、ドーオニツには無い美しい自然があふれるタキアの野山を駆け回り、疲れ果てて戻っては祖母が差し出す冷えたスイカを無心でほおばっていた。その体験全てが素晴らしく貴重で、わがままで生意気であった僕でも全く素直に味わっていたのである。

 「おばあちゃん、ありがとう」

 祖母の優しさと遠い日の思い出に胸がいっぱいになり、思わず覆いかぶさるように祖母を抱きしめる。すると祖母は小さな体を大きく使い、僕を優しく撫でながら言った。

 「なんも、お前が来てくれただけで、おばあちゃんは嬉しいんだ。しかも、こんな立派な友人を連れてきてくれて。クラウス、ありがとう」

 僕はその言葉にただただ感激し、祖母が低い位置で僕の背中を優しく撫でているのをじっと受け止める。

 「ありがとう、おばあちゃん」

 その時、イェンスが一人でスイカを切っていることにようやく気が付いた。

 「ごめん、イェンス。君にやらせっぱなしだった」

 慌てて彼の元に駆け寄る。彼を蚊帳の外に追いやっていたのではないかと不安げに彼の様子を伺うと、彼はあの美しい眼差しで微笑んで返した。

 「あんな美しい光景を見せられたら、傍にいるだけで心が洗われるし、あたたかい気持ちになる。君がなぜ美しいのか、わかった気がする。君はご家族からずっと愛されてきたんだね」

 思いがけない彼の言葉にはっとして彼を見つめ返す。その言葉が彼の複雑な家庭環境にも起因していることに気が付くと、彼を力いっぱいに抱きしめた。

 「イェンス、そんなことを言える君こそが本当に美しいんだよ」

 「クラウス、ありがとう。君にそう言ってもらえるのは光栄だ。だけど、このままじゃスイカがぬるくなるかもしれない。君のおばあ様の手間を無駄にしてしまう」

 イェンスは僕の背中を片手で優しくさすった。

 「そうだった、僕は何をすればいい?」

 ゆっくり彼から離れると、彼は朗らかな笑顔を浮かべながら答えた。

 「そうだな、きっとお皿が必要になるはずだ。お皿の準備をお願いしよう」

 その様子を見守っていた祖母が声をかけてきた。

 「二人とも仲が良くて、見ていで心があたたまるねえ。友だちだば、何よりの宝だ。大事にせねばな。私はお腹いっぱいだがら、あとは休むよ。スイカはあまり大きくないがら二人で食べてけれ」

 「おばあちゃん、本当にありがとう」

 「おばあ様、ありがとうございます」

 祖母は再び優しい笑顔を浮かべると、ゆったりとした口調で言葉を返した。

 「まだ起きているだろうがら、ゆっくりしてけれ。寝る時は明かりだげ、消してけれな。へば、おやすみ」

 祖母はゆっくり、祖母の部屋へと向かっていった。僕たちはその後ろ姿を見送ってからスイカをほおばった。懐かしい甘さとたっぷりの果汁が忙しなく喉を通っていく。小さめのスイカとはいえ、バス停から十五分以上もスイカを片手に山道を登ってくるのは大変であったに違いない。

 イェンスが感慨深げな表情で、「すごい贅沢をしている気分だ」とつぶやいた。僕もまた、イェンスのいう『贅沢』に心から満足していた。かつてユリウスたちと訪れた、アウリンコの高級ホテルで過ごした時間とは全く趣が異なるのだが、この経験はどんなにお金を積んでも買えないものであった。祖母の僕に対する優しさがひしひしと伝わり、いっそうスイカの甘味が優しく体内に届けられる。加えて、イェンスと一緒にこの味を共有していることも嬉しかった。僕が誰よりも贅沢をしていた。

 スイカを食べ終えた時、僕にさらなる贅沢が閃いた。長旅による疲れもあり、特にイェンスはそろそろ休みたい頃合いであろう。しかし、僕はどうしても彼にあるものを見せたかった。

「イェンス、その、君は疲れているかもしれないけど、外に出て星を……」

「ねえ、クラウス。お願いがあるんだ。外に出て少しだけ夜空を眺めないか?」

 ほとんど同時に話しかけた内容は全く同じであった。

「同じことを同じタイミングで言うだなんて」

「僕たちはとことん似通っているらしい」

 あまりの愉快さに声を押し殺して笑い合う。

「行こう、イェンス。もう一つの贅沢が待っている」

 僕は笑いながらイェンスの手を引っ張った。

「本当にすごい日だ」

 イェンスは星のように目を輝かせた。

 家を一歩出て頭上を見上げるなり、イェンスも僕も言葉を失った。そこには広大な宇宙の入口へと続くかのような、満天の星空が広がっていた。家の灯りが気にならないよう、暗い場所へと移動する。すると、ますます荘厳な夜空が姿を現したので、イェンスと僕はしばし無言のまま夜空を見上げた。

 人の声や車の音など人間の存在を示す音は全く聞こえず、まるで僕たち以外に人が存在しないかのようである。風がまどろんでいる木々を優しく揺らしていき、眠っている大地の上をやわらかく撫でていく。

 「流れ星だ」

 またしてもイェンスと言葉が重なる。やはり僕たちは同じ方向を見ていた。

 エルフの村で見た夜空と今見ている夜空、ドーオニツでいつも見ている靄がかった夜空は全て同じはずなのだが、表情がまるっきり異なって見えるのは環境のせいだけはなかった。五感を開放して濃紺の世界を全身で体感すると、いよいよいいようもない感動から涙があふれそうになる。

 イェンスが僕の肩に手を置いたのだが、視線は空へと向けていた。その眼差しは美しく、穏やかさに満ちていた。彼は今、いろんな想いを空に託しているに違いない。どうか、ラカティノイアがこの瞬間もイェンスを優しく包んでいますように。そう願っただけであたたかい気持ちになる。美しい夜空がいっそう僕の体にしみこんでいく。

 「イェンス、僕はドラゴンの魔力を受け継いだ。きっと君の魔力を高める、いい相手になるはずさ。そしたら君は思っている以上に早く魔力を高め、自由な世界に身を置く日がますます早まるかもしれないんだ」

 僕がつぶやくように言うと、イェンスは僕に抱きかかえてささやいた。

 「クラウス、君だってそうさ。君も自由に動ける日がきっと近い将来にやってくる。方法はわからないけど、僕も魔力を高めていくことができれば、お互いに素晴らしい相乗効果をもたらすに違いないんだ。――ラカティノイアの魔力は妖精に匹敵するほど、高いものだとルトサオツィが言っていた。彼の魔力ももちろん、妖精に匹敵するほどの高いものであることは、ラエティティアのみならずアウラも信頼を寄せていたことからもわかる。いや、ドラゴンと頻繁に会って頼まれ事を引き受けている時点で、ルトサオツィは非常に魔力が高く、信頼がおける優秀な存在なのだろう。ねえ、クラウス。僕たちは可能性を秘めていると思わないか?」

 彼の言葉の続きが気になって間近でイェンスを見つめると、彼は力強く微笑んでから言葉を足した。

 「移動の魔法を覚えているだろう? 僕たちの魔力がもっともっと高まれば、少なくともエルフの村と僕たちのアパートを行き来するぐらいのことは可能になるはずなんだ」

 彼の言葉に僕は驚きの声を上げた。

 「そうか! もっと魔力が高まれば、君はラカティノイアのところへもっと簡単に行くことができるようになるんだね」

 彼は静かにうなずいた。

 「別れの時、ラカティノイアは僕のために、最大の魔力を再び渡してくれた。彼女の話によると、魔力を分け与えることができるのは高魔力者だけらしいんだ。しかも魔力を誰かに分け与えても、じっとおとなしくさえしていれば短期間で元の魔力まで回復するという。魔法を使用した時と同じで、長期間連続して大量の魔力を放出しない限りは元に戻るらしいんだ」

 「彼女は君を特別に想っているんだね」

 僕がそう言葉をかけると彼は少しはにかんだのだが、真面目な顔付きで答えた。

 「彼女が僕を見つめる視線に、僕は今まで見たことのない美しさと、彼女が持つ深い愛の精神を感じた。彼女のことを想うと深い喜びと安らぎを感じる。彼女の全てが愛おしい。確かに僕は彼女と出会ってからまだ一週間しか経っていないけど、僕の全身にあふれるこの想いを無視することはできない。それに彼女は以前、ルトサオツィから僕の話を聞いていて、会ったことも無い僕のことを時々思い出してくれていたらしいんだ。彼女にしてみれば、全く他人という訳でも無かったらしい。何より彼女は僕をエルフとしてでも人間としてでも無く、一個の存在として受け入れてくれた。彼女が分け与えてくれた魔力はたった今も、僕を優しく包み込んでいる。だから、もし僕が魔力を劇的に高めることができたなら……」

 彼は一呼吸置くと、再び言葉を続けた。

 「今度は僕の魔力で彼女を優しく包み込むのが僕の目標だ。もちろん、後天的に植え付けられた魔力が、妖精を超えるような魔力まで高まる可能性はきっとわずかだろうことも理解している」

