第25話

 目が覚めて時刻を確認すると午前五時を過ぎていた。ずいぶんと長く眠っていたことと、思いがけない時間に目が覚めたことに驚きながらイェンスのほうを見る。しかし、彼の姿はそこには無く、どこからかシャワーを使用している音が聞こえてきた。彼はどうやら僕より早く起きたらしかった。乾いた喉を潤そうと、起き上がってテーブルに用意されていた水差しからグラスに水を注いで飲む。水はぬるくとも非常に美味しかったのだが、胃に到達した途端に空腹を覚えた。

 辺りに響くような胃のうめき声を抱えているとシャワーの音が止み、それから少しして腰にバスタオルを巻いたイェンスがバスルームから出てきた。

 「おはよう、イェンス」

 「おはよう、クラウス。少しだけ早く目が覚めたものだから、シャワーを先に使っていたよ」

 彼は早速、スーツケースから真新しい下着を取り出し、身に付けていった。

 「いよいよエルフの村に行くものだから、いつも以上に気を遣っているんだね」

 僕が飢えをこらえつつ笑顔で彼に話しかけると、彼ははにかんだ表情で答えた。

 「僕が古い下着を身に付けていても、彼らは全く気にもしないだろう。でも、僕は今日という日を本当に心待ちにしてきたからね。新しいものを身に付けるのにふさわしい日だよ。それでも思っていたより心は落ち着いているんだけど、実際にその場へ行ったら緊張するだろうね」

 「君の聖地だから、そりゃそうさ。実を言うと、僕も真新しいのを持って来たんだ。じゃあ、シャワー浴びてくるよ」

 僕が微笑みながらイェンスに言うと、彼は背を向けた僕を掴まえて非常に小さな声でささやいてきた。

 「クラウス、僕は確信がある。ルトサオツィは今日僕たちが来ることを把握している。ここに来て、僕の中のエルフの能力が徐々に活気づいているのを感じるんだ。だから、ここを出てルトサオツィと合流するまでの間、僕が目配せをしたら僕の言動に合わせてほしい」

 彼は言い終わると、美しい眼差しで僕をじっと見つめた。

 「もちろんだ」

 その時、不意にあのペンダントが気になった。そこで胸元から取り出してみると、ドラゴンの爪は青白く輝いているようであった。

 「何かに反応しているのかな、よくわからないや」

 僕はイェンスにペンダントを掲げて見せた。彼はペンダントに触れると、「熱くはないけど、確かに光り輝いているように見える。ひょっとしたら、今日はすごい一日になるのかもしれないね」とやや興奮気味に言った。

 「それだけは間違いない」

 簡単な気持ちから答えたのだが、いよいよエルフの村を訪れるのだという実感が突然湧き上がり、体中から興奮があふれ出す。しかもその現実は数時間後に迫っていた。

 「すぐにシャワーを浴びて着替えるよ」

 居ても立ってもいられなくなり、バスルームに急いで早速シャワーを浴びる。体を洗いながら自分自身の裸を見ていると、普通の人間であった僕がいったいどこに向かおうとしているのか、変化のことも含めてやはり謎が多く残されているように思われた。しかし、それ以上思考を掘り下げる時間も気概も、今の僕には全く無かった。

 全身を丁寧に洗い、備え付けのバスタオルで拭く。室内へ戻ると僕も真新しい下着を身に付けた。その様子を眺めていたイェンスが、「君は本当に恵まれた、いい体格をしているな。まるで彫刻みたいだ」としげしげと言ったので、僕は照れくささから思わず「君のほうがよっぽど整った体付きじゃないか」と反論した。それを聞いた彼は朗らかな笑い声を上げ、「君にそう言ってもらえると光栄だ」と言ったのだが、すぐに神妙な面持ちへと変わって「お互いに褒め合っているのを周囲に聞かれたら、やはり奇妙に思われるだろうね」と付け加えた。

 「僕たちはもう今さらじゃないか」

 僕はあえておどけて返した。すると、イェンスが思いがけず屈託のない笑顔を浮かべて言った。

「そうだな、少なくとも僕の変わり者の烙印は今に始まったことじゃない」

 彼の口調が明るかったのが却って胸に響き、無言で彼を抱きしめる。彼もまた何も言わずに力強く抱き返してきた。しかし、それも束の間、これから訪れる経験を迎え入れる喜びのほうがはるかに勝っていたからか、結局は抱き合ったままでお互いに笑いだしてしまった。

 着替えを済ませ、荷造りも終わらせる。それでもまだ朝の六時であった。さすがに時間が早いため、警備の人以外は誰もいないであろうと考えたのだが、僕たちの飢えた胃はもはやなだめられないほど荒れ狂っていた。

 昨晩、クロードは食事の用意があることを話していた。ひょっとしたら部屋の外に何かあるのではないかと、一縷の望みをかけてそっとドアを開ける。

 「おはようございます!」

 その声に驚き、思い切って部屋から出る。すると、ドアから少し離れた場所に軍の関係者数名が警備にあたっているのがわかった。

 「おはようございます。ひょっとして、ずっと警備にあたられていたのですか?」

 僕たちが声をかけると、そのうちの一人がきびきびとした口調で答えた。

 「いえ、私は一時間前に交代で入りました。あなたたちが部屋から出てきたら、クロード中佐からご要望を伺うよう仰せつかっております。何か御用なのではありませんか?」

 そこで僕たちは、食事ができる場所を教えてほしいと控えめに伝えた。それを聞いた彼は「すぐにご用意いたしますから、そのまま部屋でお待ちください」と答え、すぐさま誰かに連絡を取り始めた。僕たちはその言葉どおりに部屋へと戻ると、ソファに座って食欲を満たすものを待つことにした。

 空腹に耐えながら二十分ほど待っていると、部屋のドアをノックする音がした。

「ご用意ができましたので、中にお入りしてよろしいでしょうか?」

 鍵はかけていなかったのだが、イェンスがドアを開けて招き入れる。すると、美味しそうな料理が次々と運ばれてきた。

 「どうぞお食べください」

 先ほどの警備の若い男性の言葉にお礼の言葉を伝え、早速食事にありつく。思えば昨晩からまとまった食事を口にしていなかった。料理は大変美味しく、量も申し分なかった。僕たちはすっかり平らげてしまうと、室外で待機していた件の男性に声をかけた。

「あの、美味しい食事をありがとうございました。僕たちは次にどうしたらよろしいのでしょう?」

「では、早速食器を取り下げましょう。間もなくクロード中佐が到着しますので、あなた方は引き続き部屋でお待ちください」

 彼の言葉どおりに部屋で待機していると、再びドアをノックする音がした。今度は僕がドアを開けると、クロードが微笑みながらそこに立っていた。

 「おはようございます。充分、お疲れは取れましたか?」

 「はい、おかげさまで。そのうえ美味しい食事までご馳走になりました。いったい僕たちはどうやってお礼をすればよろしいのでしょう?」

 僕たちが口を揃えて感謝の言葉を伝えると、クロードは落ち着いた口調で返した。

 「お気になさらないでください。今回の手配は全て、大元帥からの指示によるものです」

 「ユリウス将軍が?」

 「はい。大元帥はあなたたちに不自由な思いをさせないように、と重ねて私たちに指示されております。あなたたちが非常に重要な役割を担っているからでしょう。特別管理区域へ落とし物を届けるということは、前例が無かったことです。大元帥が今回のあなたたちの訪問に、万全を期しているのも何ら不思議ではございません」

 彼はそう言うと微笑んだのだが、眼差しが鋭く光ったのを僕は見逃さなかった。

 「はい、そのことは僕たちも弁えております。特別管理区域へ入るにあたって、異種族の警戒心を解くため、粗相のないよう万全の注意を払うつもりです」

 イェンスの言葉にクロードは一瞬イェンスの髪に視線を投げかけた。しかし、彼は何事も無かったかのように微笑んだかと思うと、穏やかな口調で言った。

 「十五分後に出発いたします。荷物をまとめておいてください」

 僕たちはとっくに荷造りを済ませていたため、ドアを開けっぱなしにして時間が来るのを待った。再びクロードが部屋を訪ねて来たので、警備の男性たちにお礼を言って宿泊施設を後にする。用意された車にクロードと一緒に乗り込み、ヘリコプターが駐機している場所まで到着すると、短い説明を経てヘリコプターの中へと乗り込んだ。昨晩の話だと、ここから一時間ほどかかる場所にある軍の基地でヘリコプターと操縦士を変え、さらに一時間飛んだ先にある軍の基地を目指すのだ。

 機内での会話は少なめであった。どちらからともなく不必要な発言を避けようという取り決めを事前に話し合ったからなのだが、その代わりに僕たちは眼下に広がる風景を楽しんでいた。

 クロードは僕たちをじっと見つめるようなことはしなかったのだが、おそらく複雑な感情を抱いていることは想像がついていた。しかし、彼の胸中を推し量るほど、僕は退屈をしていなかった。やがてヘリコプターが中継地点である基地に到着すると、少しの休憩を挟んだのちにすぐさま次の目的地へと出発した。

 僕たちはいよいよ差し迫ったルトサオツィとの再会に胸を躍らせながらも、表情に気を遣い、ただじっと座っていた。晴れ渡った空に浮かぶ太陽がまぶしく眼下を照らしつけているのを見て、大地も空気も含めた、そこに在る全ての存在が生命力にあふれている感覚が強くなる。その躍動感に逸る気持ちを乗せているうちに、僕の中で何かがなおいっそう力強くみなぎっていく。

 ふと、胸元のペンダントが熱くなっていることに気が付いた。何か特別なことが本当に起ころうとしているというのか。期待と不安との狭間で儚く揺らいだ僕は、思わずイェンスを見つめた。彼は非常に落ち着きを払っており、僕の視線に気が付くと微笑みながら耳元でささやいた。

 「どうかしたの?」

 「これが、熱を帯びているようだ」

 僕が胸元に手をあてながら答えると彼はじっと僕の顔を見つめ、「きっとこれから会う人物に反応しているんだろう」と言った。ルトサオツィのことだとすぐに理解し、「そうだね」と言葉を返す。イェンスはそれを聞いて一瞬高揚した表情を見せたのだが、すぐさま落ち着いた表情へと戻った。

 ヘリコプターの音が騒々しく機内に響きわたる。どこまでも快晴の空を眺めているのは気持ちが良かった。遠くに高い山々がかすんで見えてきた時、ずっと唇を固く結んでいたクロードが僕たちに話しかけてきた。

 「あと十分ほどで到着します。そこは特別管理区域ではありませんが、地形が特殊なため、その基地を拠点に特別管理区域までをも監視しております。その基地に到着した際、もう一度特別管理区域立入通行許可証を責任者にご提示ください」

 それからの十分は長いようであり、短いようでもあった。軍の施設がぐんぐん間近に迫るにつれ、胸騒ぎにも似た緊張を覚えていく。

 ヘリコプターが着陸した。僕たちはクロードの指示どおり、特別管理区域立入通行許可証を基地の責任者に提示し、身分照会を受けた。それから少しの休憩を挟んで軍用のジープ車に乗り込む。車内でクロードが「舗装されていない道路を走行するので、揺れるのは覚悟してください」と伝えると、土埃を舞い上がらせながら車が走り出した。

 僕たちは前後左右に揺られながら、じっと車窓の風景を注意深く観察していた。とはいっても辺りは殺風景であり、目を見張るようなものは何一つ無かったのだが、それでも好奇心が尽きることはなかった。僕たちが進んでいる先の奥に、ヘリコプターの中でも見えた高い山々が見える。あの山のふもとか、その向こうにでもエルフの村があるのであろうか。

 「もう間もなく到着します」

 クロードが鋭い目つきで僕たちを見た。しかし僕は、その鋭い眼差しが特別管理区域のすぐそばまで来ているからだと思えてならなかった。車内はただならぬ緊張感に満ちており、鈍感な僕でも把握できるほど、乗り合わせている兵士たちの表情がひどく強張っていた。

