6 闇バイト
「私のバイクと赤井の軽トラも、同じ喫茶店の駐車場に停めてるんです。急いで行ったら橙野さんは車の中で意識がなくなってたので、ガチでヤバいと思ってタクシーを追いかけました」
「アオちゃんは喫茶店の
青枝と赤井が続けて話し、菅黄も思い出したように、
「スマホに連絡が来てなかったので、タクシーを頼んだのが誰だったのか運転手さんに聞いたんですけど答えてくれなくて。急に林の道でタクシーが停まったと思ったら、後部座席の両側から男の人たちが乗り込んで来て、顔に湿った布みたいのを押し付けられて……そこからは記憶がありません。気がついたら病院でした」
と、話した。
その手を青枝が握り、
「無事で良かった」
と、言って、表情を曇らせる。
赤井も頷きながら、
「私が追いついた時は後部座席の隅っこにひとり、助手席にひとりが乗っていました。近付き過ぎて不審に思われたのか、タクシーが脇に寄って停まったので、私は追い越してアオちゃんに伝えました」
と、続けた。
「ふたりでイヤホン通話しながら。林の一本道を抜けると、古い駅が潰れて人もほとんどいなくなったシャッター通りに出ます。向かったのはそっちの方だったので、私はバイクで別の道から先回りしていました。廃駅前の道を曲がるとスガの家の方向なんですが、タクシーはもう少し先の廃ビルの駐車場に入りました。タクシーの後部座席から、30歳くらいの男がふたりで半透明の衣装ケースを運び出してきて」
青枝の説明に、菅黄は蒼ざめながらも、
「衣装ケース?」
と、聞いた。
「押入れに服とかしまっておくような、蓋がしっかり閉まるプラスチックのケースみたいのがあるでしょ? ちょうど、人ひとり入れそうな大きさだった」
「半透明だから、人が入ってるなんて思わないよね。でもスガちゃんは白い布袋に入れられて、衣装ケースに押し込まれてたんだよ」
「それで、青枝さんが声を掛けたと」
「はい。廃駅周りのほぼ無人なシャッター街なんて、悪さにも都合が良さそうですけど。廃駅前には警察の防犯カメラが
「ちょっと危険だけど、しっかりした判断力だ」
青枝は握っている菅黄の手に、もう片方の手も添えた。
「闇バイト仲間のふりをして、中止中止って。衣装ケースを置いて離れるように言ったら、タクシーに戻って逃げてくれたから助かった。運転手は運転席で待ってたから、運んできたふたりは衣装ケースを置いてく役目だけだったのかな。闇バイトの雇い主か別の犯罪者が廃ビルの中で待ってたんだろうけど、私の声で逃げちゃいましたね」
「でも『その子置いて』って言ってなければ、信じて逃げてくれなかったよ。それで私の軽トラの荷台に衣装ケースを乗せて、病院に直行したんです」
と、赤井が話し終え、茶渡刑事も、
「通報を受けてから廃ビルに行ったら、誰も居なかったけどね。怪我人がいなくて本当に良かったよ」
と、付け加えた。
「誘拐、されるところだったんですね」
すっかり蒼ざめた表情で、菅黄が呟いた。
「誘拐未遂事件で捜査してるよ」
と、茶渡刑事が答えた。
「実行犯は?」
「タクシー運転手と実行犯のひとりも逮捕した。もうひとりも身元がわかったから、すぐに捕まるはずだよ。青枝さんの言う通り、闇バイトで集められたようだ」
赤井と菅黄は目を丸くし、
「もう捕まったんですか」
と、赤井が聞いた。
「タクシー運転手は、本物のタクシー会社の社員でね。会社の車だし、ふたりが覚えてたナンバーですぐに特定できた。仕事に不満があって、闇バイトに応募してしまったようだ。金があれば、こんな仕事しなくて済むはずなんだって自供してるよ。結局、闇バイトの給料はもらえず逮捕されたわけだけど」
「犯人は、うちの蔵を狙ってるんですか」
と、菅黄が聞いたが、茶渡刑事は軽く首を振り、
「闇バイトの実行犯は、この子をさらってここに運べとか。本人が関わる指示しか受けてないんだよ。雇い主が誰かもわからないし、自分がやらされてる事の意味や理由も知らないんだ」
と、話した。
「そうですか……」
「もうすぐ菅黄さんのお母さんが来られるから。パトカーとは違う警察の車で、ご自宅まで安全に送るよ。橙野さんも御一緒に」
「それは有難いです」
と、橙野が立ち上がる。
「また連絡させてもらうと思います。なにか気になる事などあったら、すぐにお電話ください。赤井さんと青枝さんも、詳しく聞かせてくれてありがとう」
茶渡刑事が話を締め、一同はぺこりと頭を下げた。
「じゃあ、自分は署に戻りますので」
と、言って、茶渡刑事は病室を出て行った。
「あ、私も。家内と、菅黄の旦那様にもご報告しないと」
ペコペコと頭を下げ、腰の低い橙野運転手も続いて病室を出た。
「なんか、大変なことに巻き込んじゃって……助けてくれてありがとうございます」
と、菅黄は、ベッド横に並ぶ赤井と青枝にも頭を下げた。
「いいんだよ。無事で本当に良かった」
と、赤井は菅黄の髪を撫でた。
ゆっくりと頷きながら、青枝も菅黄の手をニギニギすると、
「ごめん。私、ちょっとトイレ」
と、言って立ち上がった。
トコトコと病室を出て行く青枝を見送りながら、赤井が、
「スガちゃんは、もうすぐ朝ご飯だよ。ここの病院、病院食なのに凄く美味しいって有名なんだよ」
と、楽しげに話した。
「マジすか。って言うか、入院とかも初体験です」
病室を見回しながら、菅黄も言っている。
「茶渡さん」
菅黄の病室を出た青枝は、茶渡刑事に駆け寄った。
三十代前半に見える、くたびれたスーツの茶渡刑事は、
「
と、笑顔で答えた。
「廃ビルに犯人の手がかりは無かったの?」
「通報があってから警官が駆け付けたけど、もぬけの殻だったよ。ホコリまみれだったけど、守衛室みたいなところだけ人が居た形跡があってね。ソファーとかベッドがキレイな状態だった。そこに
声を抑えて、茶渡刑事が答えた。
「そういう話は本人にしないでよね。若い女の子なんだから」
「心得てますとも」
肩を落とす青枝の真似をして、茶渡刑事も肩を落として見せる。
「闇バイトも、手の込んだものになってってるからさ」
「使い捨ての闇バイトに罪を着せやすく? 大元の犯罪組織との繋がりはわかりにくく?」
「うん。警察に出来ることは多くないし」
「実行犯逮捕、事件終了、じゃ困るわね」
と、青枝は小さく溜め息をついた。
「ごもっとも。あ、紫苑さんにもよろしくね」
「うん。捜査、頑張ってね」
「はーい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます