第二十六話 ダブルデート②

 店内にはすでに数人の客がいて、一人で優雅にお茶を飲みながら読書をしたり、恋人同士でベタベタしていたりと満喫している様子だった。

 一見平民に見えるような装いをしているが、貴族がお忍びで利用する店として有名というのは本当らしく、見覚えのある顔ばかり。彼らは入店したわたくしたちに気づいてギョッとしていた。


 それはそうだ。持っている中でできるだけ控えめな衣装を選んだとはいえ、わたくしもヒューパート様も特に変装をしているわけではないのだから、皇太子夫妻だということはすぐにバレる。

 とはいえ、今はお互いお忍び。それがわかっているので誰も話しかけてこず、面倒ごとにはならなくて済んだ。


 そのことにわたくしがこっそり安心して一方で、ヒューパート様がぐるりと店内を見回しながら言った。


「このカフェ、内装も可愛らしいし香りもとてもいいな。確かにお忍び先に好まれるのも頷ける」


「その通りですわね。とても素敵な場所だと思いますわ」


「そうでしょうそうでしょう? こういうところでお茶したりすると楽しいのよね。耳を澄ませたら恋人たちの熱烈な声が聞こえてきて……。ああ、もちろんこうしてデートとして立ち寄るのもいいけれど」


 うっとりと微笑むアンナ嬢に、「アンナはそればっかりだから困る。僕や皇太子殿下たちのことも忘れないでほしいんだけど?」と苦笑するレイフ様。

 そうこうしているうちに店員がやって来て、わたくしたちは四人掛けのテーブル席へ案内され着席した。


 店員に注文を聞かれ、アンナ嬢とレイフ様はほのかな酸味が特徴的な紅茶を、わたくしたちはカフェの人気メニューであるという甘い蜂蜜茶を、そしてデザートは各自の好きなものを頼むことに。

 そうして四人きりのティータイムが始まった。




「うん、なかなか美味しいわね! さすが人気の店だけあるわ! はいレイフ、半分こしてあげる」


「ありがとう」


 わたくしたちの目の前で、一つのケーキを分け合いながら、ベタベタと寄り添うアンナ嬢とレイフ様。

 それに対しわたくしとヒューパート様は、ただ静かにお茶とデザートを味わっていた。


「ジェシカの好みはそのビターチョコレートのケーキなのか?」


「ええ、そうですわ。苦味と甘みのバランスがちょうどいい具合でとても好きですのよ。ヒューパート様もお召し上がりになりますか?」


 他に話題が思いつかず、そんな風に言ってみる。

 しかしすぐにスッと目を逸らされてしまった。


「……いや、いい。たっぷり味わえ」


「はい、承知いたしました」


 わたくしが口にしたものなど食べたくないということだろうか。確かにあまりに無神経な行いだったと反省すると同時に、じりじりとした焦燥感に苛まれていることを自覚する。


 ――もっと落ち着いて、肩の力を抜いて楽しまなければ。そう先ほどヒューパート様に申し上げたばかりではありませんの。


 わたくし自身が余裕を欠いてどうするのだ。そんなことでは、不快に思われるような言動をしてしまいかねない。

 かと言って、黙ったままというのはあまり望ましくないだろう。注文したチョコレートのムースケーキに目を落としながら、どうするのが最適解だろうかと考えていたその時だった。


