家族の歯車

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修二の思いを聞き、里美は涙した。

捨てられる恐怖に孤独への不安。

里美は別れの前日、涙で頬を濡らしながら大きな身体の温もりを求めた。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「桃瀬、ちょっと話いいか?」


パッと顔を上げ、数秒して頷いたがその顔に表情は無かった。

こんな状態の里美に今後の話をしてきちんと伝わるのか、病状を更に悪化させないか、不安要素はあったがそれらを伝えなければならなかった。

ニコニコと近づいて来た愛梨を抱き膝に座らせると、修二は口を開いた。


「桃瀬さ、入院してちゃんと良くなろう?このままじゃ家族がバラバラになっちまう。

俺も今は休みを貰えてるけどずっとは無理だし、生活する金だって必要だ。働かなきゃそれもできなくなっちまう。…わかるか?」

「ん、色々とごめんなさい。」


視線を合わせぬまま謝る里美だったが、修二はそのひと言に心が傷んだ。

決して謝って欲しかったのではない。

ただ家族の皆が、そして何より里美にとってベストな状況で生活する為の方法を提案しただけなのだ。


「この間、役所でちょっと相談してきたんだ。

子どもたちを保育園に預けようにも最長の時間で預けられる園だと、愛梨と優梨が一緒に入れる枠がないんだと。この時期だから、もう最初から入ってる子たちが退園しない限り空かないんだってさ。」


修二は里美が理解できるよう、ゆっくりと優しい口調で話しかける。

職場である施設内保育を利用するにも、生憎空きがなかった。

ここなら保育時間等様々な面で条件は良かったが、かつて自分たちの結婚出産がきっかけとなり急激に進んだ、子育てしながらの勤務環境改善推進も、今では皮肉にも叶わないのだ。


「でさ、桃瀬も入院してきちんと治して、皆んなでまた楽しく過ごせるように俺も頑張ろと思うんだが、どうかな。」

「…嫌だ」

「なにが嫌?勿論、放置したりなんかしないぞ。面会だって許されるなら子ども達も連れて行く行くし、ずっと会えなくなるわけじゃない。」


里美の目から溢れる大粒の涙。


「捨てられるのは嫌…ごめんなさい。私、頑張るから。ちゃんとする。家事も育児も、子どもたちの事だってちゃんと頑張るから。修二くんに捨てられないように頑張るから……ちゃんとするから、子どもたちと離れる事はしたくない。本当にちゃんと、しっかりするから、ごめんなさい…」

「謝ることじゃないぞ。桃瀬はいっぱい頑張ってる。だが、ここまでずっと頑張りすぎたんだ。亮二ができてからの一年間は本当に大変だったよな、それは俺もわかってる。支え切れなかったこと、俺も後悔してる。だから今は俺らと少し離れて一人になって、病院の先生たちにお世話になった方が良くなるだろうって話だ。捨てるとか見離すとかそういう事じゃないから安心して欲しいんだ。」


里美の肩を両手で支え視線を合わせ伝える。

行動が悪い訳ではない事、家族の幸せを願っている事を。

里美が退院する前日、そういう案もあることを医師から説明を受けていた。

感情や表情が乏しくなっている里美が、今の様に訴えるのは珍しかった。


しかし、それにしても感情の波が大きすぎる。

命を断つ様な行動をしたかと思えば、今の様な家族が離れる事への不安を吐露したり本当の里美の思いは正直修二ですら分かりかねていた。


「捨てられるのは嫌…怖いの。」


修二は気付いた。

里美は怖いのだ。

幼少期に突然両親を亡くした過去。

孤独を感じてしまう環境は、入院した場合の状況に似ているのかもしれない。

修二も親を失う事の恐怖と心細さは充分に知っていた。

幼き日の修二と妹の奈々の様に兄妹で施設へ入る事も提案されたが、子ども達の事を考えるとできる事なら親子が離れ離れにならぬような環境に置いてやりたかった。


「まま、えーんえーんて。」

「大丈夫だよ、亮二。ママはみんなの事が大好きなんだって。」

「おーくんも、ままちゅき。」


亮二に抱きつかれ、里美は泣いた。

ひたすらに涙を流した。


「亮くん、お話し上手になってるね…」


きちんと子どもと向き合えていなかったここ一週間程で、亮二の何かが変わったと里美は気づいた。

発達がゆっくりなのは産まれた時からの事であり、それは分かってはいたが、やはり同世代の子の成長とは差が開いていると気に掛かっていた育児の不安。


予定日よりも早く産んでしまった現実、亮二だけではなく愛梨と優梨も同様だったこと。

子どもを通常の期間身籠ることのできなかった母としての自責の念。

三人の子どもちには申し訳なく感じていたのだ。


「どうかな?今後のためにも、今しっかり休まないか?俺も今、人生で一番頑張る時なんじゃないかって思ってる。家族のために…な」

「わかった。」


里美は、愛する家族と離れる事を決意した。

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