第13話 エレベーター③

「は、はい」

 私は言われるままボタンを長押ししたが、何の反応もないし、通話口にも誰も出ない。

「反応がないようです」

 私は課長を見下ろしながら報告した。

 すると課長は「全く女っていう奴はどいつもこいつも」と吐き捨てるように言って、更に「家の奴の飯も不味いし、臭い香水でうんざりだ」とぶつぶつ家の不平を漏らした。

「家の奴」というのは課長の奥さんのことだろう。

 それにしても酷い言い方だ。こんな事態になって奥さんの事を持ち出すなんてどうかしている。

 そう思った時、

「ごほっ、ごほっ」

 課長は突然咳き込み、「ううっ、胸がっ」と胸を押さえた。

「どうしたんですか?」と気遣うのもバカらしくなってきた。

 そんな私の心と同調するように、

「こんな男、助けなくていいわよ」誰かの声がした。

 誰?

 少なくともこの声は課長には聞こえてはいない。


 課長は、懐から錠剤のようなものを取り出し、その何錠かを水なしでゴクリと飲んだ。何かの発作の薬だろう。

 だが、ごぶっと変な咳をし、ぽろぽろっと薬を吐き出した。

「ああっ」課長は残念がる声を上げ、「ああ、勿体ない、勿体ない」と繰り返し、零れ落ちた三錠ほどの薬をズボンの裾で拭き、それを口元に持っていき、今度はゴクリと飲み干した。

 セクハラの上に吝嗇ときている。最低の男だ。


 だが異変は、続けて起こった。

 再び、「苦しいっ」と言い出し、喉を押さえた。

 見ると、喉の辺りの肉が、ぽくっぽくっと何か所か飛び出すように隆起した。まるでさっき飲んだ薬が途中で止まり、喉の中で暴れ回っているかのように見えた。


 密閉された空間の異様な出来事に、私は立ち眩みがした。

 ああ、もう倒れる・・と思った時、

 ようやくエレベーターの扉が開いた。

「花田課長!」誰かが叫んだ。

 誰も私の存在に気づかないように、皆が課長に駆け寄った。「うわっ、きったねえ」と男性社員の誰かが言いかけ、そのまま声を押し殺した。

 私はセクハラと吐瀉物からようやく解放されたように外に出た。


 自分のデスクに向かいながら、私は思っていた。

 ・・誰かが課長に罰を与えたんだわ。

 いい気味だ・・そう思っていた。


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