3 まったりとしたミス研


 本日の温かい飲み物は、3人とも紙コップ自販機のコーンスープだ。

 前日にチラついた雪は融けたが、またすぐにでも降り出しそうな雲行きだった。

 ミステリー研究会部長の赤井あかいと副部長の青枝あおえだは、書記の菅黄すがきに雪女伝説の物語を聞いていたところだ。

「蔵の記録は門外不出なんですよ。私もまだ古い書物の保存に関わってないし、蔵の中にどんな記録が残ってるのかもわからないんです」

 肩を落として菅黄が言った。

 紙コップのコーンスープを口へ運びながら、青枝が、

「雪女の話は大丈夫なの?」

 と、聞いた。

 菅黄も紙コップに手を伸ばしながら、

「はい。氷漬け遺体じゃなくて雪女伝説についてだけ、孫がお世話になってるミス研の活動にどうぞって。祖母ちゃんが話してくれました」

 と、答える。

「それは有難い」

「うん。有難いね」

 3人、温かいコーンスープをひとくち。

 ほっ。と、白い息が見える。

「今日も寒いですね」

「ここも、夏は涼しくて良かったんだけどね」

 青枝は、足元のセラミックヒーターを強運転にした。

「でもさぁ。可哀そうなお嫁さんと、酷い姑家族の事実を伝え続けるために、お嫁さんの妹が雪女の話を作ったってことになるよね。表現が悪いけど、この地域の雪女伝説は嘘だったってことになっちゃう」

 口を尖らせながら、赤井が言っている。

「でも、スガのお祖母ちゃんの話だと、雪女の目撃談が増えていて不思議って終わり方だったでしょ。逸話だけじゃなくて、実際に雪女に凍死させられたと思われる死亡例が過去にあったりしたんじゃないの」

 青枝に言われ、すぐに赤井の表情が明るくなった。

「そっか、そうだよね。着物が燃やされたように見えて、熱くて着物を脱いで雪に飛び込んで凍死するっていう、雪女の怪異は知られてるんだもんね」

 頷きながら菅黄も、

「雪女の話をしても大丈夫なのは、同じような伝承が蔵の外でも伝わってるからっていうのもあるんですよ」

 と、言った。

「蔵の外?」

「はい。雪に埋めて嫁を殺した姑が火事で燃え死ぬっていう大元の話。うちの蔵に伝わってる内容と同じ要点をおさえた伝承が、公民館とか図書館の地域コーナーにも残ってるんだそうで」

 と、菅黄は活動記録ノートを開きながら話した。

「そうなの?」

「その割に、氷漬け遺体関連の話題に出てこないわね」

 赤井と並んで、青枝も目をパチパチさせた。

「時代と場所が微妙にズレてるからですかね。燃やしてくる雪女の怪異には、岩山に閉じ込められた生贄女性が火を求めて、っていう後付けネタの方がウケが良いのかも」

「あー、そうかもね」

 小さく溜め息をつく青枝の隣で、赤井は身を乗り出し、

「学校の図書室にもあるかなぁ」

 と、目を輝かせる。

 首を横に振って菅黄が、

「気になったんでチラ見して来ましたけど、地域図書コーナーには氷漬け遺体関連のゴシップ誌みたいのしかありませんでした。そんなのが並ぶ前も、この地域出身の作家さんが書いた小説とかが置かれてましたし」

 と、話した。

 すでに飲み干してしまった紙コップを覗き込みながら、赤井は、

「今の司書さんに聞いても、わからないだろうしねぇ」

 と、言っている。

「私もそう思う」

「そうですね」

 現在は産休中の図書館司書の代わりに、非常勤の美人司書が図書室を担当している。

 エドガー・アラン・ポーを、エドガー・ランポーと間違えていた人物だ。

 気を取り直して赤井は、

「公民館とかのも、同じような内容なの?」

 と、聞いた。

「はい。細かい部分に違いはあるみたいですけど。男が『何よりも大切にする』と言った約束を忘れて、姑の嘘を信じて嫁を裏切るって話に繋がるんです。姑じゃなくて継母ってパターンもあるらしいですけど。若い女性が雪に埋もれて殺されて、犯人ババア一味が燃え死ぬっていう結末は同じだそうです」

