第二十七話 ダブルデート③
ツンデレについての話の後、しばらく雑談を交わしてカフェを出たわたくしたちは、アンナ嬢の選んだデート場所を色々と回った。
例えば小川のせせらぎの聞こえる森の中だったり、はたまたとある町にある大劇場だったり。
小川をただじっと眺めるのも、暗い劇場の中で恋愛劇に見入っているふりをしながらアンナ嬢やレイフ様、それにヒューパート様の反応をこっそり盗み見るのも、なかなかに楽しかった。
「さあ、お次は今回のダブルデートのメイン。街での買い物を楽しみましょう!」
王都に次ぐ二番目に人口の多い都市に、貴族御用達の高級商店街があるという。
劇場のある町から馬車で一時間ほどでその街に着いた。
商店街の入り口に馬車を停め、御者や護衛たちを残して四人で商店街へと足を踏み入れる。
人通りは少なく、とてもひっそりとしている。商家の夫人や貴族の子女らしき姿が数人ちらほらと見えるだけだ。
「ジェシカ、その、何を買うんだ」
「それは見てみないとわかりませんわね。あの、よろしければヒューパート様、一緒に選んでいただいても……」
ヒューパート様に尋ねられ、少しは距離を縮めるべきかと考えてそうは言ってみたものの、すぐに首を振った。
「失礼いたしました。ヒューパート様を煩わせようなど、出過ぎた発言でしたわ。ヒューパート様もぜひこの買い物を堪能してくださいませ」
小声で言ったので、少し前を行くアンナ嬢たちには聞こえていないはずだ。
ヒューパート様は曖昧に頷き、何か言いたげな視線を向けてきたが、それ以上何も言うことなく黙り込んでしまった。
――むしろ今の発言の方がヒューパート様の不興を買ってしまったのでは?
しかしその原因が思い当たらず、首を傾げる。
そうしているとすぐ「ジェシカ妃殿下、良さそうなお店があるわ!」とアンナ嬢が呼んできたので、あまり深く考えることはできなかった。
「今日はジェシカ妃殿下のお誕生日なのですもの! わたくしからお贈りするに相応しいものを探さなくてはね」
「とか言いながら自分好みのものを買うつもり満々じゃないか、アンナ」
「そりゃあせっかく来たのですもの、私の分だってあっていいでしょう。例えばこのルビーのブレスレットとか――」
レイフ様と楽しげに話しつつ、アンナ嬢は張り切って買い物に勤しんでいる。
ヒューパート様は興味なさげにわたくしに付き合ってくださっている……かと思いきやそうでもなかった。
何かを探すように店内の至るところに視線を彷徨わせては唸ったりという、正直なところ奇行にしか見えないことを繰り返しているのだ。
「何か気になることがおありですの、ヒューパート様」
「あ……いや」
わたくしが思わず尋ねれば、しばしの沈黙の後に気まずそうに顔を背けられてしまう。
彼がこういう態度を取る時はわたくしに対し不満を抱いている場合が多いのだが、今までの言動を振り返ってもそれほど不快に思われるようなことは口にしていないはず。
ということは別の理由があるのだろうかと考えた。
「お疲れでしたら休まれた方がよろしいのではございませんか?」
「疲れてもいないから気にするな。お前は心置きなく楽しんでおけ」
そう言われても、気になるものは気になってしまうのだけれど。
しかしわたくしは「承知しました」と静かに頷いた。
もしかすると単に考え事をしていたとかいうことかも知れない。何にせよ、さらに追求して掘り下げるのは無益だと考え直す。
そして近くの棚に置かれていたシンプルな装飾の金のイヤリングを手に取ることで、棘のように胸に残った疑念を誤魔化した。
「これなんて素敵ですわね。普段使いには最適でしょうし」
「ふん、それか。……似合わないわけでは、ないだろうな」
独り言のつもりが、意外にもヒューパート様からの意見があってわたくしは「あら」と呟いた。
似合わないわけではない。ちょうど一年前の誕生日にドレスとネックレスを贈られた時にも似たようなことを言われたが、それが褒め言葉であろうはずもなかった。
しかしそれがわかっていながらわたくしはあえて楽観的な解釈をしようと努める。
――これはきっとヒューパート様からの最大限の気遣いに違いありませんわね、と。
「ありがとうございます。では、購入させていただきますわ」
そしてわたくしがそんな風に言ったのとほぼ同時。
「ジェシカ妃殿下!」と声がして、アンナ嬢がわたくしを呼んだ。
行きましょうという意味でヒューパート様に目を向ければ、彼は無言で首を縦に振り、そっとわたくしの腕を取る。
二人で並んで歩き、店の奥まで向かえば、そこにはショーケースを指差すアンナ嬢の姿があった。
「見てちょうだい、これ。綺麗だと思わない?」
立派なショーケースの中に並べられているのは、黄金と紅、色違いの二つの扇。
装飾はとても華やかで目を引く。派手好きのアンナ嬢が好みそうなものだ。
「この金の扇の方、わたくしとレイフの合同の誕生日プレゼントという形でジェシカ妃殿下にお贈りしたいという話になったのだけれど、よろしいかしら。ちなみにこちらの紅の方はわたくしね」
「まあ、お揃いですの。嬉しいですわ」
自慢げに「いいでしょう」と笑いながら、アンナ嬢は店員を呼び、扇二つとわたくしのイヤリングを買ってくれた。
こうして無事に一軒目の買い物は終了。一旦店を出て、次は隣にある靴屋へ入ることに。
わたくしたちの買い物デートは、夕刻になるまで続いた――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
扇にイヤリング、他にはハイヒールや寝間着、軽く羽織るショールなど。
少し贅沢に買い込み過ぎたかしらと思い返しながら、わたくしは馬車に揺られていた。