 大人の背丈の倍ぐらいはあろうかという高さのバリケードが広範囲に張り巡らされ、独特の物々しさが辺りに漂う。そのすぐそばにはもちろん、立哨中の兵士たちがおり、その兵士たちからも鋭い視線が送られていた。僕たちとさほど年齢が変わらないであろう兵士たちの日常が僕たちの非日常と交わったことを感慨深げに捉えているうちに、車が軍の設営基地に到着する。特別管理区域への出入り口であるゲートの両脇は特に重装備の兵士が何十名も立哨しており、厳重な警戒体勢を敷いていた。その兵士たちの、好奇心と緊張感あふれる視線とが僕たちを出迎えた。

 クロードが車から降りると、彼らは整然と立ち並び始めた。そしてクロードに向かって一斉に敬礼を行ったので、見事なまでに統率された様子に思わず感銘を受ける。これがユリウスであったなら、いったいどのような光景になったのであろう。

 その兵士たちが日々警戒に当たっているゲートの向こうは乾いた大地が続くだけの殺風景なもので、人影はおろか、草木さえもまばらであった。異種族が暮らしているとは到底思えないほど、生物の痕跡すら見当たらないのである。それでもイェンスは僕を見つめると、「大丈夫だ、確信がある」と耳元でささやいた。

 「あなたたちが異種族と接触した後、いつこちらに戻って来るのかはわかりませんが、戻る際は再びここを通るようにしてください。その際、監視活動している兵士たちに、通行許可証を提示しながら声をかけてください。この場所以外での通行は許可証を携帯していても、兵士たちから拘束もしくは攻撃を受ける可能性がございます。そこだけは充分ご留意ください。ご存知のとおり、お帰りの際も私があなたたちを最寄りの空港まで送り届けることとなっております。どうかその役目が無事果たせますよう、お二人ともくれぐれもお気をつけて行ってらっしゃいませ」

 クロードはそう言うと僕たちに敬礼をしたのだが、一般人である僕にはほとんど馴染みの無いものであった。そこで対応に戸惑ってイェンスのほうを見ると、彼とすぐさま目が合い、その瞳にはやはり同じ意図が宿されているのがわかった。僕はその眼差しに微笑んで応えると、心に浮かんだことを率直に伝えることにした。

「その、あなたたちの数々のご厚意に心から感謝しております。ですが、僕たちは敬礼に値するほどのことをまだ何一つもしておりません。もし、お嫌で無ければ、握手をさせてくださいませんか」

 そっとクロードに手を差し出す。彼は一瞬戸惑った表情を見せたのだが、すぐさま笑顔で握手を返した。その手は力強く、眼差しも優しかった。彼はひょっとしたら、今までに無かった任務に緊張し、不安を感じていたのではなかろうか。ユリウスは僕たちにとって親しい間柄でも、クロードにとっては絶対命令の存在でなかったか。あのユリウスが威圧的に命令を下したとは到底思えないのだが、世界中に二千数百万人いるともいわれている兵士たちを統べる立場から直接指示があったとすれば、僕が想像だにできないほどの重圧を感じていたに違いなかった。

 イェンスも同じようにクロードと握手を交わして優しく微笑む。クロードは戸惑いとも、感激とも捉えられる表情で僕たちを見つめていた。

 「どのぐらい滞在するかはわかりませんが、おそらく一週間以内には戻って来られるだろうと考えております。また、再会できるのを楽しみにしております」

 イェンスの言葉に、クロードは静かに「承知しました」とだけ答えた。その時、さわやかな風が僕たちの間に流れ込んできた。僕たちはクロードと周囲にいた兵士たちにお礼の言葉を伝えると、風に背中を押されるかのようにゲートへと赴いた。

 「どうぞ」

 重装備の兵士数名が鉄格子のゲートを重々しく開き、クロードが「ご安全に」と声をかける。僕はイェンスを見た。すると彼は僕を見つめており、エルフから譲り受けたその緑色の瞳にはあの光があった。お互いから微笑みがもれると、もはや言葉はいらなかった。

 どちらからともなく歩き出し、ゲートの向こう側に広がる未知の世界に力強く足を踏み入れる。数メートル進んだところで、背後からゲートが閉まる音が鳴り響いた。振り返ると、クロードたちがゲート越しに緊張した表情で僕たちをじっと見送っていた。彼らに改めて笑顔を見せ、手を挙げる。それから再び風に誘われるかのように、道らしきところを前に向かって無言で歩いていく。

 照り付ける日差しに土埃が暑さを添える中、遠くから土埃とともに近付いてくる何かが見えた。よくよく目を凝らしてみると、馬車らしきものがこちらに向かって来ているようであった。するとイェンスが急に目を輝かせ、落ち着いた声で僕の名を呼んだ。

 「クラウス、ここで待とう。クロードたちもまだ見ている。僕たちが異種族と確実に接触したところを見せないと、彼らも不安に駆られることだろう」

 彼の言葉に同意し、その場で待つ。馬車はどんどんと加速しているのかあっという間に近付き、ついに四頭の馬を率いて僕たちの目の前に到着した。御者は見慣れない種族の男性であったのだが、不意に目が合うと彼は穏やかな表情で僕たちを見つめた。それと同時に車体が大きく揺れ、誰かが降りてくる。思わず息を止めて注視すると、やはりルトサオツィであった。

 「君たち、久しぶりだね。よく来てくれた」

 彼の口調はあたたかく、その笑顔は優しかった。その表情のまま、両手を広げてイェンスと僕を交互に力強く抱きしめていく。その時、背後から微かにどよめきが聞こえたので振り返ると、クロードや立哨中の兵士たちがやはりこちらを見つめていた。ルトサオツィは彼らにも手を挙げて応え、それから「馬車に乗るがいい」と僕たちに伝えた。それを受けて遠くにいるクロードたちに手を振ってから馬車へと乗り込む。スーツケースを避けてルトサオツィが僕たちと向かい合って座ると、御者がルトサオツィに向かって話しかけてきた。

 「出発してよろしいので?」

 「ああ、頼むよ。いつもありがとう」

 すると先頭の馬がいななき、僕たちが見つめていた高い山々のほうに進路を変えて走り始めた。

「君たちが来ることはすぐに感じ取った。驚いたぞ、ずいぶんと変化を受けたようだな。特にイェンス、君はますます私たちに似てきたようだ」

 ルトサオツィは相変わらず完璧なまでに美しいままであり、その瞳にはあの美しい光が放たれていた。

 「ありがとうございます。あなたに前回お会いした際に伺った話は、僕たちに多大な影響を与えました。そのおかげだと思っております。それと、これはユリウスから預かっているものです。僕たちはエルフの落とし物を届けるという設定になっているのです」

 イェンスがはにかんだ笑顔で例のものを鞄から取り出すと、ルトサオツィは「ありがとう、なるほどいい考えだ」と受け取り、早速開封した。すると、そこには確かにUSBメモリらしきものが手紙と一緒に入っていたのであった。

 「ユリウス、気が利くものを贈ってきたな」

 「あの、USBメモリを受け取るということはパソコンを持っている、ということですよね?」

 嬉しそうに目を細めているルトサオツィにおずおずと尋ねると、彼は朗らかな笑顔を見せて答えた。

 「ユリウスから以前、パソコンをもらってね。回線はつないでいないが、バッテリーに魔力と魔法を使用すればパソコンは起動する。それを利用して、こうやって入手した人間社会の興味深い歴史や資料、科学の最先端の映像を観ては私も人間について学んでいるのだ。そうすれば、人間の価値観や思考に基づいた意見や解決策を提供できるからね。もっとも、宇宙の映像は私の個人的な興味だが、人間が宇宙開発や宇宙の成り立ちについて実験や研究成果を上げるのを見るのは、以前の科学水準から鑑みるに非常に感慨深いよ。ああ、安心して。政府や軍の機密情報には興味が無いから、そういった類のものは一度も受け取ったことが無い」

 「エルフの中で宇宙に対する研究は無いのですか?」

 今度はイェンスが興味深そうな面持ちでルトサオツィに尋ねた。

 「私たちは何万年にもわたって別の銀河や惑星などを観測してきたため、一定の情報は持っている。それよりも私たちが関心を払うのは『空間』だ。私たちの目の前にある空間や広い宇宙空間には一見何も存在していないかのように見えるが、実はそこに多くの情報が詰め込まれている。その情報とは、君たち人間の言葉でいう原子の種類や物理学で説明できる様々なエネルギー、素粒子の種類や宇宙線、二次元、三次元といった次元の情報などに留まらない。人間が魔力を持たないがために気付けないそれ以外の情報を抽出して活用し、また宇宙全体の渦の流れやそれに起因する種々のエネルギーを計算することによって得られる結果を判断材料として、空間が魔力に与える影響と魔力が空間に与える影響を把握しようと努めているのだ。もちろん、それ以外にも私たちは様々な情報を得ているがね。そのうえで、他の方法とも組み合わせながら魔力を高めていく方法を常に探っている。魔力が高いと様々な魔法を操ることができ、より可能性の幅が広がる。ドラゴン、エルフに妖精といった魔力を持つ種族にとって、そのことは最重要事項だ」

 ルトサオツィは終始落ち着いた表情で答えていた。しかし、僕は彼の言葉全てに興奮を覚えていた。人間社会において、宇宙に対して深い情熱を捧げている人たちが様々な角度から研究・検証・実験を重ね、そこから導き出された様々な宇宙論や数式で表される物理の法則など以外に、エルフを始めとする異種族が具体的な何かを宇宙から得ている。それは僕にとって非常に興味をそそる話で、ささやかな知識欲をいたずらに刺激した。

 そこで僕が理解できる範囲でさらにルトサオツィに詳しく尋ねようとしたその時、服の中でペンダントが再び熱を帯びていることに気が付いた。

 「クラウス、君はドラゴンに関するものを身に付けているね。実を言うと、さっきからずっとドラゴンの力を君から感じているのだ」

 僕はルトサオツィの言葉に驚き、胸元からペンダントを取り出して彼に見せながらペンダントが僕に伝わった経緯を説明した。時折イェンスに助けられつつ説明を終えると、ルトサオツィは真剣な表情で僕たちを見ながら言った。

 「やはりそうだったか……。君たちに伝えなければならないことがある」

 その言葉に得も言われぬ緊張を覚えてルトサオツィを見つめ返す。それと同時に馬車が突然停まった。何事かと不安に思っていると、御者が再びルトサオツィに話しかけるのが聞こえた。

 「ルトサオツィ、もう魔法を使ってもいいだろう?」

 「そうだな、人間のいる場所からかなり離れたから問題ない」

 「やれやれ、人間に気を遣うのも楽じゃねえな」

 御者はそう言うと何か不思議な言葉を話し、そして再び馬車を走らせ始めた。すると今度は今までと比べものにならないほど、馬車が素早く移動していることがわかった。

「紹介が遅れたが、御者はドワーフの中でも高魔力を持つ、タングストという者だ。彼は馬の疲れを回復させたと同時に能力を一時的に上げているのだ」

 ルトサオツィはそう言うと、再び僕たちをじっと見つめておもむろに口を開いた。

 「この速さだと、あと二十分ほどで目的地に着くだろう。そこはエルフの住む区域の外れであり、ドワーフの住む区域の外れにもあたる」

 僕はついにドワーフをも見たのだという感激とともに、興味深く周囲を見回した。殺風景な風景はいつの間にか自然豊かな場所へと移っており、奥には建造物らしきものが数多く点在している。どうやらドワーフの住む場所からやや離れた場所を走行しているらしかった。しかし、心のざわめきが完全に僕から消えることは無かった。