「ジェシカ妃殿下、楽しんでいらっしゃる?」


 もしかするとわたくしの内心の戸惑いを悟られたのかも知れない。

 レイフ様に身を寄せ合ったままで、しかし視線だけはわたくしへ向けて、にこやかにアンナ嬢が話しかけてきた。


 わたくしはなるべく平静を装って「もちろんですわ」と答えたが、それが強がりと見抜かれたかどうかはわからない。

 次に何を言われるかと身構えていたものの、次に彼女が発したのは予想もしていない、拍子抜けしてしまうような言葉で――。


「そうそう。カフェで思い出したのだけれど、最近読んだ恋愛小説で面白いのがあったのよね」


 一瞬沈黙してしまってから、頷くのがやっとだった。

 突然何を言い出すのだろう。何の脈絡もなさ過ぎる。それとも内心を悟られたなんていうことはなく、ただの考え過ぎだったということなのか。


 しかしアンナ嬢の笑みには何か意味がある気がするのだけれど。


「内容はいかがでしたの?」


 訊いてみると、アンナ嬢は目を爛々と輝かせて語り出した。


「ヒロインは『社交界の華』と呼ばれる令嬢。そしてヒーローは冷徹と名高い公爵。

 実はヒーローは『社交界の華』のことを強く想い続けているのに、ヒロインの気持ちを考え過ぎてしまってどうしても告白できないツンデレなのね」


「――――」


「でもヒロインから誘われて一緒にカフェへ行かざるを得なくなって……そこでこれでもかというくらいすれ違うのよ! 褒めているつもりが口下手で逆に受け取られてしまったり、ヒロインが好意を伝えようとしているのに気づけなかったり! もうなんというか、じれじれでキュンキュンで、最高にやきもきしてしまって仕方ないの」


 いつになく饒舌なアンナ嬢へ、レイフ様が生暖かい目を向けている。


 アンナ嬢にとって、その恋愛小説はさぞ面白いのだろう。

 ツンデレ。口下手。じれじれ。……確かに彼女が好みそうな言葉ですわね、とわたくしは思った。


「あら、そうですのね。それはとても面白そうですわね」


「そうでしょう? ツンデレはいいわよ、ツンデレは。――そうは思いませんこと、皇太子殿下?」


「――っ」


 急に話題を振られたせいか、それまで沈黙していたヒューパート様が目を見開き、椅子から転げ落ちそうな勢いで驚いていた。

 もしかするとろくに話を聞いていなかったのかも知れない。彼が恋愛小説なんていうものを好むはずもないのだし。


「ツンデレ。ツンデレ、か。そうだな、だが私はそのツンデレとやらはあまり好かなくてね。心配をし過ぎて全て裏目に出たり、相手を貶すように聞こえる言葉ばかりを吐くのだろう。失敗に失敗を重ね、なおも失敗する。女ならまだ可愛げがあるが、そんな男のどこがいいのか、私にはわかりかねるな。……本当に、どうしようもない愚か者だ」


 と思っていた矢先、ツンデレへのとんでもない酷評が飛んできた。

 ツンデレに親でも殺されたかのような言い分に、今度はわたくしが動揺してしまう。


「そこまでおっしゃらなくてもよろしいのではありませんか、ヒューパート様。あくまで恋愛小説の中のお話なのですし……」


「いいのいいの、好みは人それぞれだものね。レイフはどう思う?」


「そこでどうして僕に意見を求めるかな? この状況で最高にコメントしづらいんだけど。ああ、妃殿下はどうです? ツンデレ、お好きですか」


 好きかどうかと聞かれても困る。

 読んだ恋愛小説の中でツンデレはあまりいなかったので、概念としてくらいしか知らないのだ。

 けれどスルーというわけにもいかないので、淑女の笑みで答えておいた。


「悪くはないと思いますわ。むしろ可愛らしいかと」


「かわい……っ!?」


 ヒューパート様がわたくしをぎろりと睨みつけながら小さく叫ぶ。答えを間違えたかも知れないと思ったけれど、今更だった。

 一方でアンナ嬢はその笑みを一層深め、とても楽しそうだ。


「ふふふ。そうよね、ツンデレは最高に可愛いわよね。うんうん、わかるわ」


「……アンナ、ほどほどにしないと僕も怒るからね」


 そしてレイフ様はやはり苦笑混じりの困り顔で、わたくしとヒューパート様を見つめていた。


 これはきっと何かある。そこまではわかっていても一体彼らが何を企んでいるのかがわからない。

 そのことがなんというか、むず痒くてたまらなかった。

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