6 暗幕と銅像の黒歴史
「
ミステリー研究会の部室では、
ソファーの置かれた窓際には、爽やかな秋の風が流れている。
青枝も菅黄の隣に腰掛け、
「保健室に行って来たの」
と、言って、ポケットから手帳を取り出した。
「具合悪いんですか?」
「違うよ。七不思議の確認」
「ひとりで行って来たんですか?」
と、菅黄は目をパチパチさせた。
「スガも誘おうと思ってたんだけどさ。クラスに具合悪そうな男子が居てね。連れてくついでに、話も聞いて来ちゃった」
「マジすか。寂しかったじゃないですか」
ピアスだらけの耳に触りながら、菅黄は口を尖らせる。
「ごめんごめん。文化祭って来月の初めでしょ。あと一週間ちょっとしかないからさ。サクサク進めようって、
苦笑しながら、青枝は言った。
「じゃあ、赤井先輩もどっか調べてるんですか」
「
と、青枝が答える内に、廊下からトコトコとふたり分の足音が聞こえた。
扉を開けたのは、文芸部部長の藍川と副部長の
「おつかれー」
「あれ。赤井と一緒じゃなかったの?」
と、青枝が聞いた。
やって来たふたりも、向かい側のソファーに腰掛けながら、
「赤井には視聴覚室の写真を頼んだの。うちらは校庭の銅像の写真を撮って来た」
と、藍川が言う。
菅黄は天井など見上げながら、
「視聴覚室ってこの校舎の4階ですよね。鍵開けてもらうのとか時間かかってるのかな」
と、首を傾げた。
そこへ、いつものバタバタとした足音が聞こえた。
バタンッと扉が開かれ、赤井が飛び込んで来た。
「視聴覚室の暗幕、穴開いてなかったよぉ」
よく通る声で言いながら、赤井も青枝の隣へピョンと腰掛ける。
藍川が溜め息をつきながら、
「二十年前に使われてた黒幕の話だって言ったじゃないの。今の暗幕と違うのよ」
と、言っている。
「だって、今も開いてたら面白いじゃん」
などと言って、赤井は頬を膨らませた。
「じゃあ、今現在は穴など開いていないって一文を加えてもらえば良いよ」
と、青枝が言うと、赤井は納得したように頷いた。
「どっちが部長かわかりゃしないわね」
笑う藍川に、赤井は咳払いして見せ、
「じゃあ、えーっと。話を整理しよう」
と、話題を進めた。
「私は、保健室で話を聞いてきた」
青枝は、養護の女性教諭に聞いてきた話を伝えた。
書記の菅黄と紺野が、すらすらとメモを取っている。
「なるほどー。場所の問題で移動してただけなのね」
「相談室として残すも、利用者が少なく。結局は、今の保健室1か所になったって事ですね」
手帳に書き込みながら、紺野が言った。
「うん。オカルト研究部が調べてた二十年前は、まだ相談室だったり第二保健室だったりしてたんだろうね」
「だから、ハッキリしたオチが付いてなかったんだね」
「視聴覚室と、銅像はオチがハッキリしてるんでしょ?」
青枝に聞かれ、赤井がポケットからスマホを取り出した。
「視聴覚室の暗幕は、こんな感じ」
と、見せるスマホには、真っ黒な暗幕が全面に写されている。
「……ん?」
「あ、視聴覚室全体の様子も撮って来たよ」
「全体の写真だけで良いのよ。今はこんな感じでさ。窓のカーテンの上に、暗幕用のカーテンレールが付いてるでしょ? 昔は暗幕って言うか、黒い布を先生たちがガムテープで貼り付けてたんだって」
と、藍川が解説した。
「さすが田舎の公立」
「黒布の一枚に顔っぽく見える穴が開いてて、ガムテが剥がれるたびに適当に貼り直してたから、穴の開いた布の場所も移動してたってわけ」
「視聴覚室の黒幕に空いた顔型の穴が移動する噂は、視聴覚室の黒歴史……」
呟きながら、紺野が手帳に書き込んでいる。
「その文章、面白いじゃん」
