5 保健室と貧血男子
本日も、帰りのホームルームが終了した。
一日の授業を終え、
放課後。
部活へ行く生徒、さっさと帰る帰宅部、教室でおしゃべりしていく生徒もいる。
通学鞄を肩に掛けた青枝は、窓際の席に座ったままの男子生徒に気付き、トコトコと歩み寄った。
「
顔を上げた男子生徒、金田は青白い顔をしていた。
「いや、ちょっとボーッとして。頭スッキリしてから帰ろうと思って」
と、言って、紫色の唇で薄く笑って見せる。
「あんた帰宅部だから知らないだろうけど。うちのクラス、
「えー、マジで?」
「保健室でちょっと横になってけば? うちの部室に来ても良いけど」
「うーん……」
話しているふたりを目がけて、赤い何かが飛んできた。
すぐに気付いた青枝が片手でキャッチする。
「ほら。なんか飛ばしてくるし」
教卓の前に集まっている、明るい茶髪のギャル達がこちらを楽しげに眺めている。
「ナイスキャッチー」
「あーおー。ごめーん」
短いスカートで、惜しげもなく柔らかめの生足を曝すギャルが手を振っている。
青枝がキャッチしたのは、赤いお手玉らしい。
「なにこれ、お手玉? ギャルがお手玉?」
などと呟く青枝に、
「何してんの、ふたりー」
と、ギャル達は興味津々らしい。
「ミス研の勧誘ー」
お手玉を投げ返しながら、青枝が適当に答えた。
「えー、今から?」
「大学安全組、うらやまー」
「それなー」
楽しげなギャル達の会話に、青枝は適当に手など振り返しながら、
「立てる?」
と、金田に聞いた。
「うん」
青枝と金田は、賑やかな放課後の教室を後にした。
ざわめきも遠くなった廊下で、青枝は、
「金田、貧血?」
と、聞いた。
「あ、気付いてて言わないでいてくれたんだ」
と、金田は血の気の引いた顔で苦笑いする。
「うちの叔父さんも、時々そんな顔色してるし」
「あぁ、喫茶店の」
「うん」
「男子のくせに貧血かよーとか言われるんだよね」
そう言って、金田は通学鞄を抱えて肩を落とす。
「言いそうな奴いるね」
「それで女子が、それ女子に失礼ーとか言い出してさ」
「結局、なぜか貧血男子本人が悪いみたいな空気にされるやつ?」
「そうそう」
青枝たち3年生の教室は、教室棟の3階にある。
階段をゆっくりと降りながら青枝が、
「でもまぁ、そんな空気に触れられるのも今の内だけじゃないの? 大学行ってそんな事やってたら、さすがにバカガキ扱いされるだろうし」
と、真面目な口調で言う。
「青枝も、けっこう口悪いな」
「うん。でも、ちょうど私も保健室に用事あったんだよね」
「具合悪いの?」
「ううん。学校七不思議について、ミス研で調べてるの。うちの学校、昔は保健室が2か所あったんだって」
「へー。そりゃ不思議だ」
答える金田に青枝は頷いて見せ、
「体調不良で寝てる生徒がなぜか悪化することが続いて、別の場所に保健室を増やすほどだったって噂になったらしいけど。結局、水道とか空調とかさ。学校設備の条例だか法律だかに合わせるために、都合のいい場所に保健室が移動して、健康診断とかする時のサブ保健室としてしばらく残されてたーみたいなオチだと思うんだよね」
と、話した。
「ミス研って、ミステリー小説を呼んでるだけだと思ってた」
「基本はそれだよ」
昇降口は下校する生徒たちで賑やかだが、保健室や事務室のある廊下はヒンヤリとして静かだ。
「保健の先生、まだ居るかな。失礼しまーす」
と、青枝が保健室の扉を開けた。
「はいはーい」
四十代に見える養護教諭の白衣女性が、保健室奥の事務机で書き物をしていた。
パイプ椅子の置かれた丸テーブル、カーテンの引かれた清潔感のあるベッド。キレイに片付けられた、一般的な保健室だ。
「どうしたかな?」
養護の女性教諭に聞かれ、金田が、
「貧血っぽくて。帰る前に、ひと休みしても良いですか」
と、聞いた。
「いいよ。ベッド使う?」
「いや、大人しく座ってれば良くなると思うんで」
「そう? じゃあ一応、熱だけ計っとこうか」
「はい」
体温計や救急箱の置かれた丸テーブルに促され、金田はパイプ椅子に腰かけた。
「青枝さんは付き添い?」
「私はちょっと、先生に聞きたいことがあって」
「私に? なにかしら」
襟から体温計を差し込みながら、金田が、
「座れば? 俺も聞きたい」
と、隣のパイプ椅子を青枝に進めた。
「ありがと。手短に済ませるから」
青枝と、養護の女性教諭もテーブルを囲んだ。
二十年前の七不思議のひとつ『保健室が2か所あった』という噂について、青枝は聞いてみた。
養護の女性教諭は、笑いながらも真面目に聞いてくれた。
「えーっと、学校保健法? 学校保健安全法とかいうのもあるのよね。古い保健室は場所が悪かったみたいよ。直接校庭から入れなくて、遠回りってほどじゃないけど廊下の非常口を通ってたみたい。本当は、校庭からも直接保健室に入れる出入り口があると良いのよ。救急車を呼ぶような事になっても、近くに停める場所もなかったし。だから校庭との出入り戸とか足洗い場もあって、救急車も停めやすいこの場所に移動したって聞いたわよ」
途中で金田から体温計を受け取り、保健室利用記録ノートに書き込みながら、養護の女性教諭は話してくれた。
メモ帳に書き込みながら聞いていた青枝は、
「しばらく、古い保健室が残ってたっていうのは、本当ですか?」
と、聞いてみる。
「不登校の子が保健室登校してたり、悩み相談の必要性とかも問題視されてたのよ。だから私が勤めるようになってからも、相談室って名前になったり第二保健室って名前になったり。結局、普通の保健室とは違う場所を用意してもらう生徒ってレッテルみたいなのが嫌で、あまり利用されなかったのよね」
「保健室が2か所あったのは、古い保健室で重病者が多発したせいなんて学校七不思議になってたみたいですけど」
「えー、ないない。そんな事実あったら、わたし勤めてないわぁ」
オバチャン口調で、養護の女性教諭は軽く笑う。
「なるほど。説得力ありますね。ありがとうございました」
「学校の怪談かぁ。懐かしいわ。昔、映画もあったわよね」
「今は一応、学校七不思議を調べてるんですけどね。文化祭で発表するんで」
「あら、そうなの。楽しみー」
営業スマイルで会釈し、青枝は手帳をポケットに入れて立ち上がった。
「金田。ごめんね、うるさくしてて」
「いや、面白い話だった」
「そう? じゃあ私、部活行くから。お大事に」
「ありがとう」
扉の傍でもう一度会釈し、青枝は保健室を後にした。
静かな廊下。ミステリー研究会の部室へ向かう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます