7 約束と焼却炉
母親と共に自宅へ帰った
物事を文字で記録してきた歴史のある、菅黄家の貴重な書物が保管されている。
しかし蔵の入り口は開け放たれ、すぐ脇に空の書棚が並べられていた。
蔵の中からは、全ての書物が消えている。
「うわー、空っぽ。お父さん、行動早いね」
「おうよ。焼却炉の使用許可はちゃんと取ったぞ」
と、言って、腰を伸ばす銀短髪の男は、菅黄の父親だ。
菅黄本人は金短髪だ。
耳のピアスもそのままだが、苔色のシンプルな着物に着替えている。
菅黄は空の蔵を見回しながら、
「焼却炉も最新式にしてあって正解だったね」
と、言った。
「一応、
「でも本当に燃やしちゃったんだ……びっくり」
目をパチパチさせながら、菅黄は父の日焼けした顔を見上げた。
「蔵の記録の門外不出は、先祖との約束だ。約束に時効は無い。俺たちにとって約束と価値は同等だ。価値だけを差し出すことは出来ない」
「とはいえ、燃やしちゃうなんて」
「惜しかったか?」
「約束や事実より儲けを優先させる人は嫌い」
さらりと答える菅黄の金短髪を撫で、
「立派だ。さすが俺の娘だ」
と、言って、菅黄の父は豪快に笑った。
「雪女とは違うけど。結果的に書物が燃えたのは、岩山の氷漬け遺体の『一時の話題だけで忘れ去りやがって』っていう意思表示だったりしてね」
「ほう。スズも発想が
「粋?」
「データは残っちゃいるが、書き換え可能で誤字だらけな自動入力ソフトを使ったから、内容に価値は無くなった。これで歴史保存だの研究協力だの提供義務だのと、うるさかった連中は大人しくなるだろう」
腕を組んで話す父に、菅黄はうんうんと頷く。
竹箒で砂埃をガリガリと掃きながら、
「そう見せかけて、もちろん画像保存と最古のオリジナル書物だけは残してあるわけだが……」
囁く父に菅黄はもう一度、小さく頷いて見せた。
すぐに掃くのをやめ、竹箒を壁に立てかける。
「ありきたり過ぎるかねぇ」
と、首を傾げる父に、菅黄は、
「どっか抜けてる方が、お父さんらしいよ」
と、答えた。
「なんだよぉ。出るとこだけ母ちゃんに似ちまわなけりゃ、俺にそっくりなのに」
「抜け目があった方が、相手の狙いどころがわかりやすくて逆に完ぺきって話もあるじゃん」
「おぉ。さっきのは褒め言葉だったのか」
屈み込み、菅黄の父は娘を抱き締めた。
「無事で良かった。先輩方に感謝しねぇとな」
「うん。でもお母さんしか、お見舞いに来なかったね」
「母ちゃんにスズの様子は聞いてたからな。
そう言って、菅黄の父は娘の金短髪を撫でた。
「犯人の目星は?」
「婆さんは、何カ所か思い当たるってさ」
「もうしばらく、様子見で送り迎え?」
「もう少しな」
娘の背を促し、ふたりは空っぽの蔵を後にした。
雪の多い
今年は雨が多かったが、久々にしっかりとした雪が降っている。
窓の外に、学校の裏庭の雪景色が見えるミス研の部室だ。
いつも通りに集まった
「って訳で。蔵の書物は、うちの焼却炉で燃やしちゃったんです」
「スガちゃんの家、焼却炉まであるの?」
と、赤井が目を丸くする。
テーブルに参考書を広げ、赤井の受験勉強は続いている。
すでに指定校推薦で合格している青枝と、後輩の菅黄は並んで腰かけ、赤井の勉強風景を眺めていた。
赤井も、おしるこ缶を片手に休憩がてら、菅黄の話を聞いている。
「有害物質が出ない最新式なんです。言霊のお焚き上げで月一稼動の届け出をしてるんですけど、今回は急ぎのお焚き上げって事で許可を取ったみたいです」
「言霊のお焚き上げ?」
と、青枝が聞く。