 僕は不安をのぞかせた彼をじっと見つめると、今朝彼が僕にしたように彼の口にそっとキスをし、それから彼を優しく抱きしめた。

 「君ならなれるよ、イェンス。その可能性があると判断したから、ヅァイドがルトサオツィに話を持ち掛け、ラカティノイアも君に強力な魔力を授けたんだ。元は人間とはいえ、妖精以上の魔力を持つのは決して叶わない夢じゃないはずだ。君も僕も、お互いが持つ可能性を信じよう。そして君の魔力を高めるためなら、繰り返しになるけど僕は喜んで力を貸す」

 その瞬間、イェンスは僕をきつく抱き返し、震える声で静かにささやいた。

 「ありがとう、クラウス。ありがとう。君を心から愛している。君は僕の大切な存在だ」

 彼は僕の肩に顔をうずめた。僕は彼の頭を優しく撫でると、その頭にキスを贈りながら心を込めて彼に伝えた。

 「ありがとう、イェンス。僕も君を心から愛している。君がなんであれ、君は僕にとってかけがえのない大切な存在なんだ」

 イェンスには彼が心から愛を捧げたいと願う女性が現れ、その女性のために新たな目標も生まれた。その彼女はありのままの彼を受け止めただけでなく、彼女が持つ素晴らしいもの、美しいもの、貴いものを彼に喜んで与えていた。それが短期間のうちに彼に訪れた出来事であったことは知っていたのだが、僕には彼らの間に芽生えた関係が力強く、なおかつしなやかな結び付きであるようにしか思えなかった。

 少ししてから祖母の家へと戻る。様々な出来事が凝縮されて訪れたからか、一日の疲れが一気に襲いかかり、二人で大きなあくびをしながら寝室へと入る。それでもイェンスが荷物を整理してから休むというので、その様子をベッドに横たわりながら見守ることにした。

 イェンスはルトサオツィからもらった三冊の本を、手に取ってぱらぱらと眺めていた。彼も眠いはずなのだが真剣な眼差しで本を見ているものだから、僕も次第に興味が湧き上がる。そこで起き上がってベッドから降り、眠い目をこすりながら彼の隣に座った。

 その三冊の本は、エルフの言葉と人間の言葉の両方が併記されている本が二冊と、エルフの言葉だけで書かれている本一冊のようであった。

 「これはいったい何の本だろう? 語学の本には見えないな」

 イェンスはそうつぶやくと、その本の表紙をじっと眺めた。そしてその文字に似た形を語学の本からしらみつぶしに探していく。僕もその様子を見て、一緒に語学の本を覗き込み、手掛かりが無いかを目を皿にして探し始めた。睡魔と格闘しながらも分厚い本を何度も何度もめくっていると、イェンスがようやく似た文字を見つけたらしく、声高に言った。

 「高める……高めるという意味なのか。では、この文字は……」

 僕はふと直感が湧き、エルフの言葉だけで書かれた本をまじまじと観察した。僕たちが高めたい対象ははっきりとしていた。本の中身はもちろん全く読めないのだが、この本には魔法がかかっており、魔力がないと中が開けないようになっていることにも気が付いたその時、イェンスが声を上げた。

 「わかった! この文字は魔力だ。この本は魔力を高める方法について書かれてあるんだ」

 彼は興奮した様子で僕を見つめたのだが、祖母が休んでいる方向に視線を向けると慌てて声を低くした。

 「ルトサオツィは素晴らしい本を贈ってくれたのだな。僕たちはこれからエルフの言葉を学びながら、魔力を高める方法も学んでいけるんだ」

 「すごいことだよ、僕たちはルトサオツィたちからそこまで期待されているんだ!」

 僕の直感はあたっていた。

 「本当だね。僕たちの目標がまた一つ明確になった。ドーオニツに戻ったら、一生懸命勉強しないと」

 「もちろんだ。言葉も魔力も自由自在に操って、彼らをびっくりさせてやろう」

 「君がいると本当に心強いし、励みになるよ。この本はスーツケースに移そう。ああ、楽しみだな」

 イェンスはさらに瞳を輝かせていた。僕たちは異種族の地にいなくとも、このエルフの本を読み解き、実践することによって魔力を高めていけるのだ。そうなるとエルフの言葉を勉強することは僕たちにとってますます最重要事項であり、単にエルフと交流する目的以上の意味を持つことであるように思われた。

