4 音楽室と階段の手すり


「新米って、いいですよね。ぶっちゃけ、味がハッキリわかる訳じゃないんですけど。新米って言われるだけで美味しい気がするんです」

「うん。わかる」

 菅黄すがき青枝あおえだは、ソファーに並んでスマホを眺めていた。

 前日に音楽室で撮って来た、肖像画の写真を見比べている。


 ミステリー研究会は文芸部と協力して、学校の七不思議を調査する事になったのだ。

 まずは吹奏楽部の演奏の良し悪しで笑みを浮かべるという、ベートーベンの肖像画の写真を撮った。

 前日は早々に切り上げたので、また詳しく話を聞こうと、文芸部部長の藍川あいかわとミス研部長の赤井あかいが来るのを待っているところだ。

「……あれ?」

 廊下から、いつもの足音と違い、キャッキャと楽しげな話し声が聞こえてきた。

「おまたせー」

 扉から顔を出したのは、赤井と藍川。そしてもうひとり、小柄な男子生徒も一緒に姿を見せた。

 女子生徒ばかりが登場しているが、真緑まみどり高校は共学校だ。

「うちの副部長も連れて来た。2年の紺野こんの君よ」

 と、文芸部部長の藍川に紹介され、紺野少年はぺこりと頭を下げた。

 ミス研部長の赤井も、

「こっちの副部長の青枝と、書記の菅黄ちゃん」

 と、紹介した。

 にっこりと会釈する青枝の隣で、菅黄が、

「あれ、紺野」

 と、声を掛けた。

 気付いた紺野少年も、

「あ、菅黄」

 と、目をパチパチさせている。

「知り合い?」

「同じクラスです」

「あ、そうなんだ」

 同じソファーにミス研3人が並び、向かい合わせに置いたソファーに文芸部の藍川と紺野が並んで腰かけた。

 二人がけサイズのソファーだが、スリムな3人が並んでも窮屈ではない。

「音楽室の写真、撮って来てくれたんでしょ?」

「パネルが光っちゃって、写りが微妙なんだけどね」

 そう言って青枝は、藍川にスマホの写真を見せた。

「音楽室の、この辺りの肖像画ってわかれば良いんじゃない?」

「そうだね」

 肖像画の写真を眺めながら青枝は、

「私なら、みんな知ってるベートーベンじゃなくて、左から四番目の音楽家とかにするけどな」

 と、言って笑った。

「なるほど。それなら嘘っぽくないかも」

「でも結局、吹奏楽部員の嘘だったんでしょ? どうして、そんな嘘ついてたのかなぁ」

 赤井が聞くと、藍川が、

「オカルト研究部の調べでは、マイナーな吹奏楽部に注目して欲しかったってことみたい」

 と、答えた。

 書記の菅黄は活動記録ノートに書き込みながら、

「二十年前はマイナーだったんですか? 今は、けっこう人数いますよね」

 と、聞き返す。

「実は肖像画の不思議って嘘じゃなかったとか?」

 楽しげに赤井は言うが、紺野も手帳を開きながら、

「まさか。嘘の噂でも効果があったのかどうかってことですよね。年代別の吹奏楽部員の人数、文芸部で調べてみますね」

 と、話した。

「いいね」

 赤井もスマホで撮られた肖像画の写真を覗き込みながら、

「でもさぁ。本当に肖像画が笑ってたとしても、気が付くもんなのかな。元々、こんな顔だったかなーって思っちゃいそう」

 と、言っている。

「いつも見てる吹奏楽部員なら、気付くと思いたい所じゃないですか」

 菅黄の言葉に、紺野も頷きながら、

「気付けそうなくらい、音楽に興味もってる生徒には勧誘効果があった可能性もありますね」

 と、話す。

 青枝は菅黄が書き込むノートを眺めて、

「そもそも音楽室の肖像画って、私は見てもいなかったわ。作曲家のブラームスが、作家のブラム・ストーカーと入れ替わってても気付かないと思う」

 と、首を傾げる。

「ダジャレ?」

 菅黄も軽く首を傾げてから、

「顔は思い浮かびませんけど、ブラームスは吹奏楽部が文化祭用に練習してる『ハンガリー舞曲』の作曲者ですね」