 ルトサオツィが落ち着いた表情で話を再開させた。

 「目的地に着いたら、君たちをある存在に連れていくことになっている。そこで君たちを魔法を用いて移動させる必要が生じるのだが、君たちにははっきりとした魔力が無い。基本的に魔力が無い者を魔法で移動させるとなると、高い魔力を必要とする。なぜなら低い魔力で移動させると、その魔法に対する負担と精度の低さから、その対象者の体がバラバラになる可能性があるからだ。私一人でも君たちを移動させるほどの魔力は充分にあるのだが、念のため私の妹で高い魔力を持つラカティノイアと、友人の小型妖精族であるアウラの魔力でさらに補い、万全の体制で君たちを移動させるつもりだ」

 彼は僕の胸元のペンダントに一瞥してから、イェンスに視線を向けた。

 「ある存在とはいったいどなたなのですか? もしやエルフの村の長老などでしょうか?」

 イェンスの質問に、ルトサオツィは思いがけずどこか緊張した眼差しで答えた。

 「今は言えない。会えばその存在から全ての説明がされよう」

 イェンスと僕は顔を見合わせた。しかし、異種族の地を初めて訪れた僕たちが、その存在が何者であるのかを予測付けること自体に無理があった。ルトサオツィの様子からして、どうやら彼より身分が高く、おそらくは魔力も高いようである。どのみち、十数分後には全てが判明しているのだ。それは今までの生活において、あっという間に失われる時間であった。

 目前まで迫ってきている未来に緊張しつつも、ひとまずペンダントをそのまま出してルトサオツィの言葉を思い返す。

 これからルトサオツィの妹と、彼の友人である妖精にも会うらしい。しかも、魔法を用いて僕たちを移動させるのだという。彼の言葉全てが非日常性に満ちており、人間社会におけるほとんどのものと全く接点が無かった。

 普段は歩いてアパートと事務所を往復している僕にとって、移動速度が速くなるにつれて費用がかかることは当然の関連性であった。だが、それも人間社会までの話であろう。魔法を用いて移動するということは、相当な距離を瞬時に移動するのかもしれなかった。その原理がどのように行われるかなど、矮小な人間のあぶくのような思考では到底推測できるはずもないであろう。ただはっきりと言えることは、想像をはるかに超える経験がエルフの村を滞在している間中にもたらされるということであった。

 再びドーオニツに戻った際、果たして僕はそれまでどおりの生活を送れるのであろうか。普通の人間としての日常が静かに崩れていく中で、中途半端な僕はどこへと向かっていくのか。

 イェンスを見ると、彼も明らかに緊張の色を浮かべていた。彼の緑色の瞳はよりいっそう濃さを増し、不安の中で危うく輝いているようでもある。

 「クラウス。君がペンダント無しに能力を高めたことは、本当に感嘆に値する」

 突如として届けられたルトサオツィの言葉は、不安をなだめるほど単純に嬉しかった。

「ありがとうございます。でも、僕が能力を高めることができたのは、ユリウスとイェンスのおかげなんです」

 僕は控えめに答えたのだが、ルトサオツィは微笑んで返した。

 「改めて二人とも本当によく来てくれたね。再会できて本当に嬉しいよ。君たちが今後エルフの村でどう過ごすか、正直に言うと君たちにかかっている。私からはこれ以上何も言えないが、君たちがエルフの村を満喫することを心から願っている」

 彼の眼差しには優しさと力強さとがあった。しかし、イェンスと僕にはその言葉の真意がわからず、不意に当惑と不安の渦の中に押し戻される。いったい彼は何を話さないでいるのか。そして僕たちの身に何が起ころうとしているのか。

 ついに馬車が停まった。ルトサオツィが「荷物を持って降りてきてくれ」と言って先に降りていく。そこで僕たちが荷物を手に降りると、タングストが「またな」と明るい笑顔を見せ、あっという間に馬車ごと走り去って行った。

 ルトサオツィと並んで馬車を見送っていると、ふと背後に気配を感じた。そこで何の気なしに振り返ってみると、先ほどまでは姿形も無かった、非常に美しいエルフの女性がそこに立っていた。彼女は僕に気が付くなり優しく微笑んだのだが、イェンスが彼女に気が付いて振り返ると驚いた表情を見せ、それからすぐに赤らめた頬を下に向けた。彼女の思いがけない仕草が気になってイェンスを見たのだが、彼のほうはまるで雷に打たれたかのように彼女をじっと見つめたままであり、呼吸さえも忘れているようであった。

 お互いに言葉すら交わさない彼らを不思議に思いながら見守る。しかし、次の瞬間、鈍感な僕にはっきりとした直感が舞い降りた。

 僕は奇跡の瞬間に立ち会ったのだ!

 「ラカティノイア」

 ルトサオツィが彼女に声をかけると、彼女ははにかんだ様子で顔を上げた。

 「紹介しよう、妹のラカティノイアだ」

 「兄から話を伺っております。イェンス、クラウス、ようこそおいでくださいました」

 ラカティノイアは控えめな口調で挨拶をした。その姿が非常に優雅で全てが美しかったため、つい緊張して無骨な挨拶を返す。彼女は見たところ、僕たちと年齢がさほど変わらないように思われた。

 しかし、イェンスはなおも無言のままであった。あまりにおとなしいものだから、別の新たな不安を覚えて彼の様子を伺う。友人として何か声をかけるべきかと悩んだその時、甲高い声がルトサオツィの背後から聞こえてきた。

 「ルトサオツィ、来たわよ。イェンスとクラウスだったわね。初めまして、小型妖精族のアウラよ」

 僕たちの腕半分ほどの、可愛らしい見た目でピンク色の瞳を持つ妖精が、ルトサオツィの肩越しに姿を覗かせて話しかけてきたのであった。

 「初めまして、アウラ。クラウスと言います」

 僕が挨拶を返したその時、ようやくイェンスが我に返ったのか、ラカティノイアとアウラに挨拶を返した。彼を見ると緊張した表情ではあったものの、それ以外で特に変わった様子は見受けられなかった。普段どおりに戻りつつある彼にほっと胸を撫で下ろしてルトサオツィを見る。

 突然胸元のペンダントが青白い輝きを放った。イェンスと僕が驚いて顔を見合わせると、先ほどまで穏やかな表情を見せていたルトサオツィたちまでもが非常に緊張した表情を浮かべてペンダントを見ていた。その様子から一気に不安と緊張とが高まる。

 「早速だが、彼らをあの存在に連れて行こう。どうやら全てが整ったようだ」

 ルトサオツィの言葉に妙な胸騒ぎを覚えて表情が強張る。僕たちはエルフの村をただ訪問するだけではなかったのか。

 心細さを感じたその時、アウラが淡いピンク色の瞳をいたずらっぽく僕たちに投げかけながら話しかけてきた。

 「あなたたちの不安はわかるけど、今は力を抜いてね」

 ルトサオツィが僕の傍らに立ち、「荷物をしっかり持つように」と僕の腕を彼の腕に絡ませる。イェンスの傍らにはラカティノイアが立ち、同じように彼の腕を彼女がしっかりと片腕で絡ませると、魔力を持つ三人が精神を集中させているのか、無言になった。

 肌がピリピリするような感覚に捉われたその時、彼らはタングストが話したような、耳触りの良い不思議な言葉をいくつか発した。それと同時に何か強い衝動が僕の体内を駆け巡り、僕たちの周りをまばゆい光が覆っていく。次の瞬間、暗闇が僕の目の前に現れた。しかしすぐさま場面は切り替わり、僕たちはあっという間に全く見慣れない場所へと移動していた。

 そこはガラス張りでできた空間のようであり、だだっ広い透明な部屋のような場所のようにも見えた。イェンスも僕も、茫然とした表情でこの不思議な空間を見回す。僕たち以外に音を発するものは無く、人工的にも超自然的にも見えるこの空間は、不気味とも神秘的とも思われた。

 ルトサオツィたちは一言も発せず、何かを祈るかのような目付きで僕たちを見つめていた。その時、ペンダントがさらに激しい光を放ったので、驚いて胸元に視線を落とす。なぜ、ペンダントが光を発しているのか、いったい何に反応しているというのか――。

 突然、驚愕的な思考が浮かんだ。ルトサオツィたちが話していた『あの存在』とは、ひょっとしてこの爪の持ち主なのではないのか?

「もしかして、ドラゴン……ドラゴンと会うのか?」

 イェンスが不安気な表情でつぶやいたことにルトサオツィたちは静かにうなずき、僕たちの背後に回った。

 やはり僕たちはドラゴンに会うのだ!

 僕は震撼して立ちすくんだ。数十秒前ですら、このような未来が待ち受けているなど想像できるはずもなかった。

 ユリウスを除いた、どのような立場の人間でもドラゴンに会うことは不可能とされ、その姿を見かけるだけでもまさに奇跡とされていた。ウユリノミカ島は上陸することが困難なだけではなかった。今まで何度も上空から衛星写真を撮影してきたにもかかわらず、ドラゴンがいるというその痕跡さえもなかなか捉えられずにいたのである。

 その理由がエルフと同じであることは、以前ルトサオツィが説明していた。いったい今までどれほどまでの人間がドラゴンに憧れ、接触しようと試み、そして儚くその願望を散らせてきたことか。それはヘルマンも同様であった。

 僕はふと、ユリウスがこのことを予言していたことを思い出した。そうでなくともユリウスに頼めば、ひょっとしたら会える可能性があったのかもしれなかった。しかし、イェンスも僕も、ユリウスをそのようなことに利用したくはなかった。それゆえ、ドラゴンと会うということはただの夢想にしか過ぎないことを共通の認識としており、ユリウスの予言もどこかで非現実的なものと捉えていた。

 だが今や、かつてない未知の世界が僕たちを待ち受けていた。不可能とされた領域に、未だ中途半端な僕が踏み込んでいくのである。そう考えると、今まで感じたことがないほどの緊張と興奮とが僕に襲いかかった。ルトサオツィと再会してからまだ一時間も経っていないはずなのだが、あまりに多くの特殊な出来事がいっぺんに押し寄せているではないか。

 僕は冷静になろうと、必死に心を落ち着けようとした。だが、その努力は泡のように儚かった。次の瞬間、圧倒的な存在感と見えない力に包まれている感覚に陥った。心の準備など整わせる術もなく、おそるおそるイェンスと背後を振り返る。するとそこには伝説のドラゴンがついにその姿を露わにし、その傍らには人間らしき女性を従えながら僕たちをじっと見つめていたのであった。

 ドラゴンはうす紫色の体毛に覆われており、瞳の色はユリウスと同じ、アメジストのような澄んだ紫色をしていて、金色の光をうっすらと放っているように見えた。両前足の端の爪の先がほんの少し欠けているのを見て、思わずペンダントを握り締める。その圧倒的存在感に押されながらも、雄大で神々しいまでのドラゴンの美しさに僕はすっかり心を奪われた。

 ――なんて美しいのであろう!