 イェンスは荷物をまとめ終えると、いよいよ大きなあくびをした。彼もまた限界を迎えたらしかった。

 「明かりを消すよ」

 「お願いする。僕は今猛烈に眠いんだ」

 部屋の明かりが消えると、隣のベッドにもぐりこんだイェンスがつぶやくように言った。

 「おやすみ」

 「おやすみ」

 遠くで鳴いている蛙の声をかすかに捉える。しかし、それに注意を払ったのは一瞬で、僕は長かった一日から解放された途端に深い眠りへと落ちていった。

 次の朝はまぶしい陽光を受けて目が覚めた。起き上がるとイェンスの姿はすでに無く、慌てて時刻を確認する。壁掛け時計では八時半を過ぎていた。

 しまった――。ドーオニツならまだしも、祖母の家に泊まっていたので寝過ごした気分になり、急いで物音がする方へと向かう。すると、祖母とイェンスがキッチンで談笑しながら朝ご飯を用意していた。

 「おはよう、おばあちゃん。おはよう、イェンス」

「クラウス、今起きたか。待ってれ、朝ご飯つくっていだどころだ」

 「おはよう、クラウス。君を起こそうかと思ったんだけど、あまりにも気持ちよさそうに眠っていたから起こさなかったよ。僕は八時過ぎに目が覚めたんだ」

 「なんだか寝坊したみたいだ。ごめん、すぐに準備してくる」

「なんも気にしなぐていいんだ、クラウス」

 祖母の明るい笑顔に見送られながら、急いで身支度を整える。再びキッチンに戻ると、すっかり朝食の準備を終えた祖母が再び話しかけてきた。

 「クラウス、洗濯物は無いかい? 昼頃にここを経つんだろう? 今日も天気がいいがら、今から洗濯しても外に干せば、あっという間に乾く。イェンスも一緒に洗濯物を出しなさい。おばあちゃんが洗っておくがら」

 祖母の優しい笑顔にイェンスも僕もすんなり甘えることにした。朝食を取る前に急いで洗濯物をかき集めて洗濯機を回す。魔力の注入なしに機械が動くことをどこか奇妙に捉えていると、イェンスが「実を言うと、つい指先に魔力を貯めていたんだ」と言って朗らかに笑った。

 穏やかな空間の中で朝食を取る。窓から気持ちの良い風が、小鳥たちのさえずりを乗せて入り込む。朝食が終わりかけた頃に洗濯が終了したブザー音がかすかに聞こえたのでイェンスに後片付けをお願いし、僕は洗濯物を干すべくかごを抱えながら眩しい屋外へと出た。

 照りつける太陽の力強い日差しで、今日も暑くなることを肌で感じ取る。蝶々が優雅に畑で舞い、蜂が忙しなく飛び回っているのを横目に洗濯物を干す。そこに風が吹きつけ、洗濯物を気持ちよく舞い上がらせていく。

 僕は青空を背景に広がる祖母の小さな畑をじっと眺めた。子供の頃はこの畑が美味しい野菜をいろいろと生み出すものだから、非常に楽しい気持ちで収穫の手伝いをしたものであった。今はまだ青々としている苗も時期がくれば立派な実をつけ、食材として恵みをもたらすのだ。

 自然の中でゆったりと暮らしている祖母も、もちろんそれなりに大変な思いをしていることは理解していた。冬は厳しい寒さと雪とで閉ざされ、銀白の世界に何か月も埋もれながら暮らすことになるのである。冬の暗く長い夜、特に吹雪の晩を独りで過ごすのは、きっと心細さもあるに違いない。だが、祖母はそれでもこの地を離れようとはしなかった。祖母は幼い頃にここでの季節ごとの楽しみや喜びをすでに見出していたからこそ、マルクデンからわざわざ移り住んだのであろう。ひょっとしたら、僕が思っている以上に祖母はたくましく、それでいて前向きに人生を謳歌しているのかもしれない。そうであれば、考え方や視点を変えるだけで、目の前の出来事や日々の生活に良い面を見出し続けることは可能なのではないか。

 小さな虫が僕の前を飛び回った。脳裏にあの不思議な空間がよみがえる。あの虫は今どうしているのであろう。もしかしたら、あの虫はリューシャであったのかもしれない。そのようなとりとめのない思考を巡らせて遠くに視線を向けたその時、イェンスが家の中から僕を呼んでいるのに気が付いた。

 「クラウス、君に電話がかかってきている!」

 それを聞いて慌てて家の中へと戻る。電話は兄からであった。すぐに掛け直すと、明るい口調で兄が電話に出た。

 「クラウス、お前たちを迎えに行く時間だが、午後一時頃になりそうだ。帰りの飛行機には間に合うはずだが、それで大丈夫か?」

 「ありがとう。充分間に合うよ。昼食をおばあちゃんと一緒に取って待っているよ」

 僕は兄の好意が嬉しくて明るく返したのだが、兄はすまなそうな口調で言葉を返した。

「俺の家族にお前たちを会わせたかったんだが、今回はいろいろと都合がつかなかったんだ。だから今回は諦める。その代わり、来年の冬に久しぶりに実家へ家族で帰省しようかと考えているんだ。その時、俺の家族に会ってほしい」

 本来であれば、兄の言葉は家族として歓迎すべき内容なのであろう。しかし、僕の心はざわめき立っていた。

「……わかった、いろいろとありがとう。じゃあ、また」

 僕の言葉に兄は「また後で」と返し、電話を切った。

「アクスルが迎えに来てくれるのか、良がったなあ」

 祖母が顔をほころばせる。イェンスが「改めてありがとう、本当に素晴らしいことだ」と言ったことに対し、「お礼なら兄貴に言って、僕は何もしていないんだ」と返したのだが、僕の心は未だ落ち着かずにいた。

 僕はすでに普通の人間の範疇から外れていた。かつてイェンスが切々と訴えていたことが、僕の心に深い共感をもって響きわたる。

『普通の人間に異種族の特徴を知られたくない』

 僕もまた、この異質さが目立つことや誰かに勘繰られることは何としてでも避けたかった。それゆえ、ただ単に僕の異質さを否応なしに突き付けられる関係が増えていくことに、不安を感じていたのである。今から兄家族と疎遠になっておけば、将来的に発生する不安や心配事と無縁でいられるのではないか。兄が変化を起こした僕を受け入れてくれるとは限らない――。

 しかし、一方で自分勝手で後ろ向きな思考であることにも気が付いていた。僕が勝手に不安と恐怖を予測し、逃げ腰になっているだけなのである。そのことに対して兄家族を想像の中で貶めたことを恥じると、低俗な思考から離れて前向きに考え直すことにした。

 今から何もかもが不確かな未来を勝手に決めつけて怯え、卑怯な思考で周囲を卑しめるのはよそう。僕が取り組むべきことはごまんとあった。まずはそれらのことを確実にこなし、変化の行く先を見据えながら対応を考えていくことにしよう。

 僕が顔を上げると、イェンスとおしゃべりをしていた祖母が話しかけてきた。

 「クラウス、そう言えば、お前のお母さんがらマフラーを愛用していだこどを聞いだよ。使ってもらってよがったなあ」

 「あのマフラーは首に巻くと本当に暖かった。今度の冬もきっとまた大活躍するよ。ありがとう、おばあちゃん」

 「そうかい、良がった。古くなったら、また編んで送るがらな。イェンス、お前さも今度編んで送ろうか?」

 祖母は優しい眼差しでイェンスを見た。すると、彼は心からの笑顔を浮かべて言葉を返した。

 「もしお手間で無ければ。僕も喜んで使用したいと思います」

 「それだば、今年もまだ忙しい秋になりそうだな。全く退屈する余裕も無いし、楽しみも多いがら、まだまだ長生きしなきゃいげねえな」

 祖母はくしゃくしゃの笑顔で言った。

 「そうだよ。だから体を大切にしてね、おばあちゃん」

 「ぜひともお体をご自愛なさってください」

 僕の言葉にイェンスが続ける。祖母はそれを聞くと嬉しそうに「ありがとう」と返し、それから「畑に行って様子を見てくるがら、少し休んでいれ」と言い残して外へ出て行った。祖母のその言葉に甘え、イェンスも僕も畳の部屋で寝転ぶなどしてまったりとした時間を過ごす。何もしないこともまた、至高の贅沢であった。

 昼近くになり、祖母と一緒に昼食の準備を始める。祖母はイェンスと僕と見上げると、「こんないい男たちに囲まれで、幸せだわ」と朗らかに笑った。

 昼食にも祖母の優しさはにじみ出ていた。素朴で美味しい郷土料理に舌鼓を打つ。祖母は食事中も微笑みを絶やすことはなく、イェンスと僕を交互に見ると「また一緒においで。なんだったら、素敵な恋人も一緒に連れて来い」と言って微笑んだ。

 食事が終わり、後片付けをしようとする頃には兄と約束した時間が差し迫って来ていた。

「後片付けはおばあちゃんがやるがら、荷物をまとめれ。洗濯物だって取り込んでないべ」

 祖母の言葉に僕たちは急いで屋外へ出た。すっかり乾いた洗濯物を取り込み、スーツケースの中に折りたたんで入れていく。手荷物を全て玄関近くにまとめ、祖母のところに戻る頃には後片付けは全て終わっていた。