 と、言った。拍手しながら青枝が、

「スガ、正解。赤井、作家のブラム・ストーカーは?」

 と、赤井に話を振る。

「聞き覚えしかない」

「ドラキュラの原作者ですよ」

 菅黄に言われ、赤井も大袈裟に拍手した。

「スガちゃん、すごい!」

「その本棚にあるじゃないですか」

「本当に、こんな大量の本読んでるのね」

 と、藍川が笑っている。

 紺野は壁際に並ぶ本棚をチラ見し、手帳へ目を戻したが顔を上げて二度見した。

「これ全部読んでんのっ?」

「まだ少し残ってる。ほとんどミステリーで、一番向こうの棚だけミステリアスな怪奇小説」

 本のサイズも適当に並べられた本棚を眺め、紺野は、

「また遊びに来てもいいですか」

 と、赤井に聞いた。

「もちろん! 入部も大歓迎」

 藍川が軽く咳払いし、

「じゃあ、音楽室の肖像画の不思議はこんな感じかな」

 と、言って、箇条書きされた七不思議のメモを広げた。

「じゃあ、次は?」

「南校舎奥の階段に、不自然に途切れた木製手すりがある」

 藍川が答えると、赤井が身を乗り出し、

「みんなで行ってみようよ」

 と、言った。

「それとも人数居るし、手分けする?」

 青枝に聞かれ、菅黄が、

「嫌です」

 と、即答した。

「じゃあ、みんなで見に行こう。行きながら詳しく話すし」

 そういう事になった。



 スキップでも始めそうなほど軽い足取りの赤井を先頭に、5人は静かな廊下を歩いている。

「南校舎奥の階段に、途切れてる手すりなんてあったっけ?」

「まず、南校舎奥の階段を知らないんですけど」

 首を傾げる青枝と菅黄に、藍川が、

「この廊下の先に、体育館とか学食の方に曲がる渡り廊下があるでしょ。その渡り廊下の入り口より奥にある階段。利用頻度、少ないんだよね。私も1年の時に迷い込んだ時しか通ってないと思う」

 と、話した。青枝も、

「体育館で集会とか催し物がある時にさ。体育館のトイレとか1階の近くのトイレって混むでしょ。その階段を2階に上がった所にトイレがあって、けっこう穴場なのよ」

 と、言っている。

「へー」

「でも、手すりってどんなだっただろう」

 話している内に、5人は南校舎奥の階段に到着した。

 紺野が、階段周囲の写真を撮っている。

 藍川が先頭に階段を上り始め、

「二階から三階に向かってすぐの手すりだよ」

 と、言った。

 昇降口に近い階段よりも狭く、薄暗い場所だ。

 階段の両側に、年季の入った木製の手すりが付いている。

「あった。たぶん、これ」

 内側の手すりを見ていた藍川が、階段途中で足を止めた。

「手すり、途切れてないよ」

「よく見て。木目って言うか、ここだけ全然違う木がはめ込まれてるでしょ」

「あ、本当だ」

 こげ茶色の木製手すりの間に30センチほど、少々明るい色の木材がはめ込まれていた。

「二十年前、この隙間は切り取られてただけだったの。生徒の落下事故で血が付いた部分を切り落としたなんて噂になって。でもオカルト研究部が当時の用務員さんに確認したら、部分的にササクレが酷くてトゲが刺さるから、切り取ってただけだったのよ」

 藍川の話を菅黄と紺野がメモし、赤井と青枝は手すりの写真を撮った。

「利用頻度が少ない階段の、手すりの一斉改善は難しかったんだね。用務員さんが近い内に直しておくよーって言ってたみたい。それで現在は、こんな感じで修繕してあるのね」

「なるほど。用務員さん凄い」

「うん。オカルト研究部の資料に、当時の隙間が開いた古い写真があったから。それを一緒に貼り付ければいいよね」

「そだねー。じゃあ、いったん戻ろうか」

「了解ー」

 5人は、のんびりと階段を下りて行った。

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