 ドラゴンの鼻先や翼、尻尾の造形の何もかもが完璧ではないか。

 そのドラゴンを見つめているうちに、映像の断片が僕の脳裏に突如として浮かび上がった。それは幼い頃に経験した、あの記憶であった。僕は何かに必死に抵抗しながらも、草むらの中で光る球体を見つけて喜んだのだ。その光は青白く美しかった。その光に触れたくて、懸命に手を伸ばした僕は――。

 「ルトサオツィ、ラカティノイア、アウラ。よくぞ彼らをここまで連れて来てくれた。礼を言おう」

 ドラゴンが静かに放った言葉で我に返る。その時、ドラゴンの傍らにいる女性のあまりの美しさに目が釘付けになった。透明感にあふれ、清らかで完璧な美しさをまとうその女性に圧倒される。その彼女と目が合った。しかし、卑小な僕にはその高貴な眼差しが受け止め切れず、恥ずかしさと後ろめたさから視線を咄嗟に逸らした。

 「イェンスにクラウス。お前たちに会えて嬉しい。特にクラウス、久しぶりだな。お前が私の爪先を身に付けるまで変化を引き寄せたことは、感嘆に値する。お前は先ほどから、遠い記憶が脳裏に浮かんでいるはずだ。私と最初に出会った時の記憶だ」

 それを聞いた途端、僕は呼吸を忘れ、混乱と驚愕の中へと放り出された。

 「自己紹介がまだであったな。私はヅァイド、ユリウスの父だ。彼女は私の娘、リューシャだ。今は人間の姿をしているが、正体は私と同じドラゴンだ」

 何か言葉を返さなくては、と頭の中では考えていた。しかし、人類をはるかに超えた叡智を持つ存在にかける言葉が見つかるはずもなく、口からもれる声すらも出てこなかった。

 「驚くのも無理はない。私がお前の記憶を魔法で封じ込めたのだからな。クラウス、私と初めて出会った時のことを話そう」

 僕はなんとか気持ちを落ち着かせようと深呼吸を試みた。しかし、辛うじて息をしているのか、肩だけが上下する。その時、イェンスがそっと僕の肩に手を置いた。彼を見ると、彼は緊張しつつも口の端で笑みを浮かべて僕を見ていた。見慣れた彼の優しい眼差しに心強さを感じ、ひとまず心が落ち着きを取り戻していく。それを待っていたかのように、ユリウスの父であるヅァイドが静かに語り始めた。

 「この地球上には、人間が異種族と呼んでいる者たちが暮らす地域を中心に、魔力が漂う空間が存在する。それは、私たちのように魔力を持っている種族には大切な空間で、魔力を取り込んで自分のものにし、もしくは使用して失われた自分の魔力を回復させる空間ともなっているのだが、人間のように魔力を持たない種族にとっては魔力が持つエネルギーが身体にかなりの負担を掛ける空間となってしまう。私たちドラゴンは人間が生活する場所に魔力が発生したら、魔法とその身を用いて魔力を回収し、人間の生活を安定させることもしている。私たちは魔力を得、人間は魔力の脅威から守られる。お互い理にかなっているであろう? そもそも人間が暮らす地域に魔力が発生することは極めて稀なのだが、それでもその発生を感知したら、私たちはすぐさま回収するように努めているのだ。クラウス、初めてお前を見た時、お前はまだ二歳にもなっていなかった。お前の記憶どおり、お前は家族でタキアの祖母を訪ねており、祖母の家の近く、山間の川のそばで家族とピクニックをしていた」

 タキアの祖母の話を思い出す。僕はそこでほんの少しの間でも姿をくらませたため、家族が必死になって僕を探し回ったのだ。

 「そうだ、クラウス。お前はあの時、川近くの山林で偶然が重なって発生した魔力を回収するため、魔法を使用していた私に気付いた。私は心底驚いた。私たちは人間にあからさまに姿を見せることはしない。仮に人間のすぐそばにまで近付いても、人間の注意が私たちに向かないよう最大限の配慮と魔法を使用してきたため、今まで気付かれたことは無かったのだ。しかし、お前は離れた場所にいたにもかかわらず、私の存在に気が付いた。そして魔法で青白い光に姿を変えていた私を見つけるなり喜び、あまつさえ私に触れようと手を伸ばしてきたのだ」

 僕は驚きながらもヅァイドをじっと見つめ返していた。彼の言葉によって、僕の中に閉じ込められていた記憶が徐々に蘇っていく。

 「私たちは万一人間に見られたとしても、人間が気味悪がって逃げ去るように緑色や青白い光の姿をするようにしている。だが、お前は怖がるどころか、美しさを見出してなおも近付いてきた。おそらく年齢の低さがそうさせていたのであろう。そこで私はお前を家族の元へ戻らせるべく、本来の姿に戻ってお前を威嚇した。人間が私たちドラゴンに触れると、魔力に耐性が無いため確実に身体を蝕まれる。死ぬことも当然あった。幼いお前が私に触れたことで身体に何らかの影響が出れば、お前の家族が悲しむことは容易に想像がついた。だが、私は空間に漂う魔力を回収しきれていなかったため、その場を離れることができないでいた。そのうえ、お前が私に直接触れずとも、空間に漂う魔力だけで取り返しのつかない実害を被る可能性もあった。そこで私は牙をむいて睨みつけると、『家族の元へ帰れ』とお前の脳内に直接話しかけた」

 ガラスのような空間は水を打ったように静かで、ヅァイドの言葉だけが響きわたっていた。

 「お前はようやく恐怖心を抱いたのだが、それでも歩みは止めなかった。とうとう私と相対したかと思うと、威嚇する私に手を伸ばしてきた。その行動にさらに驚いてお前の心の中を覗くと、『本当は優しいって、知っているんだ。僕は美しく、優しいものと仲良くなりたい』という強い意志に満ちあふれていた。そして私が魔力を完全に回収する直前に口を大きく開けて威嚇したことさえもものともせず、鋭い牙を避けて私の口の中をさわった。しかも手についた私の唾液を笑顔で口に含んだ。私は目を疑った。これがどういう意味を持つのか。お前は最大限にまで高めたドラゴンの魔力を、わずかでも直接体内に取り込んだ。つまり、即死級の危険な行為を取ったのだ。だが、さらに驚いたことに、お前は私の目の前でドラゴンの最大魔力を柔軟に身体に適応させていった。それはすなわち、ドラゴンの能力を後天的に取得したことをも意味していた」

 僕は今やその当時のことをはっきりと思い出していた。僕がドラゴンの唾液をためらうことなくすぐさま口に含んだのは、相手がドラゴンだということを理解していなかったのに加え、手についたそれが美味しそうに見え、僕にとって『有益』であることを直感的に感じ取っていたからであった。ではなぜ、僕の身体に影響が出なかったのであろう?

「なぜそれが可能であったのか。――これは推測なのだが、お前が感じていた深い喜びが強い意志と合わさってお前を守ったのであろう。普通の人間なら、たとえ乳幼児とはいえ、あり得ないことだがね。しかし、さらにあり得ないことに、お前は私に抱き付いてきた。その顔はやはり純粋な喜びに満ちており、幼いお前が取り込んだ魔力を安定させるため、本能的に抱き付いてきたことも理解できた。だが、人間社会とドラゴンは決して相容れない。そこで私はお前の人生を狂わせることのないよう、記憶を消すことにした。空間に漂っていた魔力は全て回収が終わっていた。遠くでは、すでにお前の家族が必死にお前を探し回っている。私は魔力の影響が出ないことを祈りながら、お前に魔法を使った。しかし、お前はすでに適応させた魔力で私に最後の抵抗を見せた。そうだ、お前に何か美しい光の球を見たという記憶を残してしまったのだ。魔力はお前の中で確かに一時的には留まったものの、周りに魔力が無い空間では広がりを見せず、能力に影響を与えたのちにほとんどが失われてしまった。魔力が能力へと置き換わったと言ったほうが適切かもしれぬ。だが、お前には充分深い意味をもたらした。クラウス、お前がドラゴンの能力に気付くには、同じように魔力を能力へと置換させたイェンスとの出会いが鍵であった。お互い惹きつけられたのだ」

 ヅァイドの言葉に驚き、咄嗟にイェンスのほうを見る。イェンスは当惑した表情でじっとヅァイドを見ていた。

 「イェンス、お前の出生の仕組みを話そう。お前の高祖母にあたるリカヒの魔力は、娘に能力や容姿の影響を与えずとも、少しだけだが受け継がれていた。当然のことであろう、毎日愛情を持って育てていたのだからな。だが、その魔力は人間の血を半分持つ娘にとって負担となり、健康を損ねる原因ともなった。リカヒは自分が産んだ娘がやはり魔力の耐性を持つことができなかったことを知ると、他の事情も相まり、娘から離れることにした。その娘は母親から離れると、少しずつ体調が良くなっていったのだが、結局は母親の胎内にいた頃から魔力の影響を受けていたことが原因で体は弱かった。それが通常の反応なのだ。それでも彼女は婿をもらい、その数年後、まるで自分の命と引き換えるかのように子供を産んだ。お前の祖父にあたる人だ。その子供には興味深いことに、彼女の中で彼女を蝕んでいた魔力が受け継がれた。受け継がれたというより、まとわりついたと言ったほうが適切であろう。しかし、あえて受け継がれたという言葉を使用する。当然、祖父も体に負担がかかっていたのだが、リカヒの娘よりも魔力が弱まった状態であったため、お前の祖父は不安定な体調を抱えながらも成長し、第一子をもうけることができた。お前の父親だ。もう気が付いたであろう。父親にも魔力がさらに弱まった状態で受け継がれたのだ。興味深い点は受け継がれた魔力は、元の持ち主から完全に消え去ってしまったということだ。それゆえ、お前にとって伯父にあたる男性には魔力は受け継がれなかった。今述べた経緯はクラウス、お前とは全く逆の事例だ。だが、魔力が体内になじむどころか、不調だけをもたらすことは、過去の事例からして当然の結果だ。魔力をなじませた人間もごくわずかにいたのだが、皆その力を持て余して堕ちていったのだ」

 僕はヅァイドの言葉を淡々と受け止めることに専念していた。この貴重な話を、考え事をして聞き逃すことがあってはならないのだ。

「祖父は本来の生命力を取り戻し、お前の父親もお前に魔力が受け継がれた時点でほぼ健康を取り戻している。それでいくと、お前の弟には当然魔力が受け継がれていない。同様に人間の女性に魔力が受け継がれないのは、大雑把に説明すると、人間の男性が持つ性染色体にある塩基構成だけが辛うじて魔力を結びつけるようになっているからだ。もちろん、遺伝子の構造上、受け継がれない場合も存在する。魔力が世代を超えて弱まりながらも受け継がれ、元の持ち主から完全に消え去ったことは、人間の視点からすると奇妙に感じられるであろうが、私たちは魔力を持たない人間だからこそ起こった、特殊な事例だと考えている」

 僕はヅァイドの言葉を聞き、なぜイェンスにだけエルフの特徴が現れたのかが突然理解できた。

 「お前たちも気付いたようだな。イェンス、魔力がかなり弱まった状態でお前に受け継がれると、もはやお前の体に反発することは無かった。それどころか、薄まった魔力はお前の中で能力や容姿の特徴に影響を与えて現れたのだ。お前がまだらにエルフの特徴を現わしているのはそのためだ。魔力こそほとんど消え去ったが、お前の中には元々その痕跡がある。クラウス、お前も同じだ。虹彩に影響が現れなかったのは偶然にしか過ぎない。今のお前たちに魔力が全く無いとは言えないが、私たちからすればほとんどゼロに近い。だが、確実に言えることは、お前たちが魔力に触れ、その身に能力として吸収していったということだ。不思議に感じるだろうが、魔力は空間に漂うエネルギーのようなもので、近くに存在する魔力を引き寄せて安定しようとする性質がある。人間社会なら引き寄せられるか、単独で消えていくかのどちらかだが、お前たちはたまたまドーオニツに住んでいた。亡き我が息子、ゲーゼが愛した地だ。だから、魔力の痕跡を持つ者同士、引き寄せられてお前たちが出会ったのだと考えている」

 僕はイェンスを見た。彼は戸惑いとも感激とも取れる表情で僕を見つめていた。それは僕も同様であった。複雑な感情と果てしない疑問とがぐるぐると渦を巻くばかりで、その渦に飲み込まれないよう、何度も何度もヅァイドの話を反芻して理解しようと試みる。僕にも魔力があったのだと自分の中に意識を向けたその時、急に目の前が開けたかのような感覚になった。

 僕たちの今の状況は全て必然であり、当然の結果であったのだ!

