恐れていた現実

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今までになかった里美の行動にショックを受ける修二。

愛する人の意識は既に無かった。

そして父子での生活が始まる。

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リビングで眠る里美。

そんな母親の異変に気付いたのは末っ子、優梨だった。


「ままぁー?まま!まーま!」


母親と同じ視線まで顔を下げ、ペタンと寝転び寝顔を覗き込む。

そこへ亮二も加わる。

二歳を過ぎても言葉が少ない亮二だったが、『ママ』や『パパ』、それから妹である双子を『あーちゃん』『うーちゃん』と呼ぶことはできた。

自分のことは『おーくん』と呼ぶ。


テーブルの上には空の缶ビール。

数分前に仕事から帰宅した修二は唖然とした。

この様子じゃ、子どもたちは夕飯も食べていないだろうし勿論風呂にも入っていないだろう。

ここニヶ月ほどは精神的に落ち着いているように見えていたのに。

医師のアドバイスと本人の希望もあり、週に数回ではあるが一日数時間程度の職場への復帰を果たしており明るい表情も度々目にしていた。

だがこういう事が起きてしまった以上、日中里美に付いて居られる存在が必要だと感じ始めていた。

修二が付き添えるのならそれがベストだったが、それでも家族が生きていくためには働かなければならなかったし、里美もそれが良かった。


「桃瀬?大丈夫か?…子どもたち夕飯食べてない…よな?」


修二が帰宅したままの制服姿で話しかける。

キッチンの床に置かれた誰かが開けようとしたらしいパンの袋。

ダイニングテーブルに置かれたままのバナナの皮に、ウォーターサーバーの下の水たまり。

それらは子どもたちがお腹を空かせ、そして喉を潤すために自分たちで何とかしようとした形跡だろう。


「パパ…じゃーって…ね?」

「亮くんが自分でやろうとしたんだよな、頑張ったな。」


修二は亮二を抱きしめ労った。


「お水こぼれちゃってごめんね。」


きっとこう言いたかったのだろう。

父親なら容易に理解できた。

そんな子どもたちに申し訳なくて仕方なかったが、それについて里美を責めることは出来なかった。


「あれ…こいつ、まさか酒で薬飲んでるのか!?まずいな…おい!桃瀬、起きろ!起きろって!」


修二は里美を抱き上げると、その身体はぐったりと力が抜け表情は見られなかった。

キッチンのシンクの横には空になった薬のゴミが何シート分も置きっぱなしになっている。


「マジでマズいぞ…」


薬は一度に飲む量ではなく、それらをまとめて飲んだ様子が見られた。



「亮二?ママ、いつからここでねんねしてたかわかるか?」

「まま、ねんね。」


三歳手前の子どもに『いつから』と聞いても時計も読めず、正確に答えられるわけもないのだが今、一番頼りになるの長男の亮二だろう。

言葉が遅いと指摘を受けていた亮二だが、最近ちらちらと二語文が聞かれるようになってきたのだ。


「あーちゃん、ねんねちないの!」

「ダメだ。後で皆んなでちゃんとねんねしないとな。」


愛梨はなぜこんな時も反抗的なのだろうか。

食事もさせないとならないし、この後は歯磨きも風呂も寝かしつけもある。

…三人分。

通院先の指示を仰ごうにも既に病院はとっくに閉まっている時間。


「くっそ…」


これまで恐れていた事が起きてしまった。

修二は腕に優梨を抱いたまま救急ダイヤルに電話をかけ指示を得る。


「妻が、恐らくアルコールで薬を。常備薬と精神疾患の薬を、複数、飲んで呼びかけに、反応なくて。」

「救急車を向かわせます。」


命に関わるかもしれない出来事による動揺から浅い呼吸になり、電話の相手に伝えたい事が上手く話せない。

恐らく修二は子ども達と一緒に救急車では付き添えない。

冷凍してあったご飯を温め、小さなおにぎりを幾つか作り、夕飯を済ませていないであろう子どもたちに食べさせる。

間もなくして玄関のチャイムが鳴ると、里美は手際良く担架へ乗せられ運ばれてゆく。


「ご主人、奥さんのお薬手帳はあります?」

「こちらを。」


修二は保険証やお薬手帳やら、必要と思われる物を手渡す。


「私は子ども達がいるので車で後から病院へ向かいます。すみませんが病院が決まったら電話をいただきたいです。」

「わかりました。」


修二は電話番号を記載したメモを手渡すと、救急隊はその場を後にした。


「おーくん、あいしゅいる。」

「ん?アイスあったか?」


こんな時でも普段通りに過ごす亮二も、ここで機嫌が悪くなっては困る。

恐る恐る冷凍庫を開けるとメロンの小さなアイスキャンディが残りちょうど三つ現れた。


「うーたんも。あいちゅー!」

「ゆーちゃんのアイスはちゃんと全部食べたらな。」


テーブルの上をバンバンと叩き『ここに置いておけ』という仕草を見せ、アイスをねだる優梨。


「ここにちゃんと入ってるから、出しておいたら溶けちゃうぞ。」

「や〜あぁ、ままぁ!」


ママならそうしてくれるのだろうか。

イヤイヤ期真っ只中の三人。

大人しい性格の優梨がここに来てぐずり、ママを求める。

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