3 (20年前の)真緑高校七不思議


「去年の新聞部とのコラボはともかく。今年の七不思議って、なんなんですか。どっから湧いて出ました?」

 文芸部部長の藍川あいかわの話を、活動記録ノートにまとめていた菅黄すがきが聞いた。

「オカルト研究部の活動日誌に、七不思議について書かれてたの。文芸部の部室を片付けてたら、オカルト研究部として使われてた頃の荷物が出てきてね」

 と、藍川が答えた。赤井あかいも、

「今年はミステリー研究会と協力して、真緑まみどり高校七不思議の不思議を解明して発表しようってこと」

 と、楽しげに話す。

「発表ってどうするの」

 ソファーの背もたれに寄り掛かり、青枝あおえだも聞いた。

 藍川は、ミステリー研究会の部室を見回しながら、

「昔の記録と、新しく調べた事を模造紙にでもまとめてさ。現場の写真とか貼って、文芸部の部室に展示すれば良いんじゃない? ここは狭いから」

 と、答えた。

 菅黄が肩を落とし、

「また、その手の話ですか」

 と、言っている。

 明るい笑顔で赤井は、

「七不思議は学校の怪談と違うでしょう」

 と、言う。藍川も頷きながら、

「そうそう。学校の怪談はオカルトホラー。七不思議はミステリーでしょ?」

 などと言っている。

「あ、そういうジャンル分けになるんですか」

 青枝はフフッと笑い、

「この学校に7つも不思議があるの? ひとつも思い付かないんだけど」

 と、聞いた。

「まあ、20年前の話ではあるけど。今でも、じゅうぶん面白いと思うよ」

 そう言って藍川は、ポケットから折り畳まれたノートの切れ端を取り出した。

 向かい合わせのソファーに腰掛けている4人は、間に置かれたテーブルに広げられた紙を覗き込む。


 1 音楽室の肖像画が、吹奏楽部の演奏の良し悪しで満面の笑みを浮かべる。

 2 南校舎奥の階段に、不自然に途切れている木製手すりがある。

 3 視聴覚室の黒幕に空いた顔型の穴が移動する。

 4 校庭の奥にある明治初期の偉人の銅像が、明らかに昭和の背広を着ている。

 5 当時は保健室が2か所あった。

 6 校長の肥満が止まらない。

 7 校内に『開かずの間』があるらしい。


 藍川の手書きで、箇条書きしたメモらしい。

「へー。ちゃんと不思議だねぇ」

 などと言いながら、赤井が目をパチパチさせている。

「とはいえ、七不思議のうち、4つはオカルト研究部が解明してるんだけどね」

 と、藍川が答えた。

「あ、そうなの? 占い遊びだけじゃなくて、ちゃんとした活動もしてたんだね」

「しょうもない不思議がある気がするんだけど」

「校長の肥満?」

「20年前の校長が、どんどん太っていったんですかね」

 笑い合うミス研の3人に、藍川はニヤリとした笑みを向け、

「そんな単純な話じゃないわよ」

 と、言った。

「……へ?」

 ホラーの苦手な菅黄は、横に座る赤井の袖を摘まんだ。

 気にせず赤井は、

「どれが解明されてるの?」

 と、藍川に聞く。

「初めの4つ。まず、ひとつめの音楽室の肖像画ね。吹奏楽部の演奏の良し悪しで笑みを浮かべるって噂。結局、どんなオチがついたでしょう」

 藍川に聞かれ、菅黄が首を傾げた。

「オチ?」

 赤井も、首を傾げながら、

「美術部がトリックアートを仕込んでたとか?」

 と、答えるが、青枝は笑って、

「なにそれ、面白いけど。普通に、吹奏楽部員がデマ流してたんじゃないの」

 と、言った。藍川は頷き、

「青枝、正解」

 と、拍手した。

「えー? デマだったの?」

「どうせベートーベンか、バッハあたりの肖像画なんでしょ」

 肩を落として聞く青枝に、藍川は、

「ベートーベンよ」

 と、答えた。

「えっ、なんでわかったの」

「他の音楽家じゃ、クラシックに詳しくない生徒に通じないからね。メサイアのハレルヤは聞いた事あっても、作曲者のヘンデルって言われても顔が思い浮かばない生徒がほとんどじゃないの」

 青枝の説明に、菅黄は納得するように頷き、

「音楽の教科書に載ってた気がしますけど、覚えてないですね」

 と、言っている。

「なるほどぉ。誰それ知らなーいってなったら、噂話として成立しないんだね」

「なんか屁理屈っぽい気もするけど。ちゃんと推理できるのね」

 感心するように藍川が言うので、赤井が、

「うちは読書部じゃないよ」

 と、自信満々に答えた。



 9月も終わりに近付いている。

 過ごしやすい季節だが、談笑する内に暑くなってきたらしい赤井が、部室の窓を開けた。

 窓に木陰を作る大きな木々が、秋の風にサラサラと枝葉を鳴らす。

「解明されてる七不思議は4つって言ってたよね。音楽室の他の3つは?」

 ソファーに戻った赤井が聞いた。

「うん……えっ、達筆!」

 書記の菅黄が書き込んでいる活動記録ノートを覗き込み、藍川が目を丸くした。

「どうも」

「うちの書記、書道教室の跡取り娘なのよ」

「マジで?」

「来年、もし大学落ちたら、師範代として働かされることになります」

「そりゃ大変だ」

「でも安全圏の就職先、うらやましい」

「それを言ったら、赤井先輩だって農家の跡取り娘ですよね」

 菅黄に聞かれ、赤井はポンと膝を打ち、

「そうだ、忘れてた! 今日、お米袋に新米っていうシール貼るの手伝わなきゃいけないんだった。夏休みに貼って準備してた袋、足りなくなってて」

 と、言って立ち上がった。

「そりゃ、大変だね」

「この話、また明日でもいい?」

 赤井に聞かれ、藍川が、

「いいよ。私も文芸部の部員に、コラボ決定って伝えて来なくちゃ」

 と、答えた。

「ありがと。じゃあ、先に帰るね!」

 通学鞄を抱えると、赤井は来た時と同様にバタバタとせわしなく部室を出て行った。

いそがしい子ねぇ」

 と、藍川が感想を述べる。

「いつも、あんな感じよ」

「役割分担とか、進め方だけでも話せると良かったんだけど。まあ、ぶっちゃけ文芸部員は謎解きとかお手上げだからさ。推理は、ミス研に任せる気満々だったんだよね。調べた内容を文章にまとめるとかは、うちらが担当するからさ」

 七不思議を箇条書きにした紙を拾いながら、藍川が話した。

「そんな感じで良いんじゃない? また明日、他の七不思議も詳しく教えて」

「オッケー。文芸部にも、そんな感じで伝えておくね。じゃあ、おつかれー」

「おつかれー」

「おつかれでーす」

 青枝と菅黄に見送られ、藍川も部室を出て行った。

 静かになった部室で青枝はスマホを取り出し、

「じゃあうちらで、とりあえず音楽室の写真だけ撮ってから帰ろうか」

 と、言った。

「はい」

 活動記録ノートを閉じて、菅黄も立ち上がった。

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