 イェンスとユリウスに出会って変化を起こすことは、あの時ドラゴンに触れた時点で僕の人生に組み込まれたのである。たとえ記憶を消されたとしても、こうなる可能性をヅァイドは最初からある程度見込んでいたのだ。それを思うと、僕たちの人生の歯車が奇妙に噛み合わさっていることに感嘆するしかなかった。しかも、ヅァイドはゲーゼにも言及した。それがどういう意味を持つのか。

 しかし、別の疑問が湧き上がった。僕たちは確かに変化の原因を知りたいと願っていた。だが、それは切望するようなものではなく、むしろ変化の先にある未知の世界に辿り着くことのほうがはるかに重要な目標であった。そうであれば、ここに招かれた意味とはいったい何であるのか。イェンスと僕の過去の因果関係を説明するためだけに、わざわざこの不思議な空間に移動したようには到底思えなかった。

 もし、この空間が魔力に満ちたものであるとすれば、彼らは僕たちの身体上の反応も観察しているのではないか。そのような確証もないことを考えていると、ヅァイドが再び話し始めた。

 「だが、話したとおり、お前たちの中の魔力は完全には消えていなかった。非常に薄く、儚いままでも辛うじて残っていた。そのことがきっかけで、お前たちは異種族の力をお互いに高め合い、もはや人間社会でははみ出すほどの変化を遂げることができた。それは我が息子、ユリウスが一番顕著だ。息子はお前たちに魔力が身についたかもしれない、と言っていたであろう?」

 ヅァイドの言葉に驚きながらも、イェンスと僕とで「そうです」と返すと、ヅァイドはゆっくりとうなずいて静かに続けた。

 「私の話を聞いた今、息子が魔力をわずかでも保有していたことが理解できたであろう。息子に受け継がれた魔力はほぼ能力に置換されたのだが、お前たちと出会い、触れ合ったことで、わずかに残されていたものがはっきりとした魔力へと発達していったのだ。それでいけば、なぜ私やルトサオツィ、もしくは他の異種族が息子の魔力を呼び起こすきっかけにならなかったのかと訝しがるであろうが、いずれお前たちにもその理由が見えて来る。さて、今のところお前たちは何の疑問も抱かずに私の話を受け入れているが、そもそも私たちは、特に私は息子が人間社会にいることもあって、よくドラゴンの世界から人間社会を観察しているのだ。それゆえ、一通りの流れは把握している。息子が近いうち、私を久しぶりに訪ねて来るのも把握している。だがその前に、我が息子ユリウスに父親として伝えたいことがある。クラウス、ドーオニツに戻ったらこの手紙を息子に渡してほしい。この手紙はある程度の魔力が無いと開封できない仕組みになっているのだが、息子は難なく開封できるはずだ」

 僕はその言葉の意味を理解して驚いた。それはユリウスが魔力を身につけただけではなく、はっきりと認められるほどの強さがあるとヅァイドが認めたからであった。

 ヅァイドの傍らに佇んでいたリューシャが、僕に向かって手紙を差し出す。微笑みを浮かべている彼女から緊張しつつも恭しく手紙を受け取ると、すぐさま鞄の奥に丁寧にしまい込んだ。その間も彼女は僕のほうを見ていたのだが、一言も言葉を発することはなかった。

 「うすうす感付いているであろうが、お前たちをここに呼んだのは今までの説明をするためだけではない。お前たちが受け取っている変化は、もはや魔力が無いとお前たちに負担をかけるだけの状態へと達しつつある。そこで、クラウス、イェンス。お前たちに再び魔力を授けることにしたのだ。今のお前たちなら魔力を我がものにし、さらに能力を高めていけるであろう。但し、それは人間社会において、ますます窮屈に生きることをも意味する。その覚悟がお前たちにあると理解しているのだが、あえて尋ねよう。お前たちはもはや、人間と呼ぶにははるかにその種から乖離し、エルフとドラゴンと呼ぶにはあまりに未熟すぎるのだが、それでも魔力を授かるかね?」

 ヅァイドの紫色の瞳が鋭く光った。

「はい! 覚悟はとうにできております」

 イェンスと僕は即答した。過去に魔力をなじませた人間と僕たちを区別している理由こそわからなかったのだが、ヅァイドが僕たちの中の何かを認めてその提案を出してくれたことは、非常に名誉なことだと考えていた。そしてこの急展開な話の流れにもたじろぐことなく、どこか客観的に受け止めることができていたのはイェンスと僕、そしてこの場にいないユリウスとに関する謎が解けたからなのだと感じていた。

 ヅァイドは静かに僕たちを見つめたままであった。その眼差しに臆することなく、強い意志を持ってヅァイドを見つめ返す。僕たちの背後にいるルトサオツィたちからも視線を感じていたのだが、僕はただただヅァイドと向き合った。

 ガラス張りの空間に沈黙が流れる。重々しく、それでいて力強い雰囲気が僕たちを取り巻いていく。

 「リューシャ、クラウスからペンダントを回収してほしい。クラウス、お前が譲り受けたペンダントは、短い期間でも充分その役目を果たしている。変化を遂げてきたお前がそのペンダントを身に付けた瞬間、そのことがドラゴンに会うことができる者の印となったのだ。それでいくと、そのままお前にペンダントを授けてもよいのだが、息子ユリウスに与えたペンダントとそもそもの意味合いが異なる。ヘルマンもそれを理解していたからこそ、身に付けることはなるべく避けてきた。それだけではない。以前の人間社会でなら目立たなかったであろうが、現在の映像化社会では存在が知られたら、良からぬ事態を招きかねない。お前はユリウスと違って管理される側にいるから、万が一ということもある」

 僕はヅァイドの意図に賛同し、すぐにペンダントを外そうとした。しかし、外し方がわからずに苦戦してしまい、見かねたイェンスがそっと外してくれた。

 「ありがとう」

 僕が声をかけると彼は静かに微笑んで応えたのだが、彼の瞳には緊張の色がありありと浮かんでいた。そこに今の自分自身を重ねて不安が高まる。それでもしっかりとした足取りでペンダントをリューシャに返しに行くと、その美しさから目を逸らして元の位置へと戻った。

 「ここでお前たちは一旦、別れることになる。クラウス、お前はドラゴンの魔力を受け取る。イェンス、お前はエルフの魔力を彼らから、そしてリカヒの親族から受け取るがいい」

 ヅァイドがそう言うと、どこからともなくエルフの男性が現れた。その男性はイェンスにどことなく似ており、目が合うとやわらかい笑顔を見せた。

 「魔力を受け取ったお前たちがどうなるかは、お前たち自身にかかっている。幸運を祈る」

 ヅァイドは言い終えるや否や、僕たちの目の前からあっという間に消え去った。後にはリューシャが残り、じっと僕を見ている。僕に魔力を授ける相手とは、もしやリューシャなのであろうか。

 「クラウス、イェンスを預かる。君の幸運を祈る」

 ルトサオツィが話しかけてきた。その彼の眼差しには力強さがあった。彼が話していた『エルフの村での滞在が楽しめるかどうかは、僕たちにかかっている』という言葉の意味を深く理解し、なるべく真っ直ぐに彼を見つめ返す。その隣に立っているイェンスとも目が合った。その瞳には不安と期待が入り混じりながらも、必ず成し遂げるという強い意志を宿していた。彼もまた、僕と同じ心境なのだ。

 ラカティノイアとアウラが僕を見守るように見つめていたので、必ずやり遂げてみせるという強い意志を持って彼らを見つめ返す。しかし、その時間も長くはなかった。少しして彼らの体がまばゆい光で覆われたかと思うと、あっという間にその場からいなくなってしまった。

 僕はその消え去った後を何ともなしに眺めていた。少しの寂寥感はあったのだが、不思議と不安は薄れていた。

 「クラウス、私たちも移動しましょう」

 その声に振り返ると、リューシャが静かな微笑みを浮かべて僕を見ていた。あまりに完璧な美しさに再び緊張を覚えつつも、「お願いします」と返答する。彼女は僕のところへやってきたかと思うと、僕の腕をしっかりと彼女の腕に絡ませた。慣れない状況にますます緊張を覚えたのだが、残った片手でスーツケースをしっかりと握りしめる。彼女は例の不思議な言葉を唱えており、僕たちをやわらかい光が取り巻いていく。

 暗闇が現れることなく光が消えると、いつの間にか森に囲まれた草原に移動していることに気が付いた。少し離れた場所には小屋らしき建物が見える。ここはいったい地球上のどこなのか。

 「荷物はあの小屋に置いて来て」

 無表情なリューシャの指示どおりに小屋へと向かう。中に入るなり、僕は驚きとともに困惑した。

 内部はベッドやキッチンなどが清潔な状態で完備されていた。ひょっとして、ここで寝泊まりすることになるというのか。そうであれば、彼女も一緒に滞在するのか、それとも僕だけなのか。またしても果てしない疑問が渦巻いたのだが、リューシャを待たせるわけにもいかず、すぐに荷物を置いて彼女のところへと駆け戻った。

 空には小鳥が舞い、さえずりが軽やかに響き渡る。草原には色とりどりの花も咲いており、美しい自然の中にいることだけは理解した。ここがいったいどこなのか、もちろん見当が付くはずもないのだが、豊かな自然の中で僕はだんだんと気分が落ち着いていくのを感じていた。

 「クラウス、早速始めるわ」

 やや小柄なリューシャが僕を見て言った。途端に緊張がぶり返し、おそるおそる彼女の前に立つ。彼女は美しい顔立ちで僕を見上げたまま、淡々と話し続けた。

 「これからあなたにドラゴンの魔力を授けます。あなたはじっとしているだけだけど、何点か注意に従ってもらうわ。私がこれからあなたにする行為は、あなたたち人間にとって特別な意味を持つことは理解しています。だけど、じっとして動かないで。もし少しでも変な素振りを見せたら、噛み殺すわよ」

 僕は彼女がドラゴンであることを頭では理解していたのだが、あまりにも美しい人間の女性の姿をしていたものだから、その実感が湧かずにいた。いったいどうやったら人間に姿を変えられるというのか。しかしながら、僕が今ここにいる目的――魔力を授かり、変化を極めることであること――も力強く握りしめていたため、すぐさまその思考をかなぐり捨てた。

「はい、あなたの指示に忠実に従います」

 僕は緊張を隠そうと、やや大きめの声で返した。しかし、彼女が表情を崩すことはなく、「膝を地面につけて目を閉じなさい。顔を上げて体の力を抜くように」と冷淡な口調で命令したので、あっという間に不安と心細さに覆われていった。

 それでも言われたとおりに地面に膝をつけ、顔を上げて目を閉じる。彼女からは何も聞こえず、小鳥のさえずりや虫の羽音だけが耳に入ってくる。僕は心を落ち着けようと、注意を周囲の音や空気の流れだけに向けた。風がほほを撫で、聞き覚えのある小鳥のさえずりを耳にすることで、幾分緊張が和らいでいく。

 次の瞬間、僕はかなり威圧的な雰囲気を全身で感じ取った。それまで感じていた周りの空気が圧倒されてしまうほど、強大な何かが辺りを支配していくようである。少しの間が空き、彼女から例の不思議な言葉が流れ込む。それと同時に体の中がほのかに光っている感覚に陥り、僕の両ほほに何かが触れる。それが彼女の手であることに気が付くと、緊張を通り越してうろたえる。いったい、どうやって魔力を僕の中に植え付けるというのか。

 (口を少しだけ開けて)

 リューシャが僕の脳内に直接話しかけてきた。どこか不気味な体験にますます不安を覚え、ぎゅっと目をつむる。それからようやく、口を軽く開けた。ドラゴンともなれば、脳内に直接話しかけることも可能なのだと考えていると、いきなり何かが僕の口をふさいだ。顔にも何かがあたっており、いったいどうなっているのかと困惑しているうちに口の中に何かが進入してくる。