 ノートに書き足しながら、菅黄が話した。

「ちゃんと伝えたいって思ってたのが、犯人一味を燃やした妹さんだけじゃなかったってことかな。興味深いね」

 そう言って、青枝もカップのコーンスープを飲み干した。

「寒くてすぐ冷めちゃうね。このコーンスープも好きだけど、冷めると粉っぽくて美味しくない」

「わかります」

「明日は、おしるこ缶にする?」

 飲み物の話でも、赤井は楽しげだ。

「私は無理。甘すぎる」

「昔より、ずっと甘さ控えめになったんだよ?」

「昔って、赤井先輩いくつですか。私は、2月生まれの青枝先輩とタメですけど」

 と、菅黄が笑う。

「スガちゃんの誕生日、冬休み中だったんだよね」

「はい。新年の書初めの準備とか忙しい年末なんで、ぜんぜん祝ってもらえないんですよ。赤井先輩からクリスマスに食べたケーキの写真が送られてきて爆笑しましたけど」

「あんた、私に送ってきたメリクリ写真、スガの誕生日にも送ったの?」

「だって、めっちゃ美味しかったから」

 女子高生たちの会話に混ざって、窓ガラスにポツポツとあたる雨音が聞こえた。

「あれ、雨だ。今年は暖冬かなぁ」

「降る所にはドッカリ降ってるみたいですけどね。ゲリラ豪雨はともかく、ゲリラ豪雪はヤバいです」

「ヤバいよねー」

「ゆっくり帰る? スガのお迎えはもう少し先か」

「山の下まで20分もかかりませんからね。もう少し、暖かい所に居たいです」

「じゃあ、赤井。話のネタ出して」

 と、青枝に話を振られ、赤井は、

「実際に、雪女に会ったっていう話もあるのかなぁ」

 と、菅黄に話を振った。

「そういう話もあるみたいですけどね。雪女に出会って、助かったっていう話もあるんですよ」

「あ、生存者の話?」

「はい。雪降る夜道で、提灯を持って歩いていた村人が急に倒れ込む姿を、近くの家から見ていた村人が居て。すぐに助け起こしに行ったら、着物を脱ぎ散らかして雪の中でもがいていたんだそうです。その人は、すぐに雪の中から助けられたから無事だったんですけどね。話を聞くと、白い着物の女が現れて、口から白い息を吹きかけてきたと思ったら、それが炎になって着物が燃えだして。だから慌てて脱いで雪に飛び込んだんだって話したそうです」

「それは、いつ頃の話?」

「えーっと……時代は忘れました。でも祖母ちゃんの祖母ちゃんが、実際に当事者たちに聞いた話だそうです。酔ってた訳でもなかったみたいですよ」

 首を傾げながら菅黄が答えるので、青枝は目をパチパチさせた。

「信憑性の高い話だね」

 赤井も頷きながら、

「生存者も居るから、雪女が燃やしてくるって話が、しっかり伝わってるんだね」

 と、言っている。

「はい。手遅れで発見されると、何故か着物を脱いで雪にダイブした凍死体でしかないんです」

「雪女じゃなくて、寒さを暑さに感じる奇病とか想像されてそうだよね」

 思いついたように、赤井が言った。

「あぁ、確かに。そういう病気があった可能性もありますよね。雪深い地域限定の症状って、人の多い街へ出さないように村を封鎖して隠ぺいされたりとか」

「それっぽい病気の記録は、古い書物に残ってたりしないの?」

 と、赤井が聞くが、

「聞いた事ないです。あっても話せませんけど」

 と、菅黄は即答する。

「あ、そうだった」

 小さく笑い、青枝は窓の外に目を向けた。

「雨が強くなりそう。そろそろ帰ろう」

「そうだね。帰ろう」

 本日も、のんびりとしたミステリー研究会の活動が終わる。

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