煌めきの記憶

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一人苦しむ里美。

それでも修二の存在で一気に落ち着きを見せる。

そして修二はこの家での様々な事を思い出していた。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

こうなった事は幼少期の潜在的な不安や恐怖心が原因と言われていた。

そして人から見られる以上に実は神経質で真面目。

なのに、見過ごされて来た発達障害によりそれらを達成できない葛藤や苦しみ、そして修二への依存はこの年齢になって思わぬ形として心身へ影響を与えた。


里美の震える手から玉ねぎが落ち、床へ転がった。

少しでも新鮮な酸素を取り入れたい思いから外へ出ると、ベランダに置かれたイスに上半身を預け床に座り込む。

パーカーのそでを口に当てると修二の香りがし、頬を伝い始めた涙がパーカーに落ち色を変えた。



「たらいまー!」「まー!」「…いまー!」


グズグズと泣く娘一人以外の声が元気に響き渡る。

だが何か作業をしていた様子が見られるキッチンに里美の姿がない。


「桃瀬…?ただいま、皆帰ったぞ?」


返事のない室内の違和感、部屋の奥に進むとリビングの窓が開いている。

修二は一瞬最悪の事態を想像しつつ、腕に抱いていた泣き顔の愛梨を床に降ろしベランダへ向かうと、そこには里美の姿があった。


「大丈夫か!何やってるんだよ。」

「心配しないで、いつもの発作だから。」

「心配しないで済むかよ…一人にして悪かった。」


外にいた里美の姿を見つけた瞬間、正直良からぬ事を想像していた修二。

一人にすればこうなる事は安易に想像できたはずだ。

だが里美の言うがまま留守を任せたことに強い後悔を覚え、今のこの状況が思っていたよりも良くないのだと改めて思い知らされた。

そして、きっと里美のこの発作とは今後長い付き合いになるのだろう。


かつてもそういう状況は目にして来た。

状況は様々だったが、一番初めに里美のそんな状況に出会したのは大学時代、二人が別れの道を選んだ直前のことだった。

周囲には意外に思われてばかりだったが別れを告げたのは里美の方であり、寧ろ修二の方が振られたような状況だったのだ。



落ち着きを取り戻した里美は室内へと戻る。

修二は作業途中のままのキッチンで料理に集中していると、今後の生活の事について考えていた。

この家に居ると今後、様々な事を思い出すだろう。

酒に酔った里美を送り届けたあの日の夜のこと、数少ないケンカした日の里美の泣き顔、子どもが出来たと打ち明けられた日のこと、激しく愛し合った夜のこと。

煌めく様な数々の思い出と記憶が次々と蘇っていた。

良い事、悪い事、この部屋には思い出がありすぎる。

だが心機一転、修二は新たな環境での生活も悪くないと思っていた。


「夕飯できたぞ。三人とも手洗ってこいよー」

「愛梨も手洗おうね、ご飯だからおもちゃは終わりにしようね。」


その場に残った里美がおもちゃを箱に片付けていると、ふと顔を上げたと同時に視線が合い、久しぶりの笑顔に修二は心が晴れた。

家族のそれぞれが問題を抱え、特に子ども達の発達については気掛かりだったが、何の不安や問題も抱かない人間などいるのだろうか。

寧ろそれが自然な事なのだと思えば、この家族だって共働き夫婦とその元に生まれ育つ三人の子どもと言うだけだ。


「それでは、いただきます!」

「きまーしゅ!」

「ゆーりの、ほーくないの?」

「あるよ、はいどーじょ!」

「あーとぉ(ありがとう)」

「おちゃ、ちょーだいな!」


修二の掛け声に合わせた子ども達の元気な姿、里美は自分の居なかった期間の様々な成長を感じる。

兄妹でコミュニケーションも取れるようになり、個々の発達はかなりゆっくりでもきちんと成長しているのだと思うと、かなり嬉しかった。

それぞれが自分の世界で過ごしていた頃も可愛かったが、言葉が増え会話ができるようになった事は成長の上で一つの通過点のように思えた。


「みんなママが居て嬉しいよな。いっぱい食べられる所、見てもらわないと。」

「こえ、おしゃかな?」

「今日はお魚はないよ、それは豚さんのお肉。」

「ぶーぶーって、おこるんだよねー」

「亮二、ブタさんが鳴くアレは怒ってるのか。」

「ぱぱみたいに、こらー!っていってんの。」

「パパ怒るの?亮くん何したの?」

「おーくんね、にんじんさんいやいやしたら、ぱぱこわくなったの。」


今まで出来ずにいたなんて事ない会話に笑いながら食事を進めていると、修二は箸の進まない里美の様子に気付いていた。


「気分悪いか?食欲ないなら無理するなよ。」

「そんな事ないよ、ゴメン。何かね、幸せだなって思って。」


里美に甘えて食べさせて欲しいと訴える亮二のスプーンを口に運ぶと、きちんとイスに座って食事をする姿を見る事、一つの食卓を家族全員で囲むという普通の風景でさえ幸せで仕方なかった。


「ところでだけど…俺たちさ、ここ引っ越さないか?」

「何で?」

「何でって…ここもそろそろ手狭になってきたし、元々家建てるって話も出てただろ?」


修二のドイツ行きや里美の身体の事もあり、最初にそんな話が出たのはもう二年も前の事だった。

何より過去の辛い思い出を引き出すかもしれないこの環境よりも、新たな楽しみをつくり、里美には生きる希望を持たせてやりたかった。


「でも色々と…お金もかかるよ?」

「それは貯金も使うしローンも組むだろうな。だがそういうのは使う為にあるんだし、そもそもそうする予定だったろ?」

「そしたら私も仕事頑張んなきゃね。たぶん私、家に居て主婦とか向いてないんだよ。仕事して社会の中にいた方が良いんだと思うし、早めに戻りたいの。」

「もう戻るのか?早いと思うが…」


今日、退院しての復帰宣言。

早すぎると感じたが、確かに家事育児に専念するよりもかつてバリバリ働いていた頃の環境へ置く方が本人の為には良いのかもしれない。


「とりあえずさ、今直ぐ決めなくてもいいじゃん。退院したばっかりだし少しずつ…さ」

「うん。」


新たな生活に向け、家族は動き出す。

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