 突然、僕は口移しで彼女から魔力が与えられることを理解した。目を閉じている状態で実際の状況を確認できていないうえ、初めての経験であったのだが、強い確信がそこにあった。思ってもみなかった展開に、一気に激しい動揺を覚える。指示どおりに口内も動かさないようにしているためか、胸の鼓動がますます乱れるように波打つ。

 そのリューシャは、全くもってみずみずしい生命力にあふれていた。それを舌先で敏感に感じ取りながらも、動揺していることが彼女に伝わらないよう、必死に平静さを装う。

 (じっとしているのよ)

 息苦しさを感じ、鼻から大きく息を吸おうとした時、体内から強い光を発している感覚に襲われた。さらに次の瞬間、彼女の舌先から何かが僕の舌の上を通って行く。そしてそれが何回か続くと、彼女はようやく僕から離れていき、再び僕の脳内に直接話しかけてきた。

 (飲み込んで)

 僕はそれをぐっと飲み込んだ。圧縮された空気のような感覚ではあったのだが、その何かを飲み込んだ瞬間に全身がまばゆい光に覆われ、体の中にすっと芯が通った感覚になった。

「終わったわ、目を開けていいわよ」

 僕はおそるおそる目を開けた。一見して、僕の体に特別な変化は起きていないように見えたのだが、何か強いエネルギーが体内から絶えずしてあふれ出すのを感じていた。今までになかった強烈な感覚に困惑して彼女を見ると、彼女は思いのほか僕を優しく見つめていた。

 「少し休みましょう」

 リューシャはそう言うと、草はらの上に腰を落ち着けた。僕も彼女の視線に促されるまま、遠慮がちに隣に座る。終わってみればどこか呆気ない伝授方法で、にわかに信じがたいところもあったのだが、エネルギーがあふれる感覚はやはり続いていた。

 「もう少ししたら、その感覚も落ち着くわ」

 彼女は微笑みを浮かべたままであった。その美しい笑顔が向けられたことで再び緊張を覚える。

 思えば相手がドラゴンとはいえ、女性とキスをしたのは彼女が初めてであった。いや、目的が目的なだけに、キスと言えないのかもしれないが、それでも僕は照れくささから視線を遠くに移し、そのまま空を見上げた。

 空は澄んでおり、美しい青空がどこまでも広がっていた。ここがどこなのかは相変わらず不明であるものの、澄んだ青空を見上げているうちに、だんだんと心が落ち着きを取り戻していく。そこに花の香りがそよ風とともに優しく流れてきたその時、リューシャが話しかけてきた。

 「クラウス、これからあなたに大切な話をするわ。魔力を持っていても持っていなくても、あなたが受け取るべき重要な話よ」

 彼女は突然、僕の手を取った。

 「あなたは今、私の手を感じているわね?」

 僕が少し緊張しつつもうなずいて返すと、彼女は意味ありげに微笑んだ。

 「あなたが今、感じている情報は幻よ」

 その突拍子もない言葉に困惑し、思わず目を見開いて彼女を見つめ返した。

「まさか……。あなたの手は確実に僕に触れています」

 僕は思い切って彼女の手を両手で触った。彼女の手はあたたかく、それでいて骨格の形や皮膚のやわらかさも感じ取れたため、僕には確かに触っているという感覚しかなかった。戸惑っている僕を見て彼女は「少し力を見せます」と離れたかと思うと、目を閉じて神々しいまでの雰囲気を放ち、それからあの不思議な言葉を短く発した。

 次の瞬間、彼女は目の前で美しい小鳥に姿を変えた。それも束の間、今度は人間の初老の男性へと姿を変える。そこからあの青白い光に変わったかと思うと、今度は象へと姿を変えた。

 僕は次々と起こる彼女の外観の変化に、必死に心を落ち着けながらもついていった。中には無生物や植物の姿もあった。しかし、彼女が突如として愛らしいウサギから気持ち悪い虫に姿を変えると、ぎょっとして思わずのけぞってしまった。

 その気持ち悪い虫から、最初の見た目である元の美しい女性の姿へと戻っていく。僕はもはや混乱しかけていた。

 「クラウス、あなたはまだ、本来の自分の感覚を解き放っていないわ。五感を開放してから今の私を見なさい」

 彼女は僕を見て静かに言った。そこで僕が混乱から逃れるかのように五感を開放すると、驚いたことに彼女の姿は透けており、粗い画像のようにそこに佇んでいた。

 「あなたは幻なのですか?」

 僕はつい大声を出してしまった。すると粗い画像の彼女の体が一瞬光り、今度ははっきりとした輪郭へと置き換えられていった。

 「今は違う。今はあなたに魔力を授けた時と同じく、高い魔力と高度な魔法を用いて生身の人間に姿を変えています。さっきあなたにいろいろと見せたのは、魔力と魔法を使用すれば、人間の五感を簡単に騙せるということを教えるためなのよ」

 彼女はそう言うと微笑んだ。しかし、僕にはやはり信じ難く、また理解できないでいることに窮屈さも感じていた。そもそもの知性に差がありすぎるのだ。いったい、どう考えたら今までの一連の流れをあっさりと理解できるというのか!

 僕は何とか理解しようとちっぽけな思考を張り巡らせた。頭を抱えているうちに、どこからともなくひらひらと蝶々が僕の目の前に舞い込んでくる。その優雅な姿はありのままの生を、持って生まれた宿命を、喜びながら享受しているように見えた。

 あの蝶々は自分自身の存在に疑問を抱かず、ただ生きる喜びに身を委ねているのだ。

 ふとそういう思考を思い付くと、今の僕が生きる喜びから遠く離れ、全くもって無価値な存在であるように思われた。だが、そのような僕の隣に、生物の頂点に立つと言われる本物のドラゴンがいた。

 人間など足元にも及ばない、人智をはるかに凌駕した存在であるリューシャからしたら、僕もあの蝶々も同じような存在なのであろう。いや、あの蝶々のように自らの命を喜びながら表現している生命に比べたら、中途半端な僕など、あの蝶々が放つ輝きよりはるかに劣っているに違いない。

 僕の脳裏に、あの孤独をもたらす魔物が久しぶりにのっそりと姿を現し、僕を罵り始めた。だが、今や僕に魔力があることを忘れていないわけではなかった。そのことに意識を向けて魔物を打ちのめしているうちに、僕の小さな自尊心が大いに高ぶっていくようである。

 僕はふと、リューシャが青白い光にも姿を変えたことを思い返した。封印されていた記憶はすっかり蘇っており、当時のことを自由自在に思い出せるほどである。僕は幼い頃、確かに自分自身の強い意志でドラゴンに触れた。それがきっかけとなって今の僕につながった。

 最初はそのことにはつらつとした高揚感を得ていたのだが、僕の悪い癖なのであろう、またしても不安と疑問とが脳裏をよぎった。僕が魔力を得たところで、いったい何になるというのか。

 僕は非常に小さな魔力の芽を植え付けられただけに過ぎないのだ。そう考えた途端、僕の中の張りぼての自尊心があっさりと崩れ落ちていく。結局は中途半端にしかなれない自分自身がたまらなく惨めに思え、再びあの魔物に苦しめながら足元の草に視線を下ろす。草は僕という卑小な存在の質量から逃れ、懸命に太陽に向かって葉を伸ばしていた。そのたくましい生命力に驚いていると、今度はその近くを小さな虫が飛んでいるのを見つけた。その自由な動きに、やはり僕の命とその虫の命の価値は同じなのだという考えが離れなくなった。

 不安定な思考を抱えながら、先ほどのリューシャの変化を思い返す。彼女は小鳥や初老の男性のみならず、気持ち悪い見た目の虫にもその姿を変えた。なぜ、彼女はわざわざ最後にその姿を選んだのであろう。あのような醜い姿に幻でも変身することに、ドラゴンとして抵抗を感じないのか。しかし、次の瞬間、僕の思考に閃きが訪れた。

 リューシャ、すなわちドラゴンにとって、命の尊さや生命の美しさというものは人間の基準で図られているものでは無いのだ。それは、僕が今まで何度も自然や動物や虫たちに寄せてきた憧憬と根源は同じで、そこから見出した美しさをドラゴンが何よりも一番理解しているのだと考えた。

 その視点に気が付いたことで、不思議と気持ちが晴れていく。僕はようやくリューシャに視線を向けた。すると、彼女は僕の内面の流れを全て見透かしていたかのように、微笑んだ様子で僕を見守っていた。その美しい眼差しに、今までとは違う緊張感が芽生えていく。

 「ねえ、クラウス。私が最後に姿を変えた、あなたにとって気持ちの悪い虫も、彼らからしたら完璧で美しい姿なのだと思わない?」

 彼女の言葉は、ようやく辿り着いた先ほどの思考が見当違いで無いことを裏付けるものであった。

 「確かにそうですね。きっと彼らからしたら、人間の姿はそれこそ気持ち悪くて恐怖の対象以外の何ものでもない。全ての生物――いえ、全ての存在には意味があり、それぞれに固有の美しさがあるのだと思います」

 「クラウス、あなたは今、大切なことに言及したわ。全ての存在には意味がある。あなたもそうなのよ」

 彼女の真っ直ぐな瞳が僕の心を力強く捉えた。

 「あなたは自分が中途半端な存在であるとして、自己を否定的に見ている。でも、実際はそうではない。あなたは独立した一つの生命として存在しており、美しいのよ。クラウス、どんな時でも自分を愛することを忘れないで。ありのままの自分を受け入れ、愛するの。無償の愛を自分に贈れる存在は、周囲にも無償の愛を贈れる存在なのよ」

 彼女は美しい微笑みを浮かべたままであった。その彼女の言葉があまりにも優しく、それでいて僕を鼓舞するかのように響いたため、僕は心から感激し、彼女の言葉を何度も何度も噛みしめた。

 「僕のようなちっぽけな存在が、ドラゴンであるあなたにそのような言葉をかけられるだなんて、本当に嬉しい」

 僕がようやく気持ちを彼女に伝えると、彼女はなおも微笑みを絶やすことなく言った。

 「クラウス、あなたはたった今、自分自身を否定したのよ。忘れないで、ありのままの自分をどんな時でも無償の愛で満たすの。自分を無償で愛する。そうでなければ、魔力にいずれ翻弄されて身を滅ぼすわ。そして人間の五感を過信しないこと。その魔力が上がっていけば、いずれ私の小手先の魔法は簡単に見破れるようになる。もし、この先どうしたらいいのか悩んだら、あなたの心の声に素直に耳を傾け、安心と喜びをもたらすほうを選択しなさい。あなたには素晴らしい才能があふれているのだから、あなたの中の美しいものを信じて進むのです」

 「しかし、無償で自分を愛するということは、自分自身を甘やかし、それどころか他人を傷つけても非を認めず、責任転嫁をするということになりませんか?」

 僕は分をわきまえずにおそるおそる反論した。彼女はそれでも優しい表情を崩すことはなかった。

 「自分自身を本物の無償の愛で包んでいれば、自分も他人も容易に傷つけようとはしないわ。自分自身に対して不満があるにもかかわらず、そこから目を逸らそうと自己防衛を誤った方向に使用するためにすれ違いが生ずるの。その中でも『私を否定し、傷付けた他人が悪い、社会が悪い。だから仕返ししよう、制裁を加えよう。私は被害者だ』と考えるのは、もっとも人間らしい思考ね。そうではなく、まず先に周囲や環境がどうであれ、ありのままの自分を認め、愛するの。それは自分を甘やかすということとは違う。自分を甘やかすという言葉は、どこかで自分を受け入れられず、責めている気持ちがあるからそういった表現になるのよ。無償の愛で自分自身を包んでいれば、そうは言わないわ。『今の私に感謝し、愛を持って全てを受け入れます』と、条件を付けずに自分を認めることが大切なの。自分自身を認めるということは、非常に大事なことよ。常に意識しないと欠点ばかりに目が行って、なかなか身に付かないもの。だけど、欠点を欠点と思わず、大切な個性と捉え、自分が持っている素晴らしいと思えるものに意識を向けるの。そして、その良いものが自分自身に、他人に、そして社会に何を与えられるかを考えるのよ。自分や他人を責めてばかりでいては、与えることは難しいわ。仮にできていたとしても、常に自分が与えているばかりで損をしていると考え、疲弊してしまう。クラウス、あなたならこれらのことがすぐに理解できるようになるわ。なぜなら、あなたには無限の可能性が秘められていて、その可能性を広げていくことも私にはわかるもの」

