7 解明できない不思議


 ずーっと言い訳してたのよ。

 職員会議で事務員もいないからタイミングが悪かったなんて。

 なぜ報告しないんだって聞けば、また連絡するって言ってたはずだとか嘘つくの。

 業者さんに確認したら、これが最後の確認になりますってちゃんと伝えたって言ってたもの。

 学校の先生を気取って、そうですか良いですね、お願いしますって言っちゃってたのよ。

 謝罪文のパネルも、自分が悪いみたいに書かれたって文句言ってたのよ。あなたが悪いんですよって話なんだから、実名載せたって良いくらいなのに。

 業者が急いでたとか事務員はみんな帰った時間だったとか、後から言い訳が変わったり増えたり。

 言い訳言い続けたって責任も事実も変わる訳じゃないんだから、ちゃんとクビになったけどね!



 明治初期の偉人の銅像が、昭和背広を身に付けているという不思議のオチだ。

 オカルト研究部のノートには『事務員さんの証言。こういうの超重要』と、書き添えられている。

 ミステリー研究会の赤井あかい青枝あおえだ菅黄すがきと、文芸部の藍川あいかわ紺野こんのも眉を寄せて息をついた。

「用務員さん、内容を理解してる人を装っちゃったのかな? 事務員さんも色んな所への対応が大変だったのかもねぇ」

 と、赤井が首を捻る。

「事務員さんの言葉を、そのままメモしてるオカルト研究部も凄いですね」

「でも本当、こういうのが超重要なのよ。そういう感じの人だったってわからなければ『用務員さんが確認不足』ってどういうこと? って、後々に別の謎になる」

 と、眉を寄せたまま、青枝が言う。

 藍川も呆れ顔で、

「本当は昇降口の近くに設置されるはずだったみたい。でも、時代的におかしい恰好しちゃってるし、作り直すとしても費用はどこが負担するんだって話で。謝罪文のパネルを当時の校長が自費で作って、銅像は校庭の隅っこに置くことになったんだって」

 と、話した。

「当時の用務員さんの存在をちゃんと記録しておかないと、普通は業者さんの確認ミスか学校側の発注ミスになりそうだもんね」

「犯人の記録、重要」

「重要黒歴史」

「でも呆れ返り案件」

 口々に出る台詞に頷きながら、青枝が大きな溜め息を吐き出した。

「確認不足とか、ミスをするのは仕方ないわよ。だけどそれは、ミスじゃない事にしてもらえるって意味じゃないんだから。事実を認めて謝罪して、今後は気を付けるって工程に繋げようとしないミスが許されないのは当たり前。言い訳だって責任転嫁の意味になってる。他の誰かが責任取ればいいなんて自己中は、どんな立場だって許されていい訳ないわ」

 青枝の言葉に、他の4人も頷き合った。

「じゃあさぁ。当時の事務員さんの言葉、そのまま模造紙に大きく書き残してさ。文化祭が終わったら、今の事務員さんたちにプレゼントするのはどう?」

 などと赤井が言い、他の4人は吹き出して笑った。

「嫌味になるからよしなさいよ。せめて、先生たちが見に来てくれたら、欲しいかどうか聞くくらいにしよう」

「そうしよう」

 そういう事になった。



 書記の菅黄と紺野が、さらさらとペンを走らせる音が心地よい。

 腕時計を見ながら赤井が、

「残る七不思議は、あとひとつか……」

 と、言った。一瞬、間をおいて青枝が、

「あと、ふたつだよ。校長の肥満と、開かずの間」

 と、答えた。

「あれ? 音楽室と、手すりと、保健室と、暗幕と銅像……まだ5個か」

 指折り数えながら、赤井が呟いている。

 オカルト研究部の資料が広がるテーブルの上。

 七不思議が箇条書きされたメモを見詰め、菅黄が、

「なんか、怖いの残ったんですけど」

 と、隣に座る青枝の袖を摘まんだ。

 赤井は、箇条書きの七不思議のひとつを指差し、

「校長の肥満が気になってしょうがないよ。二十年前の校長の話じゃないの?」

 と、聞いた。青枝も気付いたように、

「ひとつ思い付いたんだけどさ。それ、学校資料室が関係ある?」

 と、藍川に聞いた。

「関係ある。二十年前の七不思議の中で唯一、現在進行形の謎よ」

 藍川に言われ、青枝が急に笑い出した。

「――あははっ。私、その謎は解けないわぁ」

「笑える事なんですか? 学校資料室って、校長室の隣にある物置みたいな場所ですよね」

 と、菅黄が聞いたが、

「昔の体操着の、ブルマが展示されてるって噂の?」

 と、5人の中で唯一の男子、紺野が言うので、青枝の笑いも止まった。

 女子4人の視線が向けられる。

「待って下さい。男子に伝わる学校の怖い噂ですよ。昔の体操服の見本でブルマがあるのに男子の体操服見本が無いんです。まさか男子もブルマだったのかなんて、男子にはゾッとする噂話なんですよ」

 思いきり早口で紺野は弁解した。

「昔の男子の体操服見本はないの?」

「確かめた訳じゃないですけど」

「じゃあ、確かめに行ってみよう!」

 と、赤井が元気に掛け声を上げた。



 学校資料室。

 昭和時代に使われていた学生服を着たマネキンや、ブルマなどの体操服も展示されている。

 真緑まみどり高校は歴史ある学校だ。

 創立当時の校舎の様子や、髪型に時代を感じる生徒たちの勉強風景の写真も並ぶ。

 そして、たくさんの写真の片隅に、歴代の校長たちの写真が飾られていた。

 L版サイズの小さい写真だが、シンプルな額に入れられ、一列に横並びしている。

 5人も横に並び、歴代校長たちの写真に視線を往復させた。

「えっ、これ、着任順に並んでるんだよね」

「ちゃんと年代も書いてあるでしょ」

「……これは確かに、謎とか言うのも怒られそうですけど」

 初代校長は白黒写真だ。優しそうな笑顔だが、頬のこけた細身の紳士だ。

 白黒写真にセピア写真も混ざり、途中からカラー写真になる。

 先代校長までの写真が並んでいるが、見事に少しずつふくよかになっていく。

 赤井は先代校長の写真を指差して、

「確かに現在進行形だね。今の校長先生、もう少し太ってるもん」

 などと言っている。

「この写真を撮って大きく引き伸ばしたりしたら、先生たちに怒られそうですよね」

 と、紺野は苦笑いだ。

 青枝はまた含み笑いを漏らしながら、

「小さく載せとけば良いんじゃない? 文化祭の日は、ここも一般開放されるし。詳しくは学校資料室へ! とか書いておけば」

 と、話した。

 まだ呆然と写真を眺めながら菅黄は、

「これ、地味だけど一番すごい不思議じゃないですか……」

 と、呟いた。

「もうひとつ、七不思議が残ってるけどね」

「開かずの間……それって、どこにあるんですか」

 菅黄に聞かれ、藍川はニンマリと笑い、

「あんたらの部室の近くよ」

 と、言った。

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