「どうも」
「で、もうひとつは、校庭の『
「そう。明治初期に、雪国のド田舎だったこの地域にも学問の必要性を広めたっていう人」
と、藍川はスマホを操作しながら答えた。
「そういう偉人だったんですね」
「オカルト研究部が、やたらしっかり調べてたんでしょ?」
と、赤井が身を乗り出して聞いた。
藍川のスマホに、校庭の隅に置かれた銅像の写真が表示されている。
スーツ姿の男性の、上半身のみの銅像だ。
「ほら。普通に、うちのお父さんと同じような背広を着てるの。明治初期なんて、まだほとんど着物だの袴だの着ててさ。洋装って言ったら時代劇に出てくるような軍人の制服とか、上流階級の貴族様みたいなのでさ。Yシャツにネクタイ締めて背広なんて、有り得ないはずなのよ」
「確かに、有り得ないね。そんな昔の人とは思わなかったもん」
「それで、オカルト研究部の資料によれば、これにも残念な黒歴史があったの」
藍川が、通学鞄から古いノートや写真を取り出した。紺野が、
「先に、これ見せてれば話は早くないですか」
と、言っている。
「解説っぽく話した方が楽しいでしょ」
などと藍川が言うので、ふっと噴き出して青枝が、
「藍川も赤井といい勝負かもよ」
などと言っている。
「ほら。この写真が碧川貞治」
と、言って、古い白黒写真をコピーしたらしい写真を差し出した。
紋付き袴と思われる、羽織までしっかりと着込んだ和装の中年男性だ。
「えー。袴じゃん」
「そんで、こっちの写真が
と、もう一枚、スーツの男性の写真を並べた。
「元市長?」
「曾孫?」
「曾孫は背広……まさか?」
苦笑いで聞く青枝に、藍川も苦笑いを見せ、
「曾孫が市長になった関係で、曾祖父の偉業も再興されて。卒業生による寄贈で銅像が作られる事になったんだけど、明治初期の写真だと顔がハッキリわからなくてさ。親族の話では、市長になった曾孫が碧川貞治とよく似てるって言われてたから、顔の見本として渡した写真の、服装まで見本にしちゃったみたい」
と、話した。
「確認不足」
「確認不足すぎますね」
「それが、犯人はハッキリしてるのよ」
「犯人?」
「プロの業者さんが、そんな確認ミスをするとは思えないでしょ。ちゃんと確認してたのよ。こんな感じになりますよって、完成予想図を学校に持って来てさ」
「あー、それを見て適当にOK出しちゃった人が犯人ってことね」
と、溜め息交じりに青枝が言った。
「そう。銅像が作られた当時の、用務員さんだったの」
「えー? 用務員さんって、階段の手すりも直しちゃう凄い人だと思ってたのに」
膝をポンポン叩きながら、赤井が言う。
「それは、二十年前の用務員さん。銅像が作られたのは昭和時代よ」
「あ、そうなんだ」
「銅像の後ろ側にも、ちゃんとパネルが貼られてました」
と、紺野もスマホの写真を見せた。
「寄贈時の用務職員による確認不足により――って、パネルには優しく書いてあるんだけどね。オカルト研究部の調べによると、生徒の登下校時に門を開け閉めしたり落ち葉掃除するだけの、屋外担当の短時間パートタイムだったみたい」
話しながら藍川が、オカルト研究部の資料と思われる古いノートを取り出した。
「……それがなぜ?」
「オカルト研究部が調べていた頃は、銅像寄贈時から働いていた事務員さんが居たみたいです」
と、紺野が答える。
「その事務員さんからの聞き取り内容、このノートにそのまま書いてあるの」
「どれどれ?」
「……えー?」
ノートを覗き込んだ5人は、揃って眉を寄せた。
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