 リューシャの含蓄ある言葉と美しい内面に、僕は再び心を奪われた。そうであるからこそ、彼女の言葉一つ一つを何度も噛みしめ、理解を深めようとする。他人や自分を傷付け、責めることなく、自分自身を受け入れることは可能なのだ。

『無償の愛で自分を包みこむ』

 その言葉は僕を勇気づけ、さらには僕が進むべき方向とその方法を力強く照らした。しかし、リューシャの言葉はそれだけではなかった。広い視点から自己の内面を見つめ返し、受け止めることの重要性をやわらかい言葉で説き、そしてこの僕にも可能性があることを美しい眼差しを添えて伝えてくれたのである。

 彼女が僕という存在を優しく包みながら人生の道筋と指標となる言葉を与えてくれたことに、感謝と尊敬の念を心から感じていた。しかし、それらをリューシャの美しい姿を通して感慨深く受け止めていうちに、いつしか僕の心の奥底が揺さぶられ、彼女に対して邪な好意までもが芽生えていく。その思考の流れが、いかにも浅はかな人間らしくて急に恥ずかしく思えたのだが、リューシャの言葉を思い出し、ひとまずその気持ちがあることを認めることにした。すると、否定しないで受け止めたことがやはり良かったのか、案外と心が穏やかになった。だが、リューシャはそもそも人間では無かった。彼女は人間よりはるかに高い知能と魔力を持ち、畏怖と憧憬を抱かせる崇高なドラゴンであった。

 思えば、彼女はどういった気持ちで、彼女からしたらはるかに下等である人間という生物の口に彼女の口をくっつけたのであろう。いや、彼女にしてみれば、全ての生物に平等に存在する命の美しさを僕の中にただ見出しただけなのだ。僕という固有の存在だからこそ、彼女があの手段を取ったのではない。そもそも彼女はドラゴンとしての役目を果たすために、そして僕に魔力を与える過程で必要があったから、単に魔力の口移しを実行に移したにしかすぎなかった。僕の体内に確実に魔力が注入されるよう、漏れが生じないよう、密閉させるためにあのような手段を取っただけはないか。

 僕はその思考の流れに真実を嗅ぎとると、一個の存在でありながら固有になりきれないことに一抹のさびしさを感じずにはいられなかった。

 「どうしたの、クラウス」

 リューシャが屈託の無い笑顔を見せて尋ねてきた。

 「あなたは僕の心が読めるのでしょう? 僕の心はたった今まで、俗っぽい思考に満ちていました」

 僕は自虐的に返したのだが、彼女は「今は読んでいないの」とやわらかい口調で答えた。今しがたまで考えていたことをわざわざ彼女に伝えれば、彼女は失望するかもしれない。しかし、僕の言葉を契機に彼女が僕の心を読めば同じことと考え、彼女の足元を見ながら率直に僕の幼稚な思考を伝えることにした。

 「その、先ほど僕に魔力を授けた時の行為はご指摘のとおり、人間にとって少し意味があります。ですが、あなたにしてみれば、なんてことのない行動だったのでしょう。しかし、その……」

 僕は彼女からあふれる魅力とあたたかい視線とを感じていた。それでも心やましさから視線を落としたままでいたのだが、彼女を見たいという気持ちはずっとあった。そこでとうとう彼女に視線を向けると、予想していた以上に僕に向かって美しく微笑んでいたため、その優美な姿にまたしても釘付けとなってしまった。

 「僕は……僕は、女性とキスをしたことが無かった。僕は不謹慎で、魔力を授かっている間もふしだらな思考に囚われていたのです」

 彼女は嫌な顔一つ見せることなく、じっと僕を見つめていた。その紫色の瞳は美しい光を放っていた。

 「クラウス、あなたがそう考えたのも仕方が無いことよ。私があなたに魔力を与えた時の行為は、あなたにとって特別なものだと自覚していた。だからこそ、あなたに緊張感を持たせるべく、あえて威圧的に接したんですもの。不謹慎だと言うのであれば、私にも一つあるわ。あなたは男性として美しく、魅力にあふれている。だから、あなたの初めてのキスの相手が私だったということは、すごく光栄なことだと思っているのよ」

 その言葉を受けて、僕は思わず彼女の唇を見つめた。みずみずしくやわらかな、その美しい唇が僕の口に触れたのだと思うだけで、新たな胸の高鳴りを覚えていく。

 風に乗って彼女から甘い香りが漂う。心がそわそわして落ち着かず、まともな受け答えが咄嗟に思い浮かばない。しかし、彼女が高貴なドラゴンであることから、なるべく冷静さを保ち、粗相のないようにしたいという考えもまた、ずっと心の中にあった。

 そこで僕はこの落ち着かない気持ちから何とか逃れようと、ドラゴンとしての普段の生活について尋ねることにした。

「あの、差し支えなければ、ドラゴンとしての生活をお聞きしたいのですが…」

 身の程知らずな質問をしたのではないかと、途端に不安を覚える。

 「そうね、答えてもかまわないのだけど、ドラゴンの日常生活は人間の視点では想像するのが難しいと思うわ。何もかもが人間の生活からかけ離れているんだもの。簡単に説明しようとすれば、喜びと自由に満ちている。それだけよ」

 彼女は絶えずして美しい微笑みを僕に向けていた。そこに優しい気遣いを感じてほっと胸を撫で下ろす。その時、彼女がいきなり僕の顔に手を添え、驚いた表情を見せた。

 「クラウス、あなたはすごいわ。魔力をもう自分のものとしている」

 僕は彼女の言葉よりも、彼女が取っている行動に驚いていた。やわらかい彼女の手が、再び僕のほほに触れている。そのうえ、彼女の顔が先ほどよりも僕に近付いていた。どうにかして平静さを保とうと努めるものの、不穏な緊張を覚えてたまらず固まってしまう。

 ――彼女から離れなくては。

 しかし、僕の心にはとっくに邪な好意が根付いていたのであった。相手は高貴なドラゴンが人間に姿を変えただけであるにもかかわらず、僕はどうしてもその手に触れたくなっていた。そこで、僕は大胆にも彼女の手にそっと僕の手をかぶせることにした。僕の汗ばんだ手が彼女の手に触れても彼女は微笑んだままであり、僕の手を払いのけるような素振りは一切見せなかった。それは彼女からしてみれば、僕の行為が些細なことであり、そうでなくとも手を払いのけないことに深い理由など無いのかもしれないのだが、僕にとっては充分喜ばしいことであった。しかし、彼女に見つめられているうちに気恥ずかしくなり、慌てて手を離して横を向いた。

 僕は雰囲気を変えようと、自然の美しさについて僕なりの意見をリューシャに語ることにした。それは高い知能を持つドラゴンにしてみれば、本当に他愛も無い内容であることは重々理解していた。だが、いざ話してみると、彼女の反応は予想外であった。

 僕が感じていた自然の美しさや逞しさ、完璧さに彼女が優しく同意を示すたびに、彼女から与えられた魔力が僕の中で歓喜とともに舞い踊っているかのような感覚に陥る。それは激しいものではなく、甘美でありながら淡い思慕の気持ちを僕に心地良くもたらすものであった。

「クラウス、あなたとこんな話まで共有できて嬉しいわ」

 「リューシャ、ありがとう。僕も嬉しい。実を言うと、君からもらった魔力が今も僕を優しく包んでいるのが実感できるんだ」

 僕はじっと彼女の瞳を見つめながら、率直に伝えた。彼女も僕をじっと見つめ返す。その美しい顔立ちに再び心を奪われ、途端に胸の鼓動が激しくなっていく。

 風が吹いて彼女から優しい香りが飛んでくる。小鳥が頭上でさえずり、彼女の背後で花が優しく揺れているのがぼんやりと見える。それでも、僕の視線は彼女から一寸たりとも離れなかった。

 僕は彼女の瞳に吸い寄せられるように顔を近付けた。彼女はその間もずっと僕を優しく見つめ、微笑みを絶やすことはなかった。思い切って彼女の顔に触れる。すると、指先から彼女の美しさがしみ込んでくるのがわかった。彼女はそれでも嫌がる素振りを全く見せず、ただ美しい視線を僕に向けていた。

 そのリューシャのほとばしる魅力に惹き寄せられるように、さらに顔を近付けた。そして美しい彼女と非常に近い距離で見つめ合っているうちに、僕の内側からみずみずしい感情が喜びとともにほとばしる。僕はそのあふれる感情に抗うことなくリューシャのほほを優しく撫で、それから彼女の口にそっと唇を寄せた。

 最初は優しく彼女の唇をなぞった。しかし、すぐに胸の高鳴りとともに衝動に駆られ、覚えたての方法で彼女の口の中へと入る。お互いの吐息だけが空間に漏れていく。

 そのキスは少し不思議な感覚がした。どちらかといえば違和感に近いものであったのだが、魔力を持った今、おそらく僕が感じる感覚は今までと異なるのであろう。しかし、ふと自分自身がしている行為に気が付くと、すぐさま彼女から離れて咄嗟に謝った。

 「すみません。僕は……僕は……」

 リューシャはそれでも僕を優しく見つめ、微笑んだままであった。

 「クラウス、あなたは美しいわ」

 彼女は静かにそう言うと、僕のほほに手を添えた。彼女の眼差しに妖しいまでの魅力を感じ、こらえきれずにとうとう彼女を抱きしめる。非常に淡い髪色である彼女の頭にほほを寄せ、彼女の甘い香りや肌のやわらかさに埋もれる。その瞬間、僕の中で何かが弾けた。

 リューシャを再び間近で見つめる。その美しい眼差しを受け、強い衝動が僕を貫いていく。僕はその衝動に抗うことなく、本能の赴くがまま彼女にキスを贈った。思考が飛ぶ。僕は初めて体験していることに興奮を覚えていた。彼女の透き通るようなみずみずしい白い肌を優しく撫でても、彼女はなおも微笑み、僕を受け入れていた。彼女の肌にキスをしながら、その体を優しくさすり、衣類の中へと手を滑らせる。やわらかく、なめらかな肌を感じ取るにつれ、僕の官能的な部分が産声を上げて目覚め、男性としての本能が剥き出しになっていく。

 その時であった。

 強烈な違和感に囚われ、光が激しくあふれる感覚が突如として全身を駆け巡った。そこで僕はようやく我に返り、青ざめながらリューシャから離れた。彼女はやはり美しく、それでいてどことなく官能的な眼差しで僕を静かに見つめていたのだが、僕は内側からくる強い直感に何度も何度も打ち付けられていた。

 「違う、君は本物じゃない!」

 「クラウス、私は本物よ。ここにいるわ」

 「違う、違う! なぜ、なぜ気が付かなかったんだ。最初に君が僕に触れた時と、感覚が全く異なる!」

 僕は静かに僕を見つめている彼女から、咄嗟に背を向けた。

 「うわあああぁぁ……!」

 混乱と恥ずかしさ、そして脆弱な自分への怒りとで半狂乱のように叫び続ける。地面を何度も激しく両手で打ち付けているうちに涙があふれ、愚かな自分を呪ってさらに苦しさが込み上がった。

 「違う、違う! 僕はなんて馬鹿なんだ……!!」

 僕は幻を相手にふしだらな欲望を剥き出しにし、憧れていた快楽に身を沈めようとしていたのだ……!