「願い事とか、何かをやり遂げますっていう決意とか、もう会えない人に伝えたい事だとか。文字で書いて、お焚き上げするんです。うちの書道教室で、かなり昔から続いてるんですよ」
「へー。面白い」
「インターネットで、
「おぉ、商売上手」
「近所のチビッ子たちに、書道を教えるだけの教室じゃなかったんだねぇ」
おしるこをひとくち、赤井がのんびりと言った。
「文字に関わる商売は色々やってますよ」
「お正月に神社で飾られる干支の文字、あれ書いてるのもスガのお祖母ちゃんだもんね」
「そうなんですよ。あ、そうそう……」
菅黄は通学鞄から、短冊状の薄い木の板を取り出した。
「先輩たちにお礼って事で、木簡を持って来たんです。筆ペンとかマジックとかでも良いので、願い事とか決意を書いて下さい」
と、菅黄は木簡を赤井と青枝に一枚ずつ渡した。
「えー、すごい! なににしよう」
楽しげに赤井は、ボールペンを油性ペンに持ち替えた。
「今月のお焚き上げは来週なので、赤井先輩の合格発表より前ですよね」
「あっ、大学合格したいにする」
「ご自身の事なら、希望表現より宣言表現の方が実現力高いです」
「大学に合格する!」
ガッツポーズと一緒に、赤井は宣言した。
「私は『先輩たちの願いが叶いますように』にします」
そう言って、菅黄も筆ペンでサラサラと書き込んだ。
「うーん。無病息災と世界平和で悩むわ」
菅黄の筆ペンを借りながら、青枝は真剣な面持ちで言う。
「えー、もったいない」
「でも青枝先輩っぽい」
「大きく『世界平和』って書こうかな。世界には私も含まれてるからね」
そう言って、青枝は軽く笑った。
木簡に両手を合わせて拝みながら、赤井が、
「スガちゃんの家の周り、マスコミまみれかと思ったけど。事件は周りにバレてないんだね」
と、言った。
「犯人の隠ぺいかも」
青枝も、木簡に書いた世界平和の文字を眺めながら言う。
「え?」
「雪女とか氷漬け遺体関連の研究とか、そういう人たちへの転売なんかが狙いじゃなくてさ。正しい歴史の記録が出てきたら、困る奴らも居るんじゃない? そういうのもわかってて、スガのお父さんは蔵の書物を燃やしたんだと思う」
小さく頷きながら菅黄は肩をすくめ、
「娘を無事に返してほしければデータを渡せって。そういうつもりだったんだろうって、父と祖母も言ってました。門外不出は先祖との約束。約束と価値は同等だって。価値を悪用されるくらいなら、約束を守るために焼却処分したわけで……」
と、話す。
「鎌倉幕府の年号が、イイクニからイイハコに変わったのはちょっと違うけどさ。現代人に正しい歴史なんてわからないでしょ。嘘と捏造を駆使して悪習を自分好みに仕立ててきたような連中が居て、いまだにそいつらの恩恵にあやかってるようなのが居るとすれば。信憑性の高い記録が出てきたら嘘つきの末裔になるかもってだけでも、始末したくなるのかも知れないし。色々と考えちゃうけどさ」
青枝の話に、赤井は頭を抱え、
「鎌倉ー。結局どっちになったか分からなくなるやつ……イイハコ。鎌倉はイイハコ! 大学受験の内容じゃないけど!」
と、早口で言った。
苦笑いしながらも青枝は、
「歴史なんて推理できるもんじゃないわ。ティラノサウルスだってマニアも研究者も大勢いるのに、今さら毛が生えちゃうんだから。理由すら捏造されてそうな犯罪で、スガが酷い目にあわなくて本当に良かった」
そう言って、隣に座る菅黄の手を握った。
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