 「手伝えなくてごめん」

 僕がすまなそうに伝えると、祖母は「なんもだ。ああ、そろそろ時間だ。今度またイェンスと一緒に来るんだよ」と言って笑い、イェンスのほうを向いた。

「クラウスをよろしぐお願いします。あなたみだいな素敵な友人を持って、クラウスは幸せ者だ」

 祖母はあの光を瞳に現したかと思うと、深々とイェンスに頭を下げた。

「そんな、お顔を上げてください」

 イェンスが慌てて祖母にお願いをする。それを受けて穏やかな笑顔を見せた祖母に、彼は控えめな口調で続けた。

 「僕からも感謝の言葉を贈らせてください。滞在中に受けた数々のお心遣いとおばあ様の優しさに、心から感謝しているのです。その、お願いなのですが、お嫌で無ければおばあ様を抱きしめても構いませんか?」

 それを聞いて祖母は思いがけずはにかんだ表情を見せた。

「こんな年寄りでよければ。まあ、こんないい男に抱きしめてもらえるなんて嬉しいねえ」

 イェンスが身をかがめると、祖母はイェンスを優しく抱き寄せた。

「お前も本当にいい子だねえ。きっと幸せな人生を歩むよ」

 祖母がイェンスの頭を優しく撫でた。イェンスはよほど嬉しかったのか、感激を露わにしながら祖母のほほにキスを贈った。すると祖母は「あらいやだ。嬉しいねえ。でも、そういったキスは大切な女性のために取っておぎなさい。挨拶のキスだってタキアにはそんな習慣が無えし、ドーオニツさもそもそも無いはずだ。んだがら、今のが挨拶で無いこどぐれえ、おばあちゃんにはわかる」と言って照れ笑いを浮かべた。

 その時、車が庭先に到着した音が聞こえた。

 「クラウス、待たせたな」

 すぐに玄関先から兄の声がしたので、急いで向かう。久しぶりに見た兄はやや恰幅がよくなり、見るからに幸せそうな顔付きへと変わっていた。

 「兄貴、本当にありがとう。彼がイェンスだ」

 「初めまして、お会いできて光栄です。いつもクラウスにはお世話になっております」

 イェンスが兄に挨拶をすると、兄はしげしげと彼を見つめながら言った。

 「君がイェンスか。弟がいつも世話になっているね、どうもありがとう。母からクラウスがいい友人を持ったと聞いていたから、こちらこそ会えて光栄だ」

 兄はイェンスと握手を交わすと、僕たちの荷物を車のトランクへと持ち運び始めた。慌てて僕が手伝いを申し出たその時、兄は驚いた表情で僕を見つめてぴたりと動かなくなった。

 「お前、どうしたんだ。その瞳の色?」

 僕は一瞬で浮かび上がった動揺を即座に押し込めると、イェンスと打ち合わせした内容を努めて冷静な口調で兄に語り始めた。兄は怪訝な表情を浮かべ、「そんなこともあるのか」と言葉を挟んだのだが、結局は最後まで僕の説明に耳を傾けた。

 兄と僕との間に沈黙が流れる。しかし、長くは続かなかった。兄は僕の瞳を覗き込むように見ていたのだが、だんだんと納得がいったのか「体や視力に何の影響も無くて良かったな」と明るく言うとそれ以上は何も言わず、再び荷物を運び始めた。

 僕は実の兄に対しても嘘をついていることに良心の呵責を感じたのだが、久しぶりに再会した喜びは共有できても、やはり本当のことは到底言えなかった。

 ヅァイドに初めて会ったあの時、兄も近くにいた。だが、兄は他の家族同様にヅァイドの存在に気が付かず、いなくなった僕を探し回っていた。同じ時間に同じ場所にいたにもかかわらず、兄と僕との間には大きな運命の隔たりがあったのである。僕は深呼吸をすると空を見上げた。澄んだ青空から運ばれてくる風が僕を通り過ぎていく。あの時一瞬見えた青い空は、僕にだけしか見えなかった。僕は気持ちを切り替えると、何事も無かったかのように兄を手伝った。

 荷物を積み終えていよいよ出発の時間が近付く。祖母が「またおいで。いつでも待っているがらな」と優しい笑顔で言ったので、イェンスと僕は祖母を再度抱きしめた。

「めんこい孫が三人に増えたな」

 そう言ってあたたかい笑顔を見せた祖母のほほに、僕からもキスを贈る。すると祖母は「困った子たちだ」と言って、その清らかな瞳を潤ませた。

「弟たちを送ったらそのまま帰らずに、ここにいったん戻るよ。夕飯は一緒に食べるから、俺の分もつくっておいて」

 兄が祖母に声をかける。僕はそのやり取りに兄の優しさを感じていた。イェンスもまた優しい眼差しで彼らを見つめており、彼の優しさにも感謝の気持ちが込み上がる。気が付けば、僕はずっと優しい気持ちに包まれていた。それはタキアに来る前から続いていたものであった。僕はひょっとしたら、かなり恵まれているのではなかろうか。