 なぜ、なぜ、なぜ僕はあんなことを彼女にしたのであろう? あっさりと理性を失い、男性としての欲求に愚鈍に従うと、神聖な存在であるドラゴンが人間の女性に姿を変えただけなのに凌辱したのだ!

 その思考がぐるぐると頭の中を駆け回ると、激しい自己への怒りと嫌悪感から何度も自己の存在を恥じずにはいられなくなった。愚かな自分が許せず、自責と自己嫌悪の沼へ、自ら深く沈んでいく。そのまま虚無感と絶望感にも打ちのめされると、僕はとめどなく流れる涙や鼻水を拭うことなく地面へと突っ伏した。

 僕は惨めな姿を彼女の前にさらしていることも理解していた。だがいったい、今さらどう取り繕うといえよう?

 大馬鹿で愚かな僕には、もはや何の弁明も与えられまい。彼女はおそらく僕が気が付くことを願って、いつの間にか幻に姿を変えたのであろう。しかし、幻だと気が付くことすらなく、卑しくも体を触ってきた僕に嫌悪と軽蔑を抱いたに違いない。いや、それだけではなかった。わざわざ魔力を与えたにもかかわらず、魔力の意味も、彼女の言葉の意味も理解しようとせずに目先の欲求に走った僕に、人間としての愚かさと幻滅を感じたに違いないのだ!

 自責の念と自己嫌悪の底なし沼の中で、臭気を放つ汚らわしい魔物が僕を何度も激しく揺さぶり、嘲笑い、軽蔑して罵る。だが、僕にはもはや無抵抗にそれを受け入れるしかなかった。激しい感情に襲われても、言い逃れすることで自分の卑怯さを際立たせ、よりいっそう惨めな存在になり下がるだけなのだ。後悔という言葉すら与えず、激しく自分自身を憎み続ける。そして魔物に打ちのめされるがまま、身も心もぞんざいに自己否定の沼底へと溺れさせていく。

 ――いったいどれほどの時間が経ったのであろう。不意に辺りの様子が一変したことに気が付いた。

 顔を上げて辺りを見回すと、リューシャの姿はとっくに無かった。そのうえ、あれほどまでに生命力にあふれていた草原や花は枯れ、青々と茂っていた木々までもが薄気味悪く朽ちており、小鳥はおろか虫たちの姿さえも消え失せていた。

 僕は不気味な灰色の空の下で、たった一人取り残されたことを理解したのだが、もはや何の驚きも落胆も感じなかった。

 これが今の僕にふさわしい居場所なのだ。――いやこの場所ですら僕を拒絶するのかもしれない。枯れた草を見ていると、まだ枯れている草のほうが僕よりましに思えてならなかった。

 (お前はまだ生きながらえていたのか、この恥知らずが)

 僕を激しく罵る言葉が棘のように突き刺さる。今やあの魔物は完全に僕を食らい、この汚らわしい抜け殻の体を巣食っていた。不穏な風が吹き付け、辺りを不気味なほど虚無の空間へと飲み込んでいく。

 耐え切れなくなって両膝に顔をうずめる。周囲に生命の気配は全く無いままである。小さな虫すらいないこの場所は死んでいるのだと思うと、僕が生きていることそのものが、この世界に相応しくないことのように思われた。そのうえ、僕がリューシャに取った行動全てがどうしても許せず、いっそこのまま消え入りたいという願いが絶えずして脳裏をかすめる。

 (お前の存在価値など、とっくの昔に失われたのだ。孤独と惨めな姿がお前の真の姿さ)

 僕はその言葉に何の反論もできなかった。

 この僕は愚かなうえに浅はかで、汚らしい欲求に蝕まれた醜い存在であった。そのことが重い真実となって僕を縛り上げ、悲しみや怒りどころか、生きる気力さえも投げ出し始める。それでもリューシャと激しくキスをした感触や触れた肌のやわらかさを突然思い返し、その度にそれが幻であったという事実がさらに追い打ちをかけたため、またしても激しい自己嫌悪から泣き叫んだ。

 この期に及んでなお、僕はまだ汚らわしい本能を捨て切れずに携えているというのか! 

 リューシャに対して邪な好意を抱き、あまつさえあっさりと快楽を求めた自分自身を呪っては、さらに怒りを剥き出しにして何度も何度も自分を責め続ける。汚らわしい僕が存在すること自体が罪ではないか。なのになぜ、僕は罪に対して何もしないでいるのか。

 それからさらに時間が経った。

 いや、時間が経ったという概念さえ、もはや失いかけていた。僕はぼんやりと虚ろな視線で灰色の世界を見つめていた。それでもやはり僕は生きているのであった。

 喉の渇きを覚え、小屋に戻って水を飲みたいという欲求に駆られる。そこで生ける屍となったこの体を引きずるように小屋へと向かい、水を飲むことにした。

 (この期に及んでまだ、生き延びる行為を選択するのか! この愚か者め)

 僕は魔物の言葉になじられながらも水を飲みほした。それから明かりもつけず、無気力にトイレに行く。暗がりの中で手を洗っていると、不意に鏡に映った自分の顔が目に入った。そのぞっとする姿を見て嫌悪感を覚える。荒んだ形相に、涙と鼻水とでぐちゃぐちゃのまま乾いた跡が残っていた。生気を失った顔に恐怖心までをも覚えると、慌てて水をすくって顔にたたきつけた。無心に顔を洗いながらも、僕の惨めさと卑しさが二度と消えることはないのだと受け止めていた。

 再び外に出て、あてもなく地面に座る。水を飲んだことで少し気持ちが落ち着いたこともあり、今さらながら自分が置かれている状況を整理することにした。

 ルトサオツィと再会した後、僕はユリウスの父であるヅァイドに会い、僕が幼い頃にドラゴンと接触していた話を聞いた。そしてイェンスの秘密に関わる話も、同じくヅァイドから聞いたのだ。

 イェンス――。

 懐かしい名前に涙があふれる。ああ、彼は今、どこでどうしているのであろう。ラカティノイアと一緒にいるのであろうか。

 イェンスならきっと魔力を上手に彼自身のものにし、限りなくエルフに近い存在として、その美しい生命を輝かせていくことであろう。いや、彼ならエルフたちも喜んで受け入れるに違いない。その相手がもしラカティノイアなら、こんな僕でも心から彼らに愛を贈り、絶え間ない幸せと喜びとが訪れるように祝福しよう――。

 その時、僕は微かに肌を撫でるような風を感じた。リューシャの言葉がふとよみがえる。

『どんな時でも、自分自身に無償の愛を与えることを忘れないで』

 彼女は確かにそう言った。しかし、本当にそうであろうか?

 僕は恥ずべき存在だ。そんな僕に無償の愛など送れるものか。罪深い僕をそのまま受け入れれば、愚かな僕は再び同じ過ちを繰り返すに違いない。そう考えると僕の心は激しく傷つき、再び悲しみと怒りとで打ちひしがれた。それでも彼女が言った『自分への無償の愛』という言葉は、何度も何度も僕の心に打ち寄せた。

 僕はその度に、僕には受け取る資格など無いのだと打ち消すのに躍起になった。そして僕がリューシャに取った行動を思い出しては途方も無い感情に襲われ、またしても絶望の中に堕ちていく。そのうえ、僕の中であの魔物がいっそう僕を罵って嘲笑い続けるので、たまらなくなって膝を抱え込む。

 それでもリューシャの言葉は、僕を強く捉えて離さなかった。

 『どんな時でも自分を受け入れ、無償の愛を与えることを忘れないで』

 そうだ、僕は惨めで馬鹿で愚か者だ。そんな僕が存在したっていいじゃないか。僕はこの先もずっと孤独で、万一ここから出られたとしても、他の誰からも愛されないのだ。それならば、せめてもの慰めだ。僕が、この恥ずべき存在の僕が、このままで存在することを認めてやろう。じたばたと見苦しく生き延びてやろう。何もかもかなぐり捨て、今の僕をこのまま受け止めてやろうじゃないか。

 すると不思議と心が和らぎ、あれほどまでに僕を支配下に抑えていた魔物が急に鳴りをひそめた。僕は驚きと警戒心から、そもそも短絡的で自分に甘いからではないかと再度責めなじった。すると魔物が隙を伺って僕を見るのだが、僕はリューシャの言葉をはっきりと覚えていた。そこで思い悩んだ結果、思い切って心が軽くなったほうの思考を選ぶことにした。

 甘やかしたっていいじゃないか、どうせ僕は独りだ。

 心が再び軽くなっていく。問題と向き合おうとせず、ただありのままの自分を認めることは現実逃避なのか、それとも救いの道なのか。

 自分を責めず、ただ自分を受け止めることだけに注意を向ける。それでも時折、自責の波に押し返されそうになり、そのたびに意志の弱い自分自身を責めてしまうのだが、それすらも許してひたすら自分自身を受け入れ続ける。

 ふと気が付くと、足元に非常に小さな虫が飛んでいるのが見えた。僕はようやく生命の輝きに再会した喜びから、その小さな虫を愛でるようにじっと見つめた。その虫は忙しなく飛び回っており、自由気ままに動いていた。

 「君は小さいけれど懸命に生きていて、美しい世界を愛しているんだね」

 僕は喜びのあまり、思わずその小さな虫に話しかけた。虫が言葉を返すことはもちろん無かったのだが、その虫が飛んでいる場所さえ愛おしく思われた。僕が捕まえれば、簡単に命を落としそうな虫にも美しい命がある。今までなら気にも留めなかった、その小さな羽虫のたくましさと自由な飛行能力を、僕はただ眺めていた。気のせいか辺りが明るくなり、徐々に草花が青々とした生命力を取り戻していくようである。ほほを撫でる風も、どこか心地良い。

 いったい、あれからどれほどの時間が経ったのであろう。

 心が少しずつ穏やかになってくると急激に空腹を覚え、小屋に食料が無いかと探してみることにした。小屋には冷蔵庫が備え付けてあった。そこに一縷の望みを託して冷蔵庫の中を確認する。すると、卵とベーコンと野菜が入っていた。僕はまるで宝物を発見したかのように歓声を上げ、早速調理しようと食材を取り出した。その時、パンがテーブルの上のかごの中に入っているのが目に入った。そのパンはやわらかそうで、少なくとも日にちが経ったもののようには見えなかった。

 改めてこの場所に疑問を抱く。いったい、ここはどこなのであろう。このパンも食材も幻なのであろうか。

 それでも僕は簡単に調理すると、食欲を抑えきれずに無心で食べ始めた。幻であろうとなかろうと関係ない。食べているうちに、生命そのものを食べているのだという考えがあふれ出し、僕の血となり肉となる食材への感謝の気持ちが止まらなくなった。僕は『生きる』ということに対し、結局執着していることに気が付いたのだが、もはやそのことを責めることはしなかった。それどころか、美味しいものを食べたことによる喜びを再び感じると、僕という存在も許されるのではないかとさえ思い始めていた。

 あれほどまでに苦しい思いを自らの愚かさから招いた僕でも、今ぐらいはこの感謝の気持ちとともに食事を楽しもう。

 食べ終えて満腹感を覚えると、今度は睡魔に襲われた。部屋の中にはベッドがあり、誰かがしつらえたのか、寝具もきちんと整えられていた。僕は清潔なシーツに感謝しながら靴を脱ぎ、そこに横たわった。全身をやわらかくあたたかい感触のベッドに投げ出したことで、安心感にくるまれる。それはかつての僕が何度も体験してきた、最高の幸せでもあった。その幸せに身を委ね、ささやかな喜びを胸の奥に大切にしまい込む。僕はようやく落ち着いた状態で休息を得たのであった。

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