第3話 起動

先ず、近くにある説明書を取り出し、軽く目を通して見ることにした。


ふーん、と、ん。


薄い説明書の表に『ユリカちゃんって呼んであげてください』と、五センチ程の大きさの文字が書かれている。


少し、拙い雰囲気の筆跡で、何となく十代前半の女の子が書いたような感じだった。


ふと、小学生と話すアンドロイドを想像し、『ユリカちゃんか、可愛い名前だね』と、聖母のような笑みを零す。


そして、ペラリと、ページをめくると、先程していた妄想が、大量の文字によって、埋め尽くされた。


私は、こういった説明書や教科書などでよく見かけるビッシリと敷き詰められた文字列が苦手だった。

もしこれが、この子についての記載でなければ、直ぐに目をしかめただろう。


そう考えると、改めてこの子の効力は、その存在だけでも凄いのだと実感させられる。

改めて文字を眺める。


『現在、アンドロイドはスリープモードです。

手を三分ほど握ると、電源がONになります』


へー、なんか童話チックだねー。

私の脳裏に、キスで目覚める白雪姫が浮かんだ。


て、お、図解もある。 人の熱と静脈の動きに反応して電源が……


ふと思う。こう淡々と論理的に説明されると途端に、冷たい印象を受けるのはあるあるなのだろうか、と。もし私だけだとすれば少々心細い。


当然ながら、私の頭には結構難しく、よく分からないまま読み終えたが、テクノロジーで凄いという感覚を抱いているためか、心の熱はそのままだった。


さらに図解を眺める。


ほーん、包み込む風に握ると。なんかエロティック。

そして、ペラリとページをめくる。


目覚ましモードは、音声コントロールで選択可能。

お! 囁きモード、布団剥ぎモード、大声、姉御系に妹系、さらにフライパン叩きまで……面白そうなのがいっぱいあるじゃん!


さらに、話しかけモードのオンオフに、おやすみの掛け声のモードまで。

素晴らしい。


ふと、説明書の文字に沿ったシチュエーションを思い浮かべ、ニヤリと危ない笑みを零す。


とはいえ、一応ここまでの情報は、YouTubeの視聴にて収集済みだ。

けど、こう改めて見ると、また違った興奮を感じられる。


目の前にあるからだろうか。


少なくとも、届く前は『八万円だ。あまり期待するな』という、過度な落胆を防ぐために、心の兵隊が忠告を出していた。

それも、理由の一つとしてあるのだろう。


そして、説明書を見たあとの心境はというと『ホントに、八万円で買って良かったのだろうか』という、ちょっと背徳感めいたものと『もう買ったのだから、気にすることもない。寧ろ、八万円でこんな凄いものが買えたことに感謝するべきだ』というアンビバレンスなものになっていた。


説明書を読み終えると、次にGPSが付いてないかを確認するために、丁寧に身体を起こして触診していく。

あくまで、GPSが付いていないかの確認をするために念の為に、ね。 付いていたら、大変だからな色々と。などと、言い聞かせながら。


そこでふと一昨日聞いた友人の声を思い出す。

もし酷い傷ついてたりしたら、怖いなあ。

いや、余計なことは考えない。


全身をくまなく調べ終わると、私は溶けそうになっていた。


傷は付いていないどころか、肌はひんやり、サラサラで、柔らかく、いい匂い。

途中、本物の人間に触れているような感覚に陥った。


あー手に力が入らない。手がふわふわしてる。

罪悪感もすごいし、ヤバいなー。

ロボット相手なんだけどな。


そして、数分後、念の為に箱も調べた所で、起動を試みる。


こうだったね。うぐぐ……。さっきの事があってか、ちょっとした後ろめたさを感じる。ロボットなのに。


一応、説明書を確認しつつ、図解通りに細く、白い手の平を恐る恐る、包み込むようにして握る。


相変わらず、どういう造りしてるんだか。


本当、不思議な気分だ。


アンドロイドの手を握ってるだけなのに、手汗がヤバい。

そして、この流れるような美しい曲線。 悔しいことに、私や友達の手が、劣化品に思えてくる。


故障の原因にもなりかねないから、後で拭いとかないと。


胸の音のみが響く静寂が、部屋を満たした時、先程までのひんやりとした肌触りは、仄かに暖かい人の手へと変わっていた。


すると、ピピッとハイテクな電子音が静寂を破る。


あっ! と声を上げ、ビックリする私。


アンドロイドユリカは、何事も無かったかのように「おはようございます」と、発する。

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アンドロイド美少女・ユリカ、揺籠を破る。 とm @Tugomori4285

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