 「クラウス、イェンス。またね」

 後部座席に乗った僕たちに向かって、祖母がゆっくりと手を振る。僕はあふれる感情をこらえながら手を振り返した。車が走り出すと小さい祖母の体がますます小さくなり、家も畑も木々も思い出の世界へと遠ざかっていく。

 やがて姿が完全に見えなくなると、タキアの自然が完璧なまでに美しく流れ去っていくようであった。少しの感傷を隠すかのようにひたすら外の景色を眺め続ける。蝶々や虫、蛙や小鳥たちが今も変わらずに沢の奥で彼らの生命を喜び、謳歌しているのだと思うと不思議な気分にさえなる。さらにどんどんと遠ざかって行くと、郷愁にも似た思いが僕を捉えた。あの川が今もひっそりと清らかに流れており、ヅァイドに出会ったあの場所も今まさしく、ひっそりと陽の光を浴びながら佇んでいるのだ。その光景を想像するだけで、この滞在が実に美しく喜びに満ちていたことを改めて実感する。どの自然も僕たちを優しく愛し、受け入れてくれた。そのことに思いを馳せると、流れゆく風景に愛おしささえ感じたため、まるで目に焼き付けるかのように見入った。

 車は高速道路へと入った。道路は空いており、気持ち良いほど快適に移動していく。

 「クラウス。お前雰囲気が変わったな」

 ずっと無言であった車内で、不意に兄が話しかけてきた。窓の外を眺めていたイェンスも、兄の言葉で僕たちに関心を払っているようである。

 「雰囲気が変わったって、どこらへんが?」

 胸騒ぎを感じておそるおそる尋ね返す。兄は前を向いたまま、穏やかな口調で答えた。

 「どこらへんって……うまく言えないが、たくましくなったのは確かだな。それと、顔立ちがますます整った感じもするなあ。うまく言えないが、不思議な魅力があるように感じられるんだ。はは、おかしいな、俺は何を言っているんだ」

 兄は朗らかな笑い声を上げたのだが、僕は返事に窮し、黙り込んでしまった。しかし、兄は僕の反応を気にしていなかったらしく、「イェンス」と呼び掛けて彼に話しかけた。

 「祖母の家の田舎ぶりには驚いただろう?」

 その問いかけにイェンスは微笑みながら丁寧な口調で答えた。

 「いえ、自然が豊かで見るもの全てに感動しておりました。あなたたちのおばあ様の優しさや、人としての美しさにも感銘を受けておりましたし、頂いた食事の美味しさにも感銘いたしました。僕は本当に貴重で素晴らしい体験を得たのです」

 「そう言ってもらえると俺も嬉しいよ。それにしても、君はずいぶんと整った顔をしているんだな。ドーオニツにいればあまり気にならないかもしれないが、地方国にはいろんな人がいるから、不快な思いをすることもあるだろう。そういった意味でも地方国に滞在するといろんな経験をするかもしれないが、見識を深めるのはいいことだ。ぜひ、弟と一緒に旅行を楽しんでほしい」

 兄の口調は優しかった。

 「ありがとうございます。お兄様はやはりクラウスに似ていますね」

 イェンスが感慨深げに兄に言葉を返すと、兄は思いがけず大きな笑い声を上げた。

 「ははは、まさか! 俺たちは全く似ていないさ。弟は昔から誰に似たのか、顔立ちも異なるし、頭も良く、勘も鋭かった。ただ、少し引っ込み思案な性格でね。友だちも一応いたようだけど馴染めなかったのか、一人でいることのほうが多かった。実を言うと、俺が家を出た時、こいつのことがちょっと心配だったんだ。だからイェンス、君みたいな人が友人として弟と付き合ってくれていることは本当に嬉しいよ」

 兄の告白に僕は恥ずかしさを覚えたのだが、あえて言葉は挟まなかった。

 「そうでしたか。僕の知っている彼は優しく、聡明で頼もしい。彼は実にいい友人で、僕がいつも助けられているのです」

 イェンスが控えめな口調ながらもはっきりと伝えると、兄は嬉しそうに言葉を返した。

 「そうか。本当にありがとう、イェンス。クラウス、いい友人ができて良かったな」

 「……うん、ありがとう」

 兄の言葉に照れくささを感じつつも、淡い感激が押し寄せたのでそのまま車窓の風景に目をやる。車はすでに祖母の村からかなり遠いところまで来ていた。外の景色にも変化が見られ、遠くに建物が点々と続き、車の交通量もいつの間にか増えている。僕は流れゆく景色をぼんやりと眺めながら、兄の優しさを弟として思う存分受け止めていた。