けれど後悔はしない。色々な店に立ち寄り、アンナ嬢たちと言葉を交わすなどしながら、真剣に買うものを選びながら過ごす時間は非常に楽しいものだった。
それに何より、ヒューパート様がいつもより口数が多かった気がするのだ。
口数が多いと言ってもその内容は大したものではない。「はしゃぎまくりだろう」と呆れられたりという程度だったが、それでもヒューパート様の方から言葉をかけてくださるのは珍しく、確実にこのダブルデートを通じてぎこちない関係は和らいできたのではないかと思える。
……とはいえ、まだ到底彼の笑顔が見られそうにはないけれども。
「もう夜ね。このあたりに有名レストランがあるの。ワインも美味しいって評判なのよ」
「楽しみですわ」
というわけで、ディナーはハパリン帝国第二の都市の一角にある料理店に決定した。
「本当にそういうことに明るいんだな、ヴェストリス侯爵令嬢は。私も全く……」
「僕もですのでご安心ください、皇太子殿下。いつも彼女にリードされっぱなしですよ」
「そうなのか。素敵な令嬢だな」
「ええ、自慢の婚約者ですとも」
一方、ヒューパート様とレイフ様も和やかに言葉を交わしている。話題は主にアンナ嬢について。
アンナ嬢は本当に素晴らしい方だから、レイフ様が誇るのは当然だ。
アンナ嬢がいなければ今回のデートは計画されなかっただろう。わたくしとヒューパート様がこうして共に外出するということさえ実現できなかったかも知れない。アンナ嬢さまさまだった。
「わたくしのために手を尽くしてくださってありがとうございます、本当に」
「いいのよ感謝なんて。むしろ私の方が喜んでいるかも知れないくらいなんだから。――ああ、そろそろ着くわよ」
その時ちょうど、赤と白の灯りで彩られた店の前で馬車が停まった。ここが有名レストランなのだろう。
店内に入ると、少し金持ちの平民の女性やら羽振りの良さそうな商人夫婦の声が聞こえてきた。二十ほどあるテーブル席のほとんどは埋まっており、一つ残っていたところに腰を下ろす。
注文し、出てきたのは程よく焼けた肉にソースがかかった料理。他にもフルーツを山盛りにした皿もあれば、乳白色のスープらしきものもあった。
王城で出される料理に比べれば豪華ではないものの食べ応えがありそうだ。そしてワインからはとても良い香りがした。
「ジェシカ妃殿下のお誕生日を祝して、乾杯!」
音頭を取ってグラスを掲げたるアンナ嬢。
ワイングラスが鳴り響き、それぞれがワイングラスを傾ける。そしてそのあと、口々に料理を口へ運び始めた。
他愛もない会話をしつつ、食事を口いっぱい頬張る。
酒の味はとても甘美で全身に染み渡るようだった。
しかしその一方でわたくしは静かに今日一日を振り返っていた。
ヒューパート様との険悪な関係を解きほぐす。それはアンナ嬢のおかげもあってできた。けれどカフェも劇場も、そして買い物も、たくさん付き合わせてしまったとも思う。
ヒューパート様は一体どのように考えながら過ごしていたのだろう。そのことが少し気になったが、訊くわけにはいかず少しもどかしい。
もしも本当は不満に思われていたりしたら――そんな考えは、ワインで洗い流す。
和やかにディナーは進み、ワインを飲み終えて残すはフルーツの皿のみとなった頃のこと。
ヒューパート様がこちらをちらちらとしきりに見つめ始めた。
何か言いたいことでもあるのだろうか。口周りにソースがついているというはしたないこともないし、何か失言をしたということもないはず。
ではなぜ、と目で問い返せば、彼はまるでたった今言おうと思いついたかのように言った。
「そうだった。ジェシカ、渡したいものがあるのだが……」
渡しておきたいもの。
そう言われて思わず、わたくしは「あっ」と声を漏らした。
そういえばアンナ嬢とレイフ様で合同のプレゼントはもらったものの、ヒューパート様からはまだ何もなかったことを思い出したからだ。
買い物の楽しさで今の今まですっかり忘れていた。今年こそは昨年よりもう少しマシな贈り物を渡していただきたいと、そう思っていたというのに。
「これだ。受け取ってくれ」
まっすぐわたくしを見つめている――ように見えて、微妙に視線を外しながら、懐から何やら取り出すヒューパート様。
それは赤金の包装紙で包んだ小さな何か。そしてその小包の中身はというと……。
「香水、ですの?」
買い物を楽しんでいた時、お手洗いだと言ってヒューパート様がわたくしたちから離れた時があった。その時に買ったに違いない。
その香水は淡白ながらも上品な香りがすると噂のもので、欲しくても取り寄せるにはかなりの時間を要するほどの貴重品。それをわざわざ店頭で見つけて買ってきてくださるなんてと目を丸くせずにはいられなかった。
もちろんこの香水の貴重さについてヒューパート様が知っていたとはあまり思えないけれど、それでも。
「ありがとうございます、ヒューパート様。とても嬉しゅうございますわ」
ヒューパート様は「そうか」とだけ言って黙りこくってしまう。
想い人でもない女性に贈り物を喜ばれ、複雑な心境なのかも知れない。それなら香水以外をプレゼントにすればいいのにと思わないでもないが。
「良かったわね、ジェシカ妃殿下。あなた本当に愛されていて羨ましいわ。ねえレイフ?」
「僕も充分アンナを愛しているつもりなんだけど」
「ええもちろん。でももっともっと愛してほしいのが本音かしらね」
こちらをダシにして惚気る二人はなんともお気楽だと、わたくしは思った。
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