夫婦会議
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里美の胸の中を巡る、自分ではどうしようもできない思い。
まだ誰にも打ち明けられずにいたその現実を修二に伝える時がきた。
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里美はその日、以降は心ここに在らずの状態だった。
帰りの車内では外を見つめたまま、後ろでは子ども達の賑やかな笑い声だけが広がりそれがどこか気を紛らわせてくれている様に思う。
「今日、何かあったか?元気ないな。」
「ちょっと色々とね…帰って落ち着いたら話したい事があるの。」
「何?良くない事じゃないよな?」
「良い事かもしれないよ。」
里美は運転する修二を見つめると、隣に座るこの人を心から愛しているのだと改めて感じる。
再会した頃はまた恋人同士になるなんて事は考えてもいなかったのに、離れていた期間の修二の決意は生半可なものではなかった。
その結果、互いに再び愛し結婚し、子どもまで授かった相手以外の男との子どもを作るという現実が控える今、自分の心をどう整理するべきなのか考える。
「サンタしゃん、おーくんのとこきてくれるかなー?」
「あーたんは、あいしゅ、いっぱーいくださいしゅるの!」
「しぇんしぇーがね、しゃんたしゃん、パパにはこないって…」
「そうだよ?大人には来ないの。」
「ママも?」
「そうだな。でもママはいつも頑張ってるから来るかもな。」
「ママもしゃんたしゃん、くるよ!」
最近の子ども達はサンタさんの話題で持ちきりだ。
こんなにも楽しみにしているクリスマス、寒さ厳しい今年の冬はどんな思い出ができるだろうか。
…
「ほーら、ゆーちゃん!あとちょっとだから頑張って食べちゃお?ねんねしないでー」
「優梨はもう限界だな。俺先にこの二人、風呂入れてくるよ。」
相変わらずマイペースな優梨。
食の細い三人の中でもより食べずのんびり屋、三歳を越えても食事中に船を漕ぎ眠りについてしまう事が度々あった。
それも日中、保育園で頑張っている証なのだろう。
その隙に自分の食事を進めるが、どうしても頭から離れない例の事。
家族である以上伝えない訳にはいかず、手紙に書かれていた指定の日は年明け、既に三週間を切っていた。
帰宅後の慌ただしい時間を終え、寝室で子ども達を寝かしつける。
「もうねんねしようね、愛梨はいい子ですってサンタさんに見てもらわないといけないんじゃないの?」
「しょだ!しゃんたしゃん!」
里美はサンタさんの力を借りつつ寝かしつけを終えると、このまま寝落ちしないうちにリビングで仕事をしている修二の元へと向かう。
…
「お疲れ、あいつら静かに寝た?」
「サンタさんに良い子な所みて貰わないと…って。そろそろサンタさん効果も終わっちゃうわね。プレゼントは本当にアイスでいいのかしら?」
「しかしあの盛り上がり様は何なんだろな。そろそろうちにもサンタさんか…プレゼント用意しないとな。」
これまで賀城家の子ども達にサンタがやって来た事は無かった。
それでもこの年齢になれば保育園の友達やテレビなんかから情報を得る様になり、三人もそのワクワクした思いを溢れさせていた。
「ちょっと話いい?」
「あぁ…実は俺も桃瀬に言わなきゃいけない事がある。」
里美の心が大きな不安に締め付けられる。
未だ不安定な部分がある里美への配慮は必要であり、修二のその気遣いに本人も気づいていた。
「修二くん先にいいよ、話して。」
「桃瀬が…たぶん桃瀬の話が先の方がいい気がする。」
「わかった。」
里美は目を閉じて言葉を紡ぎ、修二はその言葉を黙って聞いていた。
「今日、SHB研究プログラムの手紙を貰ったの。私が来年度の対象者になったみたい。それで年明けから身体検査が始まるって。」
年に一度公開される翌年度の研究対象者リスト、その中に自分の名前が含まれていたことを伝える。
対象者となった場合、単身者はまだ良いとして、既婚者の場合は夫婦間の生活問題が発生する。
「そっか…桃瀬も該当か。実はさ、俺もなんだよ。」
「そうなの?修二くん、やっぱり受けるのよね?」
「仕方ないよな。俺らの場合は拒否できないし、男の俺はその…出す側だからそこまで負担ないっていうか。」
SHB研究プログラムとは、より安全で健康、希望に沿った妊娠出産を行うための研究プログラムのこと。
個々の体質、疾患、目の色や髪の色等、様々な組み合わせによりどのような違いが発生するのか、そのデータはこの世界中に存在する組織の関連施設にて活用される。
国家規模での研究が始まり半世紀、現在では世界規模のプログラムとなっていた。
その中でも当国は優れた結果を残しており、その検体や詳細データを欲しいがあまり争いが発生する程の世の中となっていた。
「そうなるとうちも色々と変わるって事だな。子ども達にも影響あるだろうし。だが俺らの関係は変わらないよ、そこは割り切っていこう。」
「割り切れる?私、修二くんじゃない男の人とエッチして、それも妊娠するまで続けるんだよ?何とも思わないの?」
「何も思わないわけないだろ。だが、この組織に所属した時にはいつか来るだろう事は分かってたし、あの時同意書だって提出した。誰もが可能性のある事だ。」
「だけど…あの頃とは色々状況が違うもの。」
納得のいかない表情を見せる里美だが、修二はその決定事項にいくら反論してもどうにもならない事をわかっていた。
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