 兄は仕事でアウリンコにある本庁へ登庁することも年に数回あるのだが、ドーオニツにまで足を伸ばすとなると時間が足らず、いつも仕事を終えるとすぐにタキアへ戻ってしまうのだという。

 「両親や母方のおばあちゃんにも会って帰ればいいんだろうが、ドーオニツは意外と広いから時間がかかるんだ。休暇申請をして立ち寄ろうかとも考えるのだけど、実を言うと久しぶりに戻って来ると、アウリンコがいろいろと窮屈でさ。遠い場所にいるとわかると、やたら俺の家族にも会いたくなるしな。タキアとアウリンコは本当に遠いよ。だから、結局はいつも声をかけずに帰っているんだ」

 兄は申し訳なさそうに言った。しかし、僕には兄がすでにタキアで家族と幸せに暮らしている事実だけで充分であった。

 「父さんも母さんもきっとわかっているよ。それに兄貴が今幸せなら、それでいいじゃないか」

 僕の生意気な意見を聞いた兄が、前を向いたままで嬉しそうに言った。

 「ありがとう。お前もとうとう一人前のことを言うようになったのか」

 「僕はもう大人だからね」

 僕はわざと声高に返した。それを聞いてイェンスが隣で微笑む。

 「そうだな、お前も大人になったんだった。俺の後を追っていた、あの小さいクラウスがこんなに見違えるほど、成長したんだもんな」

 兄は感慨深い様子であった。僕はその言葉を黙って受け取ると、兄の後ろ姿をそっと見つめた。

 兄との思い出も、いつまでも大切に僕の胸にしまっていこう。小さい頃に見上げていた兄より身長は高くなってしまったのだが、いつまでも僕の頼もしい兄であることに変わりはなかった。そう考えたことで、またしても心があたたまっていく。

 車は空港近くの高速道路出口まで来ていた。午後二時を過ぎ、一段と太陽がぎらぎらと辺りを照らし付ける。一般道を少し走ると空港の駐車場に到着した。車から降りるなり、外の熱気から荒っぽい挨拶を受ける。まだ六月とはいえ、こんなにも暑い日は珍しいのではないか。

 「本当に中まで入らなくていいのか?」

 荷物を降ろしていると兄が声をかけてきた。

 「うん、ここで大丈夫だ。早くおばあちゃんのところに戻って。兄貴も今日は泊まらずに自分の家へ帰るんだろう?」

 「実を言うとそうなんだ。ありがとう、また来いよ。旅行も楽しんで来い」

 兄はそう言うと僕を抱きしめた。兄がそういった行動を取ったのは意外であったのだが、超えられない兄の大きさを僕は抱擁からひしひしと感じていた。兄は同じようにイェンスを抱きしめると笑顔を見せた。

 「親父とお袋によろしく伝えといてくれ。あとドーオニツのおばあちゃんにもな」

 兄の表情はやわらかく、あの光がうっすらとその瞳に放たれている。僕たちが兄に感謝の言葉を再度伝えると、兄はあたたかい笑顔で受け取り、車を再び走らせて去っていった。

 「君のご家族はつくづく素敵な人たちばかりだ」

 僕の隣で兄を見送っていたイェンスがつぶやいた。彼が今や僕の家族全員に会ったのだということに気が付くと、僕は照れ笑いを浮かべて彼に話しかけた。

 「ありがとう。君のおかげでタキアでの滞在も特別なものとなったよ。君は僕の家族とことさら相性がいいみたいだ。みな、君をすごく気に入っていたもの」

 それを聞いたイェンスがはにかんだ表情を見せた。

 「ありがとう、クラウス。君のご家族みたいな素敵な人たちに気に入られたのであれば、嬉しい限りだ」

 彼の言葉は素直に嬉しかった。家族を褒められるというのは、こうも心地が良いものなのか。一方で、僕は過去の自分の失言を覚えていた。イェンスの家族を責める内容を直接彼に伝えてしまったのである。だが、今の僕はそのことを再び掘り返す気にはなれなかった。イェンスの表情はずっとやわらかく、あまつさえ瞳にはあの光が放たれていた。イェンスが僕に表している親愛の表現を、今は素